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私はお菓子とホラー映画を愛する女である。でも、本物の幽霊は無理。
レモンミルクのアメを舐めながら、ゴロゴロする少女を見る。どうやら、すごく居心地がいいらしい。
けど、この世界は忙しないとかなんとか。
日本人は、勤務時間が長い。時間もきっちり守らなきゃいけないところが窮屈みたいだ。
サラは、たぶんコチラではやっていけないと思う。戸籍もないし、顔も日本人には見えない。強いていうなら、不法入国の外国人だと思われたらアウト。と、いうかビザない時点でアウト。
人間の数まで詳しく管理されてるなんて、サラは知らないだろう。
「……外では魔法使っちゃダメだからね」
これから、レンタルしていたDVDを返しに行く。
そこはかとなく不安です。
「うわぁー! なんかわかんないけど凄い!」
サラは大はしゃぎ。
「夜中でもお店やってるなんて、お金に困ってるのかな? たーちゃん、いっぱい借りてあげて!」
ちょっ!?
私は、すぐさまサラを殴りつけ、店を出た。教育的指導デス。
「ううう……」
彼女は、頭を押さえてうめいている。
「店内であんなこと言っちゃダメ!」
よくも悪くも素直。本当に私と同じようなモノなのか、疑わしい限りだ。私は、あんなことはしない。似てるところはあるんだろうけど、こんなに子供っぽくはない……と思いたい。
「ごめんなさい」
サラは項垂れている。
……仕方ないな。
私は、年下に弱い。下に弟と妹がいるからだろう。
ふ、と思った。
「サラは兄弟いるの?」
レンタルのDVDを返して、コンビニに寄った帰り道。アイスを食べながら、二人で歩く。
「上ならいるよ。お兄ちゃんが二人」
あれ?
私は、兄も姉もいないのに?
「……だから、あったかもしれない未来みたいなものなの。私の世界で、弟や妹がいるかもしれない可能性があるのは当たり前。逆にたーちゃんの世界で、お兄ちゃんが居たかもしれない可能性はある。どう転んでも不思議じゃないよ」
「へー、じゃあ、私とサラが同時に存在するのは珍しいのかな?」
私が首を傾げると、彼女は軽く頭を左右に振った。
「ううん、可能性はいつも半分だよ。二人ともいない世界だってある。今、二人がいる未来の逆は必ず存在するよ」
「そっか」
どこかに、選ばなかった未来が存在するのか。別の世界で。
「ところで、世界から世界へ渡るのは当たり前のことの?」
簡単そうに、サラは行き来している。私からすれば、非日常的に。見た目ほど、簡単じゃなくてもお手軽にこんな魔法を使っていいのだろうか? なんだか不安。
大人ぶって、根掘り葉掘り聞かない方がいいのだろうけど、そんなのは無理と言うものだ。
遠慮しない。私が相手なんだから。
「大丈夫。これが過去なら、歴史は変わるかもしれないけど、平行だから交わることもないし。私は悪用する気もない」
でも、他人なら?
「そんなことまで責任もてない。……でも、他の世界から便利な道具を持ち出したりする人は出るかも……」
だよね。……まあ、自己責任ってことだから気にしない、気にしない。
「もう! たーちゃんが言い出したんじゃない」
そーだっけ。ごめん、ごめん。家に帰ったら、アイスがあるよー。
「……それなら」
お手軽だなー。こういうところが似てたら困る。
「たぶん、本質は変わらないよ」
……マジか。
家に帰ったサラは、たらふくアイスを食べてお腹を壊した。注意しても、言うこと聞かないのだから仕方ない。珍しい氷菓子に心奪われたのだろう。
――――――
サラの世界に3日、私の世界で2日。
そろそろ、就職活動をする、とサラに持ちかけた。
ずっと貯金を切り崩しながらニートでいれらる余裕はない。現実も見なくては。
「えー! 私がお金出すから、もう少し無職でいようよ!」
「いやいや、そーゆう訳には……」
正直言うと、かなり美味しい。でも、ここは心を鬼にして断った。
サラは「もう一回だけ、あっちの世界に行こうよ」と、しつこく誘ってくる。
私は、就職活動がいかに厳しいかを訴え、ニートという現在を語り、貯金残高を見せた。
その上で「なにか理由でもあるの? もし、なにか深刻な悩みなら聞かなくもない」と、助け船を出した。私も鬼ではない。
サラは、もじもじと手の中のお菓子をこね繰り返し、コチラを上目使いで見る。透明の液体が目から、今にもこぼれ落ちそう。
「だって……」
少し恨みがましそうに、唸る。私は、無心で彼女を見た。女に泣き落としは効かない。
「……幽霊いるかもしれないじゃない!」
忘れてた。
でも、正直に言うなら、彼女の家の問題であって……手放せばいいだけの話。だって、普段は使ってないらしいし。
「……でも、持ってるだけで不幸事が起きるかも。そんな話してたよね?」
……あれは、チェーンメールの話だよね? メールは、返さなくても何も起きないし、アレを受け取って死ぬなら、もう十回は死んでいる計算になる。
「大丈夫……だと思う。いざとなったら、逃げてこれるじゃない」
私は、なんとか思い止まらせようとした。
「無理無理無理無理! 一人じゃ嫌!」
少女の心に、ジャパニーズホラーは深い傷を植えたようだ。
「とにかく、一緒に来て!」
あまりの怖がりように、少しの罪悪感を抱いたせいか、私は頷いていた。
確かに、私も一人では怖いと思う。
でも、そっちの友達についててもらうとか、解決法があると思うんだ。なぜ私?
「対処法を知ってそうだから」
と、少女はすっぱり答えた。
私は、坊さんでも神主でもないので、何も出来ません。
私は、交換条件を突きつけて、彼女について行くことにした。