適当満了処方
手触りと匂いで、草の分別を始めた。
分別だけで一苦労だが、休まず乾燥作業に入る。この作業は魔法でどうにでもなるが、問題は調剤である。売り物にする薬は薬研で潰してしっかり計っていた、それも見えなくなってからはフゥとヤァに助けられての作業だったのだ。
うーん……、首を傾げていたデアだったが、
「仕方ない」
そう言って指先を右左に振りだした。するとどうだろう、内側に刃物の付いた小さな竜巻が現れた。ラミアが草を投入すると竜巻は勢いよく回り出して、薬草は見事細かく粉砕されたのだった。
「後は調剤……まぁいい」
用意したお茶のポットへ、薬草を適当に放り込む。
「うむ、満了処方だ」
(喉に効く薬草は120パーセントだがな)
あらかじめ鍋に汲んでおいた水を魔法で沸かしポットに移す。ポットのふちに爪を軽く当て、お湯を注いだ。
当てている爪に湯が触れた感覚を確認し、注ぐ手を止める……はずだったが。注ぐ速度に問題があったようで思っいきり熱湯が指に触れた。
「あっつ!」
……最悪だ。
「ピアノ講師、食事と薬を持ってきた」
額に手を当てられた感覚で目が覚めた。デアの言葉をぼんやり聞いていたが、「起きれるか?」と再び声を掛けられて完全に目が覚めた。
「あぁ……」
ゆっくり体を起こす。全身が痛い。
ベッド横にはタオルの掛けられたバケツがあり、山盛りの氷が入っていて縁から白いもやが溢れている。
ガンッ、とテーブルに足をぶつけて悶絶しているデアは、手探りで椅子を探し出してベッドの近くまで持ってきた。続いて持ってきたトレーにはケークマフィンと妙な色のお茶が乗っていた。気に入りの魔女服は葉っぱと粉まみれだった。顔にも粉をつけているから、きっとケークマフィンを作るために汚れたのだろう。
「食べられないなら薬だけでもいい」
差し出されたお茶から、得体の知れないにおいが漂っている。
「薬草を煎じたものだ。人によって苦いと思う者もいれば甘いと思う者もいる。効き目は保証する」
水も用意したから安心しろと、並々注いだコップを持ってきた。こぼしまくって魔女服がまだらに濡れていく。
「薬を、」
声を出すのが非常に辛い。喉が切れそうに痛いのだ。
お茶は非常に食欲の湧かない色をしているが、薬だと思えばいけそうな気がする。
ゆっくり口に含むと、ほんのりした甘みと独特の風味があって意外と飲みやすい。
「もう一杯、」
声を絞り出すと、デアはカップを受け取っていった。
「このポットの量を一日かけて飲め。でないと体に負担が大きい。今は昼だから、次は午後、夕方、夜、寝る前にわけて飲むといいだろう。それまではこれだ」
代わりに、こぼれて適量になったコップを渡された。
時間をかけて飲み干したコップを、トレーに戻す。そのあいだ中、デアはむんずと腕を組みアランをじーっと見下ろしていた。
「ありが……」
喉が痛くて、言葉尻が消えてしまう。横になったアランの額に柔い手が添えられる。「目を瞑れ」と聞こえると、あっという間に眠りに落ちるのだった。
額に手の感触を感じては起き、薬と水を飲み、「目を瞑れ」と言われると魔法にかかったかのように眠ってしまっていた。最後の薬を飲んで「目を瞑れ」を聞いた後、起こされる前に目が覚めた。窓の外は薄紫色に染まり、夜明けが近いことを知らせていた。
テーブルの上のランプがほのかに灯っていた。昼間はなかったお鍋がテーブルに影を落としていた。そういえばスープを作ったと話していたような気がする。熱のせいで記憶が曖昧だ。
体を起こすと、額からタオルが落ちた。バケツの氷はほとんど溶けて、ランプの光を反射していた。その傍らでベッドに突っ伏して眠っているのはデアだった。髪に葉っぱがついていて、袖は粉で汚れていた。昨夜見た時と変わっていない、つきっきりで看病してくれたのだろう。おかげで熱はだいぶ下がったようだ。
袖から現れた魔植物が、落ちたタオルをバケツに入れている。
少し調子がいい。食欲が出てきたのは回復してきた証拠だろう。椅子の上にあるケークマフィンに視線が止まると、幾本か現れた魔植物がケークマフィンを持ってきてくれた。
「ありがとぅ」
のどの痛みもだいぶいい。昼間より声が出た。礼を伝えると魔植物は恥ずかしそうに縮んで袖に戻っていった。
果ての森で先程の魔植物に襲われそうになった時、ヤァが注意してくれたおかげで無事だったが。今の様子からは殺気が感じられなかった。
病んでいる時の甘いものは、どうしてこんなにおいしいのだろう。一気に平らげてベッドを出た。
デアはよく眠っていて、アランのベッドに移しても起きることはなかった。
倦怠感の残る体を引きずってテーブルについた。
部屋を見渡すと、アランの寝間着が干してあった。あの干し方はデアで間違いない。そしてはたと気が付いた。じゃあ今は何を着ている? 確認すると、洗い替えに持っていた寝間着を着ていた。いつの間に着替えたのだろう。全く記憶にない。
……もしやデアが? いや、デアしかいないか。だがどうやって?
首を捻った先で、トルソーが目に入った。部屋の隅でおぼろげに浮かび上がっている。着せられている薄い水色のワンピースは、そこかしこに待ち針が止めてあった。
『袖と裾が短い。前が開きすぎている』
指摘の部分を直してみようと思ったのだが、知識がないところから始めるのは無謀だったかもしれない。夜間の限られた時間で作業を続けているが、思うように進まず苦労の連続だった。
仕上がりを焦っていたわけではないが、もう少し時間があればと近頃考えていたことは確かだ。騎士団の仕事とデアの講師とお世話。手いっぱいで余裕がなくなっていたことは否めない。そせいで一昨日デアに嫌な思いをさせてしまった。
鍋の中身は鶏肉と野菜のスープだった。布巾がかけてあるお皿がいくつかあって、ケークマフィン、クッキー、モーイのピュレが盛られていた。
ケークマフィンは果ての森で食べたそれと同じで。デアの記憶から自分だけが忘れ去られてしまったことをまざまざと突き付けられたような心持になって、またしても悲しくなる。
傍にいられる幸せと、傍にいて辛い気持ちを、毎晩デアの部屋に続くドアにもたれては、痛感している。
けれども今宵のデアはドアの向こうではなく、自分のベッドで眠っている。寝顔の愛らしさは永遠に眺めていることができると断言できる。
目を覚まして、おはようと言って、微笑んで、自分の名前を呼んでくれるような気がする。
愛おしさが溢れて白磁のような頬へ無意識に伸ばしていた指先が、数ミリの躊躇を残して止まった。現実に引き戻されたような心持でアランは自嘲した。
疲れているんだ。そうに違いない。
けれど、こんな時間はもう終わりだ。窓の外は白んで、鳥のさえずりが新しい朝を知らせている。
さぁ、スープを温めてデアを起こそう。
体は怠いし声もあまり出ないけれど。




