13
彼に向かい、一直線に走ると、後ろでテケリが付いてくるのが分かる。
正直、置いていきたかったが、彼と彼女を前に振り返ることなど、できない。
テケリは二人をたべものとして反応したのか。
止められない。
だが、私の邪魔をするのならば、斬る。
視線は真っ直ぐに彼へ、しかし意識の半分は後ろに集中させていると、テケリの気配が逸れていく。
どこへ向かったのかと思うと、視界の端に捉えた。
彼女へと向かうテケリの姿が。
都合がいい。
彼との戦いに水を差されずにすむ。
……テケリは分かって行動してくれているのだろうか。
判断に困るところだが、ひとまず彼女を殺さないことを祈りつつ感謝する。
そして、突く。
彼の鼓動を止めるべく、心臓を貫く軌道を描いて。
キャリッと金属同士が擦れる音がする。
彼の盾で、突きが防がれた。
仕返しにと、彼が私の頭を狙って斬りかかってくる。
甘いなと思った。
避けた。
頭蓋骨は、硬くて丸い。
ただの人間ならば問題はないが、アンデッドの相手では、悪手だ。
角度により、骨の表面で刃が滑ってしまうか、くい込んで抜けなくなってしまう可能性を考えていない。
狙うならば、首が正解だよと心の中で呟く。
そして、剣を逸らされた右側に、倒れるように足を運んで距離を空ける。
この一合でもって、彼の剣が全く進歩していないことを、理解した。
剣速も、足運びも、なっていない。
なぜ、こんな彼を許容していたのか、ため息が出る。
恋は盲目というが、酷いものだと。
せめて、苦しまずに逝かせてやると再度、剣を振るう。
まずは、剣を扱うための右手首、次に首を撥ねてやろう。
一閃。
まずは、右手首。
浅くではあるが、もう剣を握ることはできないだろう。
彼は剣を落とす。
彼は何かを喚いている。
最早、聞くこともあるまい。
彼は短刀などの補助となる武器を持ち歩かないことは知っている。
そして、それらが入っている荷袋は、邪魔だと判断したのかここにはない。
ゆっくりと、狙いを定める。
私の刺突剣は、斬ることはあまり得意ではない。
しかし、できないことはなく、首を飛ばすことも、難度は高いが不可能ではない。
骨と骨の間に通すだけだ。
最早、抵抗らしい抵抗ができない彼へと――。
……?
身体が灼ける。
ジュージューと、プスプスと音を立てて灼けている。
無いはずの痛覚が悲鳴を上げ、身体中がガクガクと震える。
思い通りに動かない。
思い通りに動けない。
足から勝手に力が抜けていき、地面へと吸い込まれるように倒れこむ。
手から勝手に力が抜けていき、剣を握ることも、持ち上げることも、ままならない。
全身から勝手に力が抜けていき、動く死体から、ただの死体へと戻ったようになる。
ただ、意識はハッキリしている。
思考はグチャグチャと、取り留めのないものになってしまったが、この原因だけはわかった。
聖水だ……。
彼は、左手の、盾に隠していた聖水を、私にかけたのだ。
油断してしまった。
普段は逆に私が使っていたものなので、なんとも複雑な心境だ。
初めからこれを狙っていたのか?
してやられた。
彼の手で、二度殺されるのか。
憎い憎い憎い。
この憎しみが消し去られてしまうなんて、信じられない。
……は?
彼が、私に止めも刺さず、どこかへ行ってしまう。
意味がわからない。
放っておいても、そのうち息絶えるとでも思っているのだろうか?
それとも、それほどまでに彼女の生死が心配なのだろうか?
無防備に背を向ける彼になんとか追い縋ろうと身体を動かそうとはするが、全く駄目だ。
木々の間を抜け、どんどんと小さくなっていく彼の後ろ姿に、歯軋りをする。
せっかくのチャンスを、こんな中途半端で安い手に潰されてしまうとは、私の不甲斐なさに涙が出てくる。
いや、涙は枯れてもう流れないのだが、そんな気分だ。
そうして、自分の無力さと悔しさを噛み締めながら地面に這いつくばっていると、テケリが戻ってくる。
ヒトガタではなく、元の水玉のような形になっている。
彼女と対峙して、なにかあったのだろうなと思う。
でも、私は、ヒトガタのテケリよりも、こちらのほうが好きだったりする。
テケリは、フルフルと震えながら私の頬を撫でると「ィケリィ……」と一声、鳴く。
その声が、なんとも悲しげだったので、慰めてあげようと手を伸ばそうとするが、まだ動かない。
歯痒く感じながらも、せめて微笑んであげようとするが、頬の筋肉すら言うことを聞かない有様だ。
地団駄を踏みたくなるが、もちろんそんなことはできない。
なさけない。
なさけなく感じていると、テケリがどこかへと行ってしまう。
なぜ?
テケリも彼と同じように、私が死んでしまったと思ったのだろうか?
いや、すでに死んでいるのだからこんな言い方はおかしいかもしれないけど……。
そんなことはどうでもいい。
そして、改めて私の状況を見る。
客観的に。
死した身体。
傷ついた皮膚。
ピクリとも動かない。
息、しない。
鼓動も、もちろんなし。
…………。
いや、いやいやいや。
確かに、傍目にはそう見えるかもしれない。
だが、私は意識がハッキリしているし、時間はかかるが動き出せるという、根拠のない確信がある。
まあ、私以外のモノからしたら、知ったこっちゃないのだろうけど……。
なんだか、納得いかない。
納得いかぬまま、日が暮れる。
辺りが橙に染め上げられ、群青に塗りつぶされ、月の光で微かに顔に照らされる頃になってようやく、動けるようになった。
まだ、灼けるような痛みが身体中を駆け巡り、四肢にあまり力は入らないが、歩く程度ならば問題ない。
私は、傍に転がる愛剣を拾い、土汚れを心休め程度に払ってやると、腰の定位置に戻し、進む。
目指すは彼とテケリが向かう先。
指針は彼の手首から滴る血の跡。
進む。
進む。
進む。
……ん?
私は、方向感覚はいいほうではない。
さすがに勝手知ったる街中などでは迷いはしないが、初めて行く村や、馴染みのない森では自信がなくなる。
だが、これは……。
もしかして、いや、杞憂かもしれないけど……。
村へ、向かっている?
途中、彼か彼女、それか二人が一旦、休んだような形跡があり、そこから足跡を辿っているのだけど、なんだか周囲に見覚えがあるかもしれない。
そして、前方から大きな音が、風に乗って微かに聞こえるような気がする。
空は、紅く照らされている。
進む。
村が、木々の合間から見える。
丸太を加工して作り上げた、獣よけの壁が。
紅く、燃え上がっている壁と村が。
人々は泣き叫び、森へと散り散りに逃げていく。
男は農具を担ぎ、村の中を走る。
女は荷物を担ぎ、森の中を走る。
子は大人に連れられ逃げ惑い、または立ち尽くし途方に暮れる。
これは……テケリがしたのか?
私の中で、彼への憎悪が燃える前に、ただただ後悔がのしかかってくる。




