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テケリの手を取って何日が経っただろうか。
ふと、目についた花、白く綺麗な花を見つけ、それを手折り差してあげる。
花なぞ滅多に咲かない森での遭遇で、私は少し舞い上がってしまったが、テケリは不思議そうに見ていた。
たべもの以外はそれほど興味を持たないが、差してからその姿が馴染む頃には、なんだか喜んでくれたようだった。
私を支えてくれたり、治らない傷を塞いでくれたりと色々してくれるテケリ。
多分、私の事は、餌を取ってくれる便利な旅仲間としか思っていないだろうが、人間相手に傷心していた私には、嬉しかった。
だが、いくらなんでも私をその身体に埋め込もうとするのはやめてほしい。
いまさら食べられるわけではないと分かってはいるが、気味がいいものではない。
いや、慣れればその感覚も気持ちよくなるかもしれないが、さすがに心の準備もないままにいきなりされてはビックリしてしまう。
ビックリついでに、つい手が出てしまったが……まあ自業自得だろう。
ふと、視線のようなものを感じて隣へ目を向ける。
手を繋いではいないが、すぐ傍を共に歩いているテケリが私を見ていた。
眼球なぞないので、わざわざ私の方を向かなくてもモノを見れるだろうに、律儀に私へ顔を向けている。
手を、伸ばしてくる。
撫でられる。
思わず変な声が出てしまったが、テケリは気にしないで撫でていく。
テケリの行動は不意に来ることが多すぎて心臓に悪い。
いや、心臓は動いていないのだけど。
テケリから伸びる手の下から、様子を伺う。
森の奥の奥にある、一日中暗闇となっている場所にある影をヒトガタに切り取って立体化、瑞々しくさせたような不思議な生き物らしきなにか。
柘榴のように派手やかではないが、紅一点のように目立ってその存在を主張している白百合は、手折ってから半日はたっているだろうに、未だ活き活きとしている。
その二つが合わさって、不思議な愛らしさを醸し出している。
冷静になれば、異形と評しても文句は言われようがないテケリを、平然と受け入れている私はなんなのだろうと私がわからなくなってくる。
おそらく生前の私であれば、出会った瞬間、一も二もなく斬りかかったであろうなとどことなく他人事のように想像できるのだ。
だが、今の私は、なんだかそんなものなのだろうなと、よくわからない納得の仕方をしてしまっている。
この身になってから、私というものを、どこか突き放して見ているのだろうか。
いや、だが私を殺した彼への憎悪は心の奥底で燃え続けている。
今も、意識してしまうと、チリチリと黒い炎に炙られて、近くの生き物を惨殺してしまいたい衝動に駆られてしまう。
その、見てしまえばこれ幸いにと大きくなっていく炎を抑え込んでいると、テケリの手が離れる。
人肌恋しくも、人と触れ合うのが怖い私は、その指先に名残惜しさを感じつつも、テケリが顔を向けている先に釣られるように目を惹かれる。
肉だ。
街の精肉店で置いてあるような切り身がなぜか置いてある。
なぜ?いや、決まっている。
罠だ。
だが、それをテケリに伝える方法がない。
純粋にたべものに寄せられて、走り出してしまうテケリの背を掴もうと手を伸ばすが、間に合わずに空を切ってしまう。
テケリには人間の手法にたいする知識がないので、罠をまともに受けてしまうだろう。
あの身体では大体の罠なぞ問題にはならないかもだけれど、テケリもすでに死している私を気遣ってくれるような仕草を何度も見せてくれていた。
指を咥えてわざわざ目に見えている危険を放置するわけにはいかない。
もうかなり様になっている走りでかなり遠くなってしまった背に追いつくべく一歩、そして二,三歩踏み出そうとすると、風を穿ち矢が飛んでくる。
左から。
それは私の目の前を通り過ぎ、私の右手の木に突き刺さる。
目を、向ける。
彼がいた。
そして、彼女もいた。
彼女は、騎士の仲間で私の友達だった。
よく訓練を共にしたり、彼と一緒に酒場に行ったりもした。
そんな彼女が、彼と肩を並べて弓を構えている。
アンデッドとなってしまった私を討伐するために街から来たのだろうか?
だけど、それにしてはかなり早いような……。
いや、余計な事を考えている暇はない。
訓練を受けている騎士の速射を二人分も浴びれば、すぐに針鼠になってしまう。
すぐに木の陰に転進して、テケリの方へ目を向ける。
大方、村の狩人たちの拙い罠だとタカをくくっていたが、二人が仕込んだ罠ならば、危険は段違いだ。
上手くやり過ごしてくれないかと祈りはしたものの、結果は頭上から落下してくる巨大な岩にて下敷きという悲惨なもの。
なんとかしてテケリを助けなければいけない。
私の事情に巻き込まれる形で死んでしまったりしたら、騎士として生きていけない。
……いや、生きてはいないのだが、立っていけない。
矢の雨が降る中、剣で払いつつ木の陰から木の陰へと移り、岩へと近寄っていく。
彼と彼女は、矢を射りながら近寄ってきているので、どんどんと命中精度と威力が上がってくる。
身体は掠り傷が幾つもでき、頭には見事に矢が刺さってしまう。
生きていたらこの時点で駄目になっていただろうなと自嘲気味に口元が緩んでしまう。
このアンデッドの身で良かったなどと思う日が来るとは思いもよらなかった。
ふと、岩の合間からテケリが滲み出してくる。
骨は岩が落ちてきた衝撃か何かで近くに散らばっていたので、それに絡みついて、再びヒトガタになろうとしている。
すぐに二人も気がついて、形成に慣れたのかすぐにヒトガタになったテケリにも矢が向かう。
比率としては私が8でテケリが2ほどだろうか。
だが、たとえ少数であろうとテケリに私への敵意を向けさせるわけにはいかない。
多少無理をしてでも傍に寄らねばと意気込むと、テケリが私に飛びついてくる。
テケリが二人からの射線に立ち、近くにある木ごと抱き抱えるようにされる。
本来、守るべく剣を携えている私が逆に守られる形になってしまった。
テケリの背に突き刺さっていく幾つもの矢の音が聞こえる。
ふざけるなと思う。
私は騎士だ。
それは死しても変わりない。
この扱いは侮辱であった。
思いっきり暴れて、この縛めから抜け出そうとするが、しっかりと木に固定された腕は振りほどくことができない。
テケリの胸に手を当て押せども引けども全く動じず、ただ矢がその背に刺さる衝撃だけが私を震わせる。
力強く、だけれども優しくしっかりとした腕に抵抗の意をそがれ、グッタリする。
もういい。
私の力では抜けられないことは、嫌々ながらも理解した。
ならば、この状況をどう打破するのかという事に、思考を割かねばならない。
相手は彼と彼女。
秘密が漏れる可能性を考慮して、彼がそれ以上に人を連れているとは考えられない。
念の為にテケリの間から周囲を見回すが、見える範囲に人影はない。
隠れている可能性もあるが、これ以上未知の可能性を考慮しても仕方がないので、切り捨てる。
おそらく、もうそろそろ、テケリが守ってくれているので、これ以上矢を撃っても意味はないと二人は剣を手に切り替えてくるだろう。
私は選択しなければならない。
逃げるか、戦うか。
逃げるのは、体力というくびきがない私とテケリならば無理ではないだろう。
しかし……彼がいる。
殺さなければならない。
ならばどうするか。
肉を斬らせて骨を断つ。
彼女は勘違いからここまで来てしまったのだろう。
無闇に傷つけるわけにはいかないので、木と彼を盾にしつつ、防御を捨てて急所へと一突きする。
頭の中で大雑把にまとめると、テケリが私の矢を抜いてくれる。
ゆっくり、慎重に。
ビックリしたが、有無を言わせぬ態度に黙ってしまう。
次に、テケリの身体の一部が、胸の傷などを埋めてくれたように傷口に侵入し、塞いでくれる。
ぬるりと、油と泥を足して割ったような、何度経験しても慣れない感覚が身体の内側に流れ込んでくる。
私にとっての異物が、私に馴染んでいく感覚。
なんとか耐えて、無表情にてやり過ごす。
……やり過ごせたよね?
まあ、それを聞く相手はいないので、やり過ごせたことにする。
そこで、矢の雨が止む。
テケリが腕に込めていた力も緩み、そこから抜け出す。
彼と彼女が走って近づいて来る。
抜刀し、鋭い殺気を放ってくる。
テケリは戸惑っているのか、私と二人を交互に見ている。
そうだろう、先日は、私が逃した彼が牙を向いてくるのだ、事情が分からなければどうしていいのかわからなくなってしまう。
だが、心配しなくていい。
私は、テケリを背に、守るように立つと、抜刀。
狙いは一つ、彼の心臓。
そこに吸い込まれるようにして剣先を向け、見えない線を結ぶ。
私の不注意を、失敗を、断ち切るために、駈ける。




