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入学⑥・魔女は魔王に正体を明かす

「顛末の認識がわたくしと貴女様で合っているか、ですか?」


 ジークリットの眉がやや吊り上ったが、アーデルハイドは続ける。


「うむ。少なくとも余の知る今後においてそなたの出る幕は無かったぞ」

「これは可笑しな事を仰りますね。わたくしは貴女様の方こそ名前すら出てこなかったと記憶しておりますが」

「やはりな。どうやらそなたと余はそれぞれ違う物語を読んだのではないか?」

「ほう? どうぞ続けてくださいまし」


 少なくとも魔王が読んだ恋愛小説においてジークリットは出てこない。メインヒロインが愛を育む相手は神聖帝国皇太子で、二人の邪魔をする悪役令嬢は前半がアンネローゼ、後半が魔王が身も心も乗っ取ったアーデルハイドだから。ジークリットほど存在感を放つ令嬢は影も形も無かった。

 では魔王が読み込んだ予言の書と同じ本をジークリットが目にして舞台上に割り込んできたか? 否、アーデルハイドには彼女がそうするだけの理由が思い当たらなかった。そして皇太子と何ら接点の無い彼女がユリアーナに強い姿勢で臨む必要が無い。


 となれば思い当たる可能性が一つ。アーデルハイドとジークリットは両立しないのでは?


 魔王は予言の書の他にも複数の恋愛小説を読破している。その中には複数刊に渡る作品もあり、登場人物や舞台設定は同じでも女主人公と恋仲になる相手が毎回異なる形式のものもあった。


「悪役令嬢、と言う単語に聞き覚えは?」

「最近人の世で流行っている小説の作風とお答えすれば?」

「余はな、どうやらあのユリアーナめが皇太子を選んだ際に悪役令嬢に抜擢されるらしい」

「……成程、ようやく合点がいきました」


 ジークリットは一瞬だけ目を丸くしたものの、すぐに口元に手をやりつつ満足げに微笑を浮かべて頷いた。直前までアーデルハイドの挙動一つたりとも見逃すまいと鋭くさせていた目つきを柔らかくさせ、緊張を解く。


「わたくしはあのご令嬢が宮廷魔導師の家系の殿方を選んだ際に邪魔立てする者、と申せばよろしいでしょうか?」

「宮廷魔導師? 皇太子の取り巻きとして朝玄関前におった奴らの一人か?」

「ええ、あの方らしいですよ」


 アーデルハイドは今朝の一幕の記憶を掘り返す。あの時はユリアーナと皇太子ばかりに気を取られていたが、言われてみれば整列した生徒会の面々は皇太子に負けず劣らず魅力的に見えなくもない殿方ばかりだったか。

 魔王が読んだ予言の書で彼らはヒロインに心許していく皇太子を最初の内は咎めていた。しかし次第にヒロインの素朴ながらも平等な愛と優しさに彼らも心惹かれていき、やがて二人の恋仲を応援するようになる。すなわち、アーデルハイドに敵対する方へと転がっていく。


 もしヒロインが皇太子ではない生徒会役員と恋に落ちた場合でもその先は想像に難くない。結局生徒会役員達、恋愛小説風に表現する攻略対象は悪役令嬢を見限りヒロインの肩を持つだろう。


「そなたも皇太子には辟易したであろう」

「そうでござますねえ。このわたくしをヒロインさんに横槍を入れるお邪魔虫扱いまでしてくる始末ですからっ」


 そうして立ちはだかる身分の差や財力の壁、果ては世界の脅威すら退けてヒロインと殿方は結ばれる。大きな試練を乗り越えてこそ愛は燃え上がるとばかりに。


 ひとまず納得いった所でアーデルハイドは次の疑問を脳裏に巡らせる。校舎の壁に設置された日時計を確認するとまだ正午は迎えていない。時間が許すなら折角の機会なのだからと彼女は踏み込む事にした。


「ところで先ほどヒロインめは余やそなたを『らすぼす系』悪役令嬢などと言っておったぞ」

「『らすぼす』……? 聞き慣れない単語ですねえ。ご存知です?」

「翻訳魔法をかけて字面通りに受け止めるなら、最後のヒロインの前に立ちはだかる悪役令嬢、辺りか?」

「あー、言われてみたら確かにわたくしの出番って本来半年ぐらい後でしたねえ」


 選んだ攻略対象者の違いがアーデルハイドやジークリットの登場を分ける。とすれば満を持して舞台に上がる筈だった彼女の正体が気になる所だった。何せ、皇太子が選ばれたら前座が公爵令嬢のアンネローゼだ。ユリアーナが魔王と一括りで『らすぼす』と表現する程なのだから……、


「ジークリットよ、そなたはただの侯爵令嬢ではあるまい。いかようにしてジークリットとして姿を見せたのだ?」


 ジークリットはそれ相応の真実を持っている。

 そう睨んだアーデルハイドの問いかけはジークリットの雰囲気を変えるには十分だった。表面上は素知らぬよう取り繕えていたが、明らかにアーデルハイドへの警戒心がにじみ出ていた。


「……はて、仰る意味が良く分かりませんが?」

「ちなみに余は病気で死の淵に立たされたアーデルハイドの身体に憑依したぞ。東より絶望と共に現れる魔の者を率いる王、と申せばよいか?」

「はあっ!?」


 だからアーデルハイドの方からまず自分をさらけ出した。予言の書ではヒロインと皇太子を追い落とす為にアーデルハイドの身分が必要だったから終盤まで隠し通したが、手段として有効なら秘密の暴露も厭わない。

 ジークリットもその回答は予想外だったらしく、声を挙げて前のめりになった。ただそれも一瞬の事ですぐさま座り直す。わざとらしく咳をしてごまかしながら。アーデルハイドを見据えるその眼差しはやや鋭くなった。


「アーデルハイドさん、ご自分の仰っているお言葉が如何に重大な意味を持つかは分かっておりますよねえ?」

「無論だ。しかしそなたを謀る理由も無い」

「魔王ともなれば人類の敵に他なりません。わたくしが真に受けて教会にでも差し出すとは考えなかったのです?」

「それは無いな」

「ほう、今日お会いしたばかりのわたくしをどうしてそこまで信用できるのです?」

「そなたが悪役令嬢だからだ!」


 迷う事ない断言だった。

 アーデルハイドの自信に満ちた様子にジークリットは言葉を失う。信じるに足る理由を一言で片づけられた衝撃は計り知れず、噛み締めるのに時間を要した。自分の頬を撫でながら熟考し、やがてジークリットは笑みをこぼす。


「お話する前に二つお聞きしたい事がございますが、よろしいでしょうか?」

「うむ、何でも申すが良い」

「では遠慮なく。貴女様が早期に姿をお見せになったのはいかなる理由で?」

「余が未来を知ったのは予言の書と呼んでおる本を目にしたからだが、その通りに登場した所で運命は変えられぬと考えたからだな」

「その点はわたくしも共感いたします。では貴女様が目指す先とは?」

「ヒロインめを退けてわたし、アーデルハイドが幸せになる未来だな。皇太子と結ばれたいかはこの際二の次だとしておこう」


 これらの質問は敵の敵が味方になるとは限らないと考えたからだろうとアーデルハイドは睨んだ。同じように悪役令嬢としてヒロインに立ちはだかる役だろうと、それで同じ男性に懸想しては結局争う展開となってしまうから。

 ただこれはあくまで念の為の確認だとも確信していた。もしヒロインと悪役令嬢二名の三つ巴になっていたなら予言の書でそのように記されている筈だから。二人の思惑がかち合わないのであれば、結託してヒロインを陥れるのも十分可能だ。


 ジークリットはテーブルクロスの敷かれたテーブルに指を這わせ、紋様を描いていく。それで何が起こる訳でもなかったが、魔王たるアーデルハイドにはその紋様が理解出来た。ほう、と思わず感心の声を挙げてやや注視するぐらいに。


「素晴らしく美しい構築の紋章術だな。余の配下でもこれほどまでの腕を持つ者はおらぬぞ」

「お褒めに与り恐縮です。貴女様が魔王と名乗るのでしたらわたくしは……そうですね。魔女、とでも自称いたしましょう」

「ほう、魔女とな!」


 魔女。それには複数の意味がある。異教徒の神官、医学薬学に優れた者、魔の者に魅入られ堕落した者。ジークリットの場合は優れた魔法と知識を持ち合わせている者を指すのだろう。魔導師ではなく魔女と呼ばれ畏れられる程に優れている、と。


「しかしキルヒヘル家が魔女とまで呼ばれる魔法の名門とは聞いておらぬぞ」

「それは今の時代の話でございますよねえ? かつて人類と魔の者が戦争に興じていた頃はキルヒヘル家でも今の魔導師など赤子同然の賢者が揃っておりましたとも」

「その言い回しではまるで自分が賢者とやらの再来だと聞こえるぞ」

「再来? とんでもございません。わたくしはですね……」


 ――古の時代の魔女、その生まれ変わりなのですから。

 ジークリットはそう不敵に笑ってみせた。

お読みいただきありがとうございました。

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