拝啓、名も知らぬあなたへ。
昔からよく自転車で転ぶ人間だった。ある時は「手をクロスしてハンドルを握ったらどうなるのだろう」という好奇心から。またある時は削りに削れ、ツルツルになったタイヤが舗装された曲がり角に耐えられなかったから。またまたある時は「いける」と確信して凍った雪道に果敢に挑戦したから。またまたまたある時はハンドルに掛けたトートバックが前輪に巻き込まれたから。経験談を挙げると枚挙に暇がないのだが、その中でも一風変わった出来事を一つ、書き留めてみたいと思う。
昨年の夏頃だっただろうか。自転車のチェーンが外れた。それも二回、全く同じところで。その場所というのがA県某所にあるパチンコ屋の前だ。一回目はサンダルで、しかも立ち漕ぎしようと踏み込んだタイミングで外れたので結構しっかり転んだ。その日は「くそッ、ついてねぇな」と思いながらも手を錆びまみれにし、チェーンをかけなおして帰った。しかし二週間後に全く同じ場所でチェーンが外れたのだ。今度は派手に転ぶこともなくさっさと直して帰ったが二回チェーンが外れるのはともかく、同じ場所でとなると気になるのが人の常である。
家に帰って調べてみるとこんな記事が出てきた。二〇〇八年三月一二日、零時四五分ごろ、A県某所のパチンコ屋で公用車から火が出ているのを付近にいた男性が発見、通報。消し止められた車からは五〇歳前後でと見られる男性の焼死体が見つかったとのことだった。何らかのメディアではなく、個人サイトのアーカイブっぽいので信頼度に欠けるが、自分からすると関係がないとは思えなかった。
その事故があった通りはパチンコ屋がいくつか並んでいて、なおかつ近くには消費者金融も複数ある。勝手な想像だが、パチンコやなんやらで積み重なった借金を苦に自殺したと考えるのがどうしても自然になるだろう。そんな彼が十七年越しに僕に自転車のチェーンを外すという手段で僕にコンタクトを取ってきたとしたら。
だが悲しいことにこの自殺した可能性のある彼がどんな人間だったのか、僕は知る由がない。もしかしたら友人だと思っていた人に騙されて多額の借金を背負ってしまい、必死に返そうと努力したが、消費者金融からの帰り道でふとどうでもよくなってしまい目に入ったパチンコ屋の駐車場で遂に……という悲しい背景があるかもしれないし、家の貯金や息子の奨学金を使いつぶしてまでパチンコをするようなギャンブル依存症のクソ野郎がすっからかんになったから面倒くさくて死んだのかもしれない。なんなら未解決のとんでもない殺人事件が密かに起きていた可能性すらある。
だが、そんなことを妄想しても彼が生き返ったりはしない。確かなのはそこで一人の人間の人生が終わり、僕という人間がそれをたまたま知ったということだけだ。僕にできることはそこを通りがかるときに彼に少しの挨拶をすること、あとはたまに申し訳程度のお供え物をすること、そして気まぐれに貴方がまたチェーンを外して僕が頭を強く打ったり、車道に飛び出したりしてそちら側に誘わないで欲しいと願うことぐらいである。貴方が寂しいのならば僕の肩につかまっていてもいい。あまりいい景色は見せてやれないかもしれないが、そこにずっと留り続けるよりは気もまぎれるかもしれない。僕がそっちに行ったときに貴方の名前や人生、或いは幽霊になってからのエピソードを肴にして一杯やろう。それまではちょっとだけ、僕のこれからの人生を眺めたりしながら我慢していてほしい。




