1. 王都移動
私がノッティンガム伯爵の養女となって3年が過ぎた。
その時、3才年上の長男の魔法学院入学に備えて、伯爵夫人、長男、そして長女の3人は王都のタウンハウスに移っていた。だから、私は義理の家族としては伯爵本人以外と会う事は無かった。その伯爵も半年は領地、半年は王都で過ごしていた。
そして、今度は私が魔法学院に通う事になるので、王都のタウンハウスに移る事になった。
ノッティンガム伯爵家の馬車で、道々の宿場町で高級宿に泊っての移動は、その費用を考えると冷や汗ものなのだけれど、伯爵家の名誉に関わるから、上位貴族の格式に見合う宿に泊り続けた。
用意された馬車は新しいものだった。多分、私専用だ。何故なら、私が乗る馬車には猫のソフィーが乗る。猫の乗った馬車に乗りたくない人がいるのだろう。
馬車には領地で私付きになった侍女メリッサも乗っていた。彼女は下位貴族の出で、ノッティンガム領出身ではない。だから王都に付いて来て、そのまま私の侍女を続けるそうだ。
私は馬車に乗り込む度、サーシャを太腿の上に乗せる。サーシャは大人しく丸くなっているけれど、時々目を開ける。寝てはいない様だ。向かいに座るメリッサは馬車の内壁に目をやっているが、時々サーシャを見る。侍女としては私が起きているのに同じ車室の中で眠る事は出来ないのだろう。私だって宿屋の手伝い中に居眠りは出来なかった。
東へ、東へと進んだ馬車は、王都セットフォードに着いた。
ノッティンガム伯爵のタウンハウスは領地の館よりは狭いけれど、けっこう広い敷地を持っていた。馬車置き場から少し歩いたところに母屋があった。そこで応接室に案内されて、ノッティンガム伯爵一家と対面した。ノッティンガム伯爵は三人の家族を紹介してくれた。
「こちらが妻のパトリシア、長男のカーター、長女のセイディだ」
三人はそれぞれ「よろしく」としか発言しなかった。私は一応、「よろしくお願いします」と頭を下げておいた。
紹介が終わると三人はさっさと退席した。
「お前の部屋は離れに用意した。そちらには猫を入れても良いが、母屋には猫を入れないでくれ。妻も子供も動物の世話をした事がないから、近づかせない方が良い」
「分かりました」
「9月には魔法学院が始まる。家庭教師は付けるから、分からない事があれば教師に聞いてくれ」
「はい」
「お前は猫と一緒に食事がしたいと言う事だから、食事は離れの方に毎回運ばせる。母屋で他の家族と共にする必用はない」
「ありがとうございます」
義理の娘になった私の事を、ノッティンガム伯爵はタウンハウスで開くお茶会でお披露目した。伯爵も出席するけれど、茶会は女主人が開くものだから、義母である叔母、パトリシアが私に指図した。
「お前は紹介されたら頭だけ下げなさい。口を開く必要はありません」
……知らない人と上手に喋る自信は無いから、黙っていろと言われた方が良いか。
しかし、義兄、義姉と一家揃うと分かる。義父である伯父は空気が悪くないけれど、義母、義兄、義姉は纏う空気が悪い。つまり機嫌が悪いと言う事だ。3年前にいきなり養女になった私に思うところがあるのだろう。それは仕方が無い。母が亡くなり、生きて行けなくなったから伯父に頼ったのだ。悪い解釈をされても仕方が無い。
タウンハウスで付けられた教師は、中年男性と中年女性の二人だった。教育の最中は侍女が席を外す。だから、女性の教師が女性使用人の立ち合い代わりだった様だ。
男性の教師は一般教養と魔法の教師で、魔法学院1年の授業内容を教えてくれた。ノッティンガム領での授業で一通りは習っていたけれど、復習になった。魔法は1年で習う魔法と要求される能力をしっかり教えられた。
「魔法理論と実技は必ずここまで要求されます」
教師の教えをしっかり身に付けた。
母からも言われている。
「他人の前で必用以上の魔法を見せてはいけない」
だから、教師から聞く最新の情報は一番重要な事だった。
女性教師は行儀作法と医学関係を教えてくれた。
「医学関連は魔法学院では限られた内容しか教えませんが、伯爵閣下があなたの将来の為に身に付けておく様にと仰っております」
……水魔法の治療は大した事が出来ない。でも、私がもっと医学の知識を持てば、出来ないなりに誰かの命を伸ばす事が出来る筈だ。だからこれは歓迎すべき事だった。
挿絵付きの医学書が与えられた。そのページを捲り、説明図を示しながら女性教師は皮膚の治癒過程を教える。彼女が去ってから、その図を見ながら自分の手のひらを魔力で覗き見る。なるほど、肌を切った時はこうなる様に工夫をすれば、何も知らない頃よりは効きが良いかもしれない。
内臓の位置も教えられた。そうか、あのいつか見た詐欺師の男性は、食べ過ぎ、飲み過ぎで内臓に負担がかかっていたのか。それが分かったとしても、治療法は食事を身体に優しいものに変えるくらいだ。水魔法の弱い治療ではどうしようもない。
そして、私は魔法学院の入学前試験で無事、水魔法の初期魔法を発動させ、入学が許可された。魔法学院の卒業資格は一定の権威があるらしい。貴族家を継ぐ、貴族家の跡取りに嫁ぐ為には必須だと言う。多分、そんな結婚話があれば義姉である長女に行くだろう。だから、出来れば家を出て就職する時に役に立てばいいな、という程度に思って通う事にした。




