涼 と 社長 と 見取り図と
「どうにもお待たせしてしまってるようですまないね」
涼たちがエントランスで待機していると、三十代くらいだと思われるスマートなシルエットのイケメン――いや男性ながら美人と呼び表せそうな人が現れた。
いかにもな青年実業家がそのまま年を経たような雰囲気の彼を見て、誰よりも先に静音が前にでる。
「わざわざいらしてくれたのですか?」
「それはこちらのセリフだよ」
驚いた様子の静音に、男性は落ち着いた声でそう返してから、涼と香へと向き直る。
「はじめまして。涼ちゃん、香くん。ルベライト・スタジオの社長、鳩里 稀月です」
自己紹介する姿はどこかクールで、見た目だけならシロナや静音の同系統なクールビューティのようにも思える。
そんな社長に、即座に香は挨拶をした。
「お世話になっております。香です。こうしてお会いするのは初めましてですね」
「ああ。キミには色々と迷惑を掛けてしまっているようですね。すまない」
「いえ。こちらとしても、ディアさんやシロナさんと交友を持てたコトはプラスになっておりますので、あまりお気になさらず」
「そう言ってくれると嬉しいね。これからも、二人だけでなくルベライト・スタジオと友好でいて欲しいです」
「もちろん」
握手を交わす香を見ながら、涼がポカンとしている。
そんな涼へ、社長は涼やかな笑みを向けた。
「初めまして涼ちゃん。うちの大角ディアたちがお世話になっております」
「あ。えっと、はい。こちらこそ、お世話になってます」
こういうのに馴れていない涼は、差し出された手を慌てて握る。
社長も社長で、涼の様子から馴れていないのを察しているので、何か言うこともなく、涼しげな顔のまま「よろしく」と握り返した。
「改めて私も――今はプライベートの協力者として来ておりますが……テン・グリップス社で社長秘書をしております鹿川 静音です」
「こうやって直接話をするのは初めてだが、何度かお会いはしていたね?」
「ええ」
「ところで、鹿川……?」
「義妹の湊が――大角ディアがお世話になっております」
「ああ! そうかそうか! 変なところで面白い繋がりがあるものだ」
そうして三人が社長と挨拶を交わしてから、本題へと入っていく。
「さて、私がキミたちの前に顔を出したのは他でもない。社長としての権限を、キミたちの支援に使えないかと思ったんだ」
なるほど――と、うなずいたところで、香が切り出す。
「それでしたら、この建物の見取り図とかはありますか?」
「やはり、隠し部屋が怪しいというコトかな?」
「ええ。実際、ディアたちが隠し通路の先にある部屋に、小さなダンジョンがあったのを確認しています」
「ん? なら、それをクリアすれば終わりにならないのかな?」
「いえ――言ってしまえばそれらはダンジョンの子供。どこかに親ダンジョンが存在しているようなので……」
「そうか。重要なのは子供ではなく親か。そうなると虱潰しとするにも時間はかかるか」
香が首肯すると、社長は難しい顔をする。
「地図――というか見取り図はなくもない。だが、隠し部屋や通路に関しては恐らく記載がない」
その言葉に、静音が軽く首を振った。
「それでも十分です。縮尺が正しいのであれば、見取り図から不自然なエリアを読み取るコトは可能ですから」
「そういうコトであれば、後ほど社長室から持ってこよう。あとここまで一人で来ておいてなんだが……その時は、誰かに護衛をお願いしても?」
三人がうなずいたのを見て、社長は小さく安堵する。
「ところで、見取り図から隠し部屋の位置を割り出してもギミックはどうするのかな?」
「はっはっは。社長、考えても見てください。これは現実で、ゲームじゃないんです。だから――壁や扉は無敵じゃあありません。
なので、あとあと合流する予定の知り合いから、マスターキーを借りようかな、と」
「ん? その知り合いがどうしてウチの事務所のマスターキーを……あーいや、そうか。そういう意味か。大丈夫? その知り合い逮捕されない? 銃刀法違反とかで」
「SAIに納めて持ち運んでいる分には大丈夫ですしね」
香の言葉に、社長も思わず苦い笑みを浮かべた。
「まぁ許可はするよ。これに関しては不幸な事故があったと思うしかないからね。
でも、建物が崩壊するような勢いで壊すのだけは勘弁して欲しい」
「それはもちろん。ロケットランチャーとかはさすがに最終手段にしたいと思うので」
「最終手段でも止めて欲しいなぁ……」
クールな空気が霧散して、心の奥底からのうめき声を社長が漏らす。
そんなやりとりをしていると、涼が自分のスマホを確認して小さな声をあげた。
「あ」
「どうした涼?」
「湊たちが、また小ダンジョンのボスを倒したって。やっぱりタロットに見立てたコインが手に入ったみたい」
「やはり二十二枚集めてどこかで使うと最後の扉が――という仕様のようですね。まぁイチイチ付き合う気もないのですが」
静音の容赦のない言葉に、社長が意味のないうめき声のようなものを出した。
「あー……」
「社長?」
「いやぁ、ね。こんな状況でないなら、どこかのタイミングで社員総出で宝探しでもしたいなって思ってたからさ」
「そういう意味では企画丸つぶれなんですね」
「そうなんだよねぇ……」
でも仕方がない――と、肩を落としながら社長は嘆息する。
「個人的な感想なんですが」
「何かな、涼ちゃん」
「今から次の事務所探した方がいいんじゃないですか?」
「容赦ないねー……」
「そして次は氷徳 鶴士が設計したモノは避けるが良いかと」
「……氷徳氏の建物はダンジョン化しやすいって噂、わりとマジだったりする?」
「仮説にすぎませんが、それなりに信憑性ありますね」
曖昧な顔をした涼の代わりに、香がハッキリと告げると、社長は天井を仰いだ。
「あー……想定外すぎる出費だが、社員とタレント守るには仕方ないかなぁ……」
「我が社のツテで良い不動産屋を紹介しましょうか?」
「ありがたい申し出だが、私にもツテはあるからね。ギャンブル好きなのは玉に瑕だが不動産屋としての能力は信用に値する。それに私に借金をしている男だ。こちらを無碍にはしないさ」
「そのツテ、本当に大丈夫ですか? 静音さん頼った方が良くないです?」
情け容赦ない涼のツッコミに、社長はなんとも言えない顔をして答える。
「奥さんに対してギャンブルの負けを誤魔化す為に私に借金をする際、なんか高い掛け軸を担保として預かってはいるんだよ?」
「あの、僕の知り合いに骨董品の鑑定できる人いるんですけど、紹介します?」
「あー……とてもありがたい申し出だけど、シュレディンガーの掛け軸でいて欲しいから」
親切心からの涼の提案に、社長はゆっくりと首を横に振る。その顔がわずかに引き攣っているのを見て、思わず香と静音がうめく。
「シュレディンガーの掛け軸とか言ってる時点で信用してませんよね?」
「やはりその知人との関係は見直すべきでは?」
「良いかいキミたち。正論は時に、繊細なハートを持つ男を傷つけるよ?」
すかさずツッコミを入れてくる姿を見せる頃には、涼たちの中から初見のクールビューティな印象は完全に消え失せていた。
雑談をそこそこに、社長は静音を護衛に付けて、一度社長室に戻っていった。
しばらくして静音と一緒にエントランスへと戻ってくる。
「ただいま。思ったより、社員に恐怖感というか緊張感がなくて困るよ」
「どうしたんですか?」
「いや、彼女にムリを言って遠回りをしながら社内を見てきたんだ。けどね、ダンジョンやモンスターに理解ある人と無い人の温度差がこんなに大きいと思わなくて」
「ああ」
涼と香は納得する。
「はぐれモンスターとやりあう時のいつもの光景ですよ」
「これがいつものノリだって言うなら、探索者でない我々はもっとダンジョンに対する理解を深める必要があるね」
「夏休みにやった、レインボーサプライ、電影戯宴との一斉啓蒙を夏の定番イベント化してみるとかどうですかね」
「なるほど。一考の余地はある」
香の提案にうなずいてから、社長は持ってきた大きなプリントをエントランスのテーブルに広げた。
「さて、本命の話題と行こうか」
「こうやって見ると、この建物って本当にダンジョンっぽいですよね」
「ダンジョンというかアドベンチャーゲームの使い心地無視した建築っぽくね?」
「なんならミステリーの変な建物のリアル版って感じもしますよね」
「言いたい放題だねキミたち。否定はしないし、そこに惹かれて居抜き購入したんだけど」
「だから社員からの評判悪いんですね」
「ほっといてくれ」
色々と言いながらも、社長以外の三人の表情は真剣だ。
「これ、情報書き込んでもいいですか?」
「ああ。構わない」
涼が訊ねると、社長はためらわずにうなずく。
「なら――」
許可を貰った涼は、目の前にある女神像の隠し通路と、ディアから事前に聞いていた警備員室の隠し通路の入り口を書き込む。
「湊からLinkerで聞いた限りだと、こっちは下り階段が、こっちは昇りの梯子があったって。そしてどちらも通路の先に小さな祭壇が置かれたちょっとしたスペースがあるみたい」
「つまり、隠し通路の先はその階で終わらず、むしろ立体的に交差している可能性が高いか」
「階段だけでなく、梯子の可能性も考慮するのであれば――」
隠し通路のありそうな隙間、隠し部屋のありそうなスペースに、三人がアタリを付けていく。その上で、その場所に辿りつくのに配置されているだろう隠し扉も、候補が次々とあがっていった。
「ギミックがわかりやすいなら、開ける。分からないなら入り口を暴くより、適当に壊せそうな壁を壊して暴いた方がラクかもしれないな」
「賛成。ここの女子トイレの壁などは、どこかの隠し扉を探すより壊して侵入した方がはやいかも」
「壊す前提なのは構わないが、二人とも隠し通路や隠し部屋は、ダンジョン領域化していたりモンスターが出現する可能性が高いコトは常に考慮しておくように」
そうして、隠し扉のアタリだけでなく、ギミックが面倒な時用の破壊ポイントなども見取り図に次々と書き込まれていく。
「タロットコインを集めるのは面倒だし、できれば23番目の部屋を見つけたいところだよね」
「それは分かるんだが、見取り図上じゃあどこがどの祭壇か分からないしなぁ……」
「二十二枚のコインを使って開きそうなギミックを仕掛けられそうな場所を探すのが一番早いかもしれませんね」
「あれ? なんかすごい勢いで探索せずに隠し通路の入り口が暴かれていくんだけど?」
それを見ながら、社長は事件がスピード解決しそうな安堵と、せっかくの面白ギミックが台無しになってしまうショックが、まぜこぜになった息を漏らすのだった。
【Idle Talk】
あんまり深掘りする機会がなさそうなので、社長について少し
●ルベライト・スタジオ社長
鳩里 稀月 - ハトサト ケツキ -
スマートなシルエットをしたクールビューティー系のイケメン。
いかにも若手青年実業家然とした雰囲気のまま年を経たような容姿の男性。
クールでポーカーフェイスな、デキる男。実際に仕事はデキるのだが、本質的にはお人好しなポンの里出身のコツの者。
仕事のカン、嗅覚、判断能力は高いものの、それらが働かない場においては、失敗も多い。
顔が広く友達も多いのだが、その一部には、よく分からないグッズをプレゼントしてきたり、借りた金を返せない代わりに謎の発掘品や骨董品を手渡してきたりする人もいる。
一見面白系ポンコツクールビューティであるのだが、実業家としてのシビアな面は間違いなく存在しており、本当にただのポンコツであったならばルベライトはここまで大きいスタジオにはなっていない。
楽しさ、面白さ、意外性――そういうモノが大好きで、多少の赤字も笑顔で許す一方、時には冷徹すぎるほどのビジネスマンあるいは商人としての顔を出すこともある。
特に、所属タレントや従業員に対して失礼な取引相手や、露骨にこちらを舐めている相手などに対しては、普段の親しみやすいクールビューティしか知らない従業員たちが、驚くほど冷酷になったりする。
最近は、自分の事務所だけでなく、業界全体的に増えている行き過ぎたアンチや、対立煽りを好む者、無駄に裏を探ってきては火種としてリークする者に対して憤りを感じている。
電影戯演やレインボーサプライと連携が取りやすくなってきた今、どこかで業界浄化としてそういう迷惑な輩へ反抗を仕掛けたいと思っている。
ちなみにルベライト・スタジオのルベライトとは紅電気石とも言われる宝石のコト。トルマリンの変種。
トルマリン、ルベライト共に、最高品質の赤色のコトをピジョンブラッド(鳩の血色)と呼ぶ。そのことから、自分の名前のハト+ケツ=鳩血と読み、ピジョンブラッドを連想したことでルベライト・スタジオと名付けた。
トルマリンでないのは、彼の信条であるストレートすぎるよりちょっと捻ったひと味が常に欲しいというモノから。




