一週間経過
一月中に完結できるよう、これからスピード上げていきたいと思います。
この一週間レイと一緒にいて、カレアラは色々気がついた。
まず、レイはけっこうかしこい。古典の教科書は水曜日には見なくなって、変化した単語や文法を修得した。国語や数学、歴史・政治経済などはまるでダメだが、生物や地学などはかなりできるし、化学は経験からなのか実験結果を予想できる。
身体トレーニングはからっきしだが、魔法の正確さは群を抜いている。的当てなどどれだけ標的が動いても外さないし、ダメージの強弱は一桁単位で調整可能なのだ。
そして、特に彼が興味を持っていそうなのは、魔法の属性に関してだ。実技の授業中などはせわしなく視線を動かしている。あと、何やら魔法力を溜める理論に関して気になっている素振りだが、積極的に知ろうという様子は見られない。
勉学に関してはそんな感じでまあまあなのだが…………日常生活は、カレアラの苦労の連続である。
現在のエネルギーは電力と魔法力が主に使われているのだが、レイはその電力を知らなかった。機械の類を動かすには魔法力を使わないといけないと思っていたらしい。机に備え付けられているパソコンを動かそうとして、魔法力を込めたら爆発した。教師に言われて電灯のスイッチを押したら、LEDライトが爆発した。
爆発関連で言えば、カレアラはレイの実験が爆発することもあるのを覚えていた(忘れるのも難しい内容ではある)。だから、火曜日の夜にバイトから帰って来て、コスモスがレイに何か面白い実験をしてという、恐ろしく漠然とした危険極まりないお願いをしていので、説教をした上で部屋に『実験禁止!』のデカデカとした張り紙をした。
あと食事。食べるもの食べるものに衝撃を受けている。そのリアクションが一番、今と昔の違いを分かりやすく感じられる。寮での普通のメニューでも絶賛するので、周りの寮生の失笑が恥ずかしいが、料理人からは高評価だ。
娯楽の類にはあまり関心が無いようで、一度カレアラがテレビの歌っているアイドルを指さして感想を聞いたら、「今の子は随分と発育がいいんだね」と、微妙に外れた感想が返ってきた。ゲームはしないが、よく本を読んでいる。
そして、それとなく最近のファッション雑誌を促してみて…………変わらない三角帽子とマントに杖。そんな風に奇妙な恰好だけでなく、異常な行動を見せるのでクラスメイトに距離を置かれ、突っかかってくる者もいなくなった。
休日の日曜日の朝。日課であるジョギングをしてきたカレアラは、本を読んで待っていたレイを見る。一応ジョギングに誘ったのだが、「本を読んでいる方がいいかな」と、体力を向上させるつもりが欠片もない答えが返ってきた。
コスモスにタオルとスポーツドリンクを手渡され、カレアラは汗をふきながら水分補給をする。
「ねえ、いっつもいじっているけど、それ何なの?」
カレアラが聞いたのは、レイが何気なく右手の掌上で浮かせているクリスタルについてだ(最早、浮いていることについてはスルー)。
レイは本から視線を外してクリスタルを見て、
「あ、うん。まあ……日課だったからね。もう意味がないって分かっているんだけど、いきなりやめるのもなんだから」
寂しそうに苦笑して、隠すように素早く懐に入れた。
三人がいるのは、寮の近所にある大きな公園。早朝だが、カレアラと同じ様にジョギングをしている人やペットの散歩をしている人も少なからずいる。そして、魔法学園の寮から近いこともあり、魔法の練習スペースが広めに確保されている。
早朝で人気が全くないそこに、三人は集まっている。
「それじゃいつも通り頑張ってね」
「うっ、やっぱり今日も的当てなわけ?」
「パパの指導に間違いはない。全てはそれから」
ガックリとした様子で、カレアラは五十メートルほど先にある小さな的を見た。彼女はレイから『雷の魔法をあの的に当てる』という課題を出されていた。
その課題が出されたのは、火曜日の早朝のことだ。放課後はカレアラにバイトがあるため忙しいので、レイに魔法力を受け取って練習するのは必然的に朝になった。
元々カレアラは朝練をしていたし、レイも朝がけっこう早いので問題はなかった。
だが、違う問題はすぐに出てきた。
事前にレイから魔法力を受け取って魔法を使っても、カレアラの魔法に込める魔法力は決まっているため威力が変わらなかったのだ。
その場合、魔法を使える回数は増えるが、カレアラが求めているのはそれではない。彼女は魔法の威力を上げたいのだ。仕方ないので、レイは魔法の使用中に魔法力を加算させる方法を取った。
本当にちょっとだけ加算させたのだが、結果は雷が周囲の地面を焦げ付くし穴を穿ち、カレアラも出力に耐え切れず掌に火傷を負った。
あの時は本当に大変だったのだ。
(やっぱり、いきなりは無理だったね)
(! だ、大丈夫よ! これぐらい回復魔法ですぐ治るわ)
あまりの威力と制御ができなかったことで腰を抜かしたカレアラは慌てて立ち上がったが、足に力が入っておらずふらついて、レイに支えられた。
(別に手伝うのをやめるつもりはないよ。だから、落ち着いて)
優しくなだめられ、子ども扱いされたように感じたカレアラは、頬を染めつつ不満そうに口を尖らせた。
(徐々に慣らしていけば大丈夫だと思うよ。コスモスだって扱えるんだから、カレアラさんが無理ってことはないと思うよ)
(でもパパ。慣らしていくにしても、こんな地面をボロボロにしてたら怒られる)
コスモスの忠告にレイは少し考え、
(それじゃまずは、雷の魔法を使いこなす所から始めようか)
そうして、課題が出された。
「放出した稲妻を操る練習は、単純だけど的当てが一番だと思うよ。雷の魔法を熟知し、狙った場所に当てられるようになれば、少しは制御のコツがつかめると思う」
レイの理屈は分かるが、何日かけても的に掠ることすらないカレアラは、
「レイは知らないだろうけど、雷の魔法は遠くなるほど命中率が落ちるのよ。使用者にも予測不可能な無軌道ぶりが売りの一つで、基本は敵に近づくか武器に付加させるのが常識なの。こんな的当てなんて土台無理なのよ」
カレアラの訴えに、レイはキョトンとした顔を見せる。
「魔法に常識なんてあったの?」
「何かトンでもないこと言い出した!?」
「無理って言うほど無理とは思わないけどな。ちょっと雷の魔法を使ってみてよ」
よく分からない指示を出されたが、言われるままカレアラは『デインブラスト』を使った。すると、レイは稲妻の一部分を光る手でもぎ取って――、
「え?」
目を丸くするカレアラの目の前で振りかぶって投げた。錐状に変化した稲妻は五十メートル先の的を通り過ぎ、百メートル先の的の中心を射抜いた。
「ね」
「『ね』じゃな~い!」
あまりのことに、驚くより先にツッコミが口から出た。
「非常識ここに極まれりでしょ! 何で!? 何で雷を掴めるのよ!?」
「パパすご~い!」
「ドラゴン娘、違うでしょ!? 感心する所じゃないでしょ!?」
「まあ、こういう風に常識なんて魔法にはないでしょ」
「もしかして、同意を求めているわけ!?」
驚き慌てふためいているのが三人中自分一人という少数意見――なぜだ!?
「朝から何を騒いでいますの?」
新たな声に、カレアラは振り返った。普段ならば顔を見るのも嫌な相手のミスリムが立っていたが、天の助けのように顔を輝かせてカレアラは駆け寄る。
「ミスリム!」
「な、なんですの」
あまりの歓待ぶりに、ミスリムは警戒する。
「雷を掴んで遠くの的に当ててそれが常識だって言うの!?」
ミスリムは「はぁ?」と怪訝になりそうな顔を一瞬で隠した。そして、キッとした視線をカレアラの後ろにいるレイに向けた後、ニッコリと彼女に微笑みかける。
「分かりましたわ」
「ホントに!?」
「ええ。とりあえず、詳しい話は休んでからいたしましょう。あなたは少しがんばりすぎなのです。わたくしはいい医者――じゃありません。いいトレーナーを知っていますから今すぐ診ていただきましょう」
「違うわよ!」
ペシッと、どこか(おそらく腕のいい脳のお医者さんがいる病院)にいざなおうとしていたミスリムの手を振り払った。
「まったく……動揺していたとは言え、あんたに助けを求めるなんて私もどうかしていたわ」
「失礼ですわね」
ムスッと、ミスリムは腕を組んだ。
「で、何の用よ。もしかして、またくだらない勧誘に来たの?」
「くだらないことなんてありませんわ。わたくしは〝バランサー〟であるあなたのことをそれなりに評価していますのよ。ですから、わたくしのパーティの補欠に加えて差し上げると何度も申していますのに」
「余計なお世話よ」
「補欠でもわたくしのパーティに入れば、悪くない恩恵を受けられますわよ。さしあたってフィールドワークの単位を心配することはないでしょうし、わたくしの個人的な伝手を使って安全な場所で経験値が入りますわよ」
「そんなの願い下げよ。私は将来のために確かな実力をつけたいの。卒業するためだけの経験なんていらないわ」
「相変わらず熱いですわね。ですから、F組で孤立するというのに」
その瞬間、傍観していたレイとコスモスは彼女達の視線がぶつかり、火花が散ったのを見た。
「あなたの高い向上心と熱意についていけるF組の方はいませんわ。あの方達は学園に入れただけで満足し、平穏無事に卒業することだけを考えていますの。未来への強い展望は無く、魔法力の低さを受け入れ、現状に満足している。あなたの努力やあの方達をフィールドワークに連れ出そうとするお節介が煙たがられているのに気づきませんの?」
「別にあいつらを見捨てられないとか、意識改革してやるとか思ってないわ。ただ、上のクラスの奴らと組んで、上手くいったのはそいつらがいたからなんて思われたくないだけよ」
ミスリムは一層機嫌が悪そうに手に力が入る。
「そんなのだから、フィールドワーク先でいつも問題が起きるのですわ! この前だって立入禁止の区域に踏み込んで、ドラゴンに襲われたとか!」
「そういうハプニングも全て経験に変えてみせるわよ」
睨み合う二人に向けて、レイがおずおずと手をあげる。
「そのエルフの方はカレアラさんのお友達ですか?」
「違うわよ」
すぐさま答えたカレアラの後ろで、ミスリムは少し凹んだ様子を見せていた。
「A組のミスリム=ホルケイム。何か色々と周囲の評判はいいようだけど、私に言わせればよく突っかかってくる暇人よ」
「どういう紹介ですの!」
文句を叫んでからミスリムは大仰に自分の胸に手を当て、レイとコスモスに向けて声を張る。
「わたくしこそ、学園で唯一火炎系の魔法を扱う炎の伝承者、『焔の巫女』!」
「なんだ、火か」
まだまだ続きそうだった自己紹介が、レイの何気なく呟いた一言でビシッとひび割れて止まった。
「なんだって……何ですの」
「いや、珍しくも何ともないなって」
苦笑してポリポリと頬をかくレイ。
我慢できず噴き出したカレアラは、苦しそうにお腹を両腕で押さえている。
大きな怒りマークがミスリムのこめかみに乗り、彼女は取り出した鉄扇を開いた。そして、扇に乗せた炎をあおぐようにしてレイへと放った。
レイにヒットして立ち昇る火柱。激しい熱気と熱風は、離れたカレアラにまで届いた。
「ちょっと! いきなり何をしているのよ!」
「自己紹介ですわ。世界で千人しかいない炎の伝承者の魔法を受けられるなんて、彼も幸運ですわね」
涼しい顔で口元を扇で隠すミスリム。
早く消火しなければと思ったカレアラの目の前で、火柱が内側から膨れ上がって弾けた。
後には、マントにすら焦げ跡一つないレイが立っていた。彼はマントを開けて、そこに避難させていたコスモスを出す。
「えっと~、何か気に障ったのかな?」
苦笑して尋ねるレイだが、驚きフリーズしているカレアラとミスリムから返答はない。
くいくいとマントを引っ張るコスモスが、背伸びをして耳打ちするような小声でレイに伝える。
「パパ。一七八年前に星の温暖化を防ぐために結ばれたアスタント議定書で、火炎系の魔法使いは厳しく制限されるようになったの。だから、今は火炎系の魔法使いは珍しい」
「星の温暖化?」
「温室効果ガスによって南にある氷の大陸が気温の上昇でとけて海面水位が上昇し、色んな問題が起こったりするの。一説には火炎系の魔法使い五千人で星の気温が一℃上昇しちゃうとか」
「……寒いの苦手なんだけど、温かいとダメなの?」
「海抜が低いところは水没しちゃうし、島自体が沈んじゃうかもしれないから」
「あ、それはマズイね」
飛来してきた火球をレイはマントで受けた。すると、マントは燃えることなく、火球はかき消えた。
「何ですの、そのマントは」
ミスリムのひくつく笑顔で、確実に怒っているのが分かったレイは申し訳なさそうに困って後ろ髪をかく。
「爆発を受けても大丈夫なよう、耐火・耐熱に優れているんだ」
「そんなもの、どこで買いましたの」
「僕が作ったんだよ」
「え、ほしい」
「カレアラ。パパのマントとか止めさせたかったのに、自分は着るつもりなの?」
「いや、そんな意外な効果があるなんて知らなかったし」
「でもこれ、耐魔にはそれほど優れていないから、魔法の火にはあまり効果的じゃないんだよ」
「それは、わたくしのレベルが低いと言いたいんですの」
レイは「あ、マズイ」と思ったが、最早挽回は不可能だった。ミスリムは彼に白手袋を投げつけ、
「決闘ですわ!」
宣言した。
どうにかこうにか生活をしているようですが、カレアラは大変そうですね。で、今回積極的に絡んできたミスリムさん。ちょっと不器用っぽそうな感じがする。
それでは、また今度。




