04 美しい蒼の瞳
羽織りで狐の身体を包み込み、板の間に優しく横たえた鈴音は燭台に火を灯すと、急いで厨へと向かった。水瓶からすくった水を鍋で沸かしている間に、次は自室へと走って向かう。
箪笥の中から手当てに使えそうな手巾や着物を引っ張りだすと、また板の間へ。狐の体温が下がらないように着物で囲い込むと、今度は慌だしく厨へ向かった。
お湯を張った盥を床に置くと、手巾を浸して固く絞る。狐の様子を伺いながら土や血で汚れた毛並みを撫でるように優しく拭き、手巾が汚れたらまた新しいものに取り替える。それを何度も繰り返すと、まだら模様だと思っていた毛並みは、本来ならば目が覚めるような銀色だったことを知った。
「……酷い怪我」
狐の身体は全体を切り傷が覆っていた。特に酷いのは右の肩から脇腹にかけて、刃物で切り裂かれたように走る傷だ。赤黒い血肉が動くたびに、狐が負った痛みと苦痛を感じとって鈴音は眉を下げた。
「ごめんね。私には、これしかできないの」
出血は止まっているが流れ出た血の量が多かったのか狐の意識はない。細く、浅く息を繰り返している。それがとても辛そうで、鈴音は泣きそうになりながら、夕霧から貰った軟膏を傷に塗り込み、手巾を裂いて作った包帯を巻いていく。
本来なら獣医を呼んだ方がいいのだろう。それか医療に詳しい人物か。
(薪田先生は帝都にいるから無理だわ。獣医さんもここら辺にはいなさそう)
帝都まで呼びに行こうとも考えたが電話もなければ、交通網も通ってはいない。当然、タクシーも走っていない。狐を抱えて、走っていくことも考えたが体力のない鈴音には難しい。
それに、もし仮にこの狐を連れて行けたとして診てもらえるかは怪しいところ。普通の狐ならまだしも、妖狐を見てくれる人間の獣医や医師はきっといない。
(どうすればいいのかしら)
前に桔梗は「人間とは違い、自分たち妖狐は自己治癒力に長けている」と笑っていた。その言葉が本当なら無理に身体を揺さぶって長距離を移動し、傷を更に広げるよりも、今は安静にしておくのが賢明だろう。
「もう少し。明日になれば、薪田先生がいらっしゃるわ。きっと治してくださるから、どうか頑張って」
唯一の頼み綱である薪田は、明日の昼頃に訪ねてくれる予定なので、そこまで狐の命が持てばいいのだが。
(せめて、夕霧ねえさまや旦那さまたちがいればよかったのだけれど……。いつお戻りになるのかしら)
彼らがいつ討伐を終えて戻ってくるのかも鈴音は分からない。連絡をとる手段も分からない。
成す術もなく、見守るしかできない自分を不甲斐なく思う。こんなことなら薪田に頼んで医術を教えてもらうべきだった。夕霧に頼んで妖狐や他の妖魔について、詳しく教えてもらうべきだった。
押し寄せてくる後悔に潰されそうになりながら、鈴音は狐へ手を伸ばした。
(……なにも、分からない。どうすればいいの)
せめて、狐の痛みが和らげればと頭を撫でていると固く閉ざされていた瞼が痙攣し、ゆっくりと持ち上がった。意識が戻ったことに安堵するのも束の間、鈴音は目を見張る。
「——……旦那さま?」
すぐに意識を手放した狐を見下ろしながら、鈴音は固まった。
縦長の瞳孔を囲むように広がる青色は、深い海のような色彩をしていた。その瞳を持つ人物を、鈴音は知っていた。
(違う。この子は旦那さまではない)
恐ろしい真宵がこんな大怪我を負うだなんて、そんなことありはしない。鈴音は自分に言い聞かせた。




