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人生観ならぬエッセイ観
エッセイが好きだ。しかし、エッセイだけを書いて生きている人などいない。まぁそれも当然と言えば当然で、エッセイというのは基本的にその人の人生や経験の中で感じたことや思ったことを綴る文章であるが、その人生に語るほどの価値が無ければ本屋で手にとってはもらえないだろう。例えば今私、尾飼月が書いたエッセイとそんじょそこらの人気芸人が書いたエッセイが書店に並んでいたとしたらたとえ僕の方が面白く、素晴らしい文章だったとしても売れるのは有名人の方だ。
それは、有名人がこれまで積み重ねてきた人生経験をそのエッセイを読むことで少しなりとも得られることを読者が期待しているからだろう。20年ぽっちしか生きていないそこらへんの美大生である僕の人生観と、世間の目に晒されながらその地位まで上り詰めた芸人の人生観じゃ重みが違う。読者もどちらを読みたいかは明白だろう。
それでも私はエッセイが書きたいのだ。大層な人生じゃなくていい。ためになんてなるはずがない。それでもこれを読む人が少しでも笑えたり、明日も生きたいと思えればそれでいいのだ。




