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入学⑤・魔王は魔女に声をかけられる

(初日から授業でもあるかと思っておったが、担任教員からの事務連絡のみとはな)

(授業の為の教材も明日配られるみたいですね)

(しかし部活動とは面白そうだな。学園では多彩なようだから目移りしてしまいそうだぞ!)

(今度体験入部期間になった時にゆっくり見て回りますか)


 つつがなく学園生活初日を終えた生徒達が教室から去っていく。とは言え担任教師が出て行った後も半数以上の生徒が残って交流を深めていた。入学前より見知った相手と親しく会話したり、席が近いからと声をかけたりと。

 学園で築いた絆や信頼関係が後に当主やその妻となった場合に役に立つ事が多い。特に爵位が高い家の子息や令嬢と親しくしておけばその影響力の恩恵に与れる。単に学生生活に潤いをと思う者はそう多くなく、先を見越しての立ち回りも少なくなかった。


 ただし、公爵令嬢であるアンネローゼは自分から声をかける必要が無い。家柄、そして彼女の人柄もあって向こうから声をかけてくるからだ。アンネローゼはその中から今後の自分に有益となる人物、自分が親しくしたい者を選定して返事を巧妙に切り替えていた。


(大変よなあ人間社会というのは)

(魔物社会は純粋な力と血統こそが全てなんでしたっけ?)

(うむ。突然変異という例外こそあるが大抵の強者は名門から輩出されるな。余もそうやって魔王に選ばれたのだぞ)

(てっきり魔王ってそんな運命を持った人がなるものだとばっかり思ってました……)


 一方のアーデルハイドは別段学園卒業後の社交界で有利な立ち位置になりたいとも思っていなかったので、帰り支度をしつつ静観していた。何人かがアーデルハイドに声をかけたものの彼女は当たり障りのない返事を返す程度に留まった。

 そんな彼女の傍にやってくる令嬢が一人いた。


「ごめんくださいまし。声をおかけしても?」

「うむ、構わぬぞ」


 アーデルハイドは徐に立ち上がってその令嬢、ジークリットを見据えた。そして互いに丁寧な仕草で頭を垂れる。


「では改めて。お初にお目にかかります。わたくしはキルヒヘル家が娘、ジークリットと申します。以後お見知りおきを」

「わたしはアーデルハイド・フォン・ベルンシュタインと言う」


 片や皇太子の婚約者たる公爵令嬢、片や新入生代表を務めた侯爵令嬢。皆の注目が集まらない訳が無かった。しかし二人は全く意にも介さずに互いを見つめ合う。アーデルハイドは自信に満ちたまま胸を張り、ジークリットは底の知れぬ笑みを湛えさせて。


「そなたとは言葉を交わしたいと思っておったぞ」

「わたくしも貴女様とはお話したいと思っていた所でございます」

「アーデルハイドで良いぞ、敬称は抜きでな。わたしもそなたを名前で呼びたい」

「ではお言葉に甘えさせてもらいます、アーデルハイドさん」

「ところでジークリットよ。そなたはわたしに何か申したい事があるのではないか?」

「ええありますとも。この後ご予定は? お帰りになる前に少しばかりお話したいと思っておりますが」


 切り込んできたな、とアーデルハイドは感想を抱いた。しかし好都合だと認識を切り替えて頷く。


「いや特に無いな。だがここだと目立ってしまう故、少し場所を移そう」

「畏まりました。学園には幾つか憩いの場がございますから、そちらでいかがでしょう?」

「うむ、良いな。ではしばし待つが良い。アンネローゼに声をかけてからにする」

「勿論ですとも。お待ちしておりますので」


 アーデルハイドは事情を説明しようと他の貴族令嬢達と親睦を深める妹へと歩み寄っていく。アーデルハイドの接近に気付いたアンネローゼが髪をかき上げつつ振り返る。他の貴族令嬢達が敬意を払ってお辞儀したのとは対照的だった。


「あらお姉様。早速ジークリット様と親しくなさったようね」

「うむ。彼女としばし語り合うのでこの場を離れるぞ。もしわたしが遅くなるようなら気にせず先に帰って欲しい」

「そう長話をするつもりはないんでしょう? だったら私はここか馬車で待っているわ」

「そうか。済まぬなアンネローゼ。そなたとも久々故じっくりと交流を深めたかったが」

「それは別に学園なんかじゃなくたって屋敷で事足りるでしょうよ」

「それもそうだな。これからは気さくにわたしの部屋を訪ねてくれ」


 アーデルハイドは軽く会釈をしてから踵を返した。

 アンネローゼはそんな姉の背中を見つめ、少し経ってから先程まで会話を織り成していた令嬢達へと向き直る。しかしその令嬢達は驚きを露わにさせてアンネローゼやアーデルハイドを見つめていた。


「どうかしたの?」

「い、いえ! 何でもございません」

「私がお姉様と親しくしていたのが意外だったかしら?」

「……っ! も、申し訳ございません。私共が伝え聞いていた噂とは違っていたもので」


 令嬢たちは口を濁していたがアンネローゼは何となく噂とやらに思い当たった。


 曰く、病弱なアーデルハイドは公爵家内で虐げられている。

 曰く、ベルンシュタイン公は姉に見切りを付けて妹を可愛がっている。

 曰く、アンネローゼは寝たきりな姉を目障りと思っている。

 曰く、アーデルハイドは段々と魅力的になっていく妹を憎んでいる。


 その手の話は枚挙に暇が無く、アンネローゼは思わず苦笑してしまった。


「お父様方がどう思われているのかは分からないけれど、私は別にお姉様を疎んではいないわ」

「ですが、アンネローゼ様があの方に代わって皇太子妃になるとのお話も耳にしましたが」

「お姉様の体調が治ったのだからその話は無しね」

「畏れながら申し上げますが、私は皇太子殿下と良好な関係を築いているアンネローゼ様こそ未来の皇后に相応しいと思っておりました」

「お父様にそうしろと命じられればそうしていたでしょうね。けれど自分からお姉様を退けて成り上がるつもりなんて無いのよ」


 実の所アンネローゼは腹違いの姉に対して良くも悪くもそこまで深い想いを抱いていなかった。と言うのも外でも屋敷内でもアーデルハイドの話題が出る機会に乏しく、アンネローゼ自身も父と母からきつく言われてアーデルハイドと関わり合わなかったからだ。


(お母様方から厄介者と思われていたのかしらね? それともお姉様……アーデルハイドなんて娘は最初からいなかったって扱いたかったのかしら? 多分両者なんだろうけれど)


 アンネローゼはそれならそれでも別にいいと思っていた。いるなら昔のように仲良くなればいいし、いないなら自分自身に従事するまで。そう割り切っていたのもあって彼女は姉を厄介だと考えた事も無い。逆に早く回復してほしいとも願っていなかったが。


(ただ……やっぱり今のお姉様は昔とはちょっと違うわ)


 アンネローゼにとって姉はどうでも良い存在でしかなかったが、今は不思議と惹きつける何かがあると感じていた。そんな在り様はまるで病床で天啓でも受けたのかと思ってしまう程に自身と風格に満ち溢れていた。

 無論、アンネローゼが魔王の介入まで発想が行きつく事は無かった。


 ■■■


 学園の敷地内で数か所点在する憩いの場にはテーブル席が幾つか設けられていた。主に休憩時間での休息や放課後の団欒に用いられる。爵位の高い家柄の貴族令嬢や子息がお茶会を催す際は大抵個室を用いたが、貧乏貴族の子や市民階級の生徒には気さくに使えるからと多用されていた。


 そんな場所に席を取ったアーデルハイドとジークリットは否応なく注目を集めた。今朝のアーデルハイドと皇太子とのやりとりはすぐさま噂となって学園中に伝わっていたし、ジークリットの入学式での演説は印象深かったから。


「何か飲み物や菓子でも用意させるか?」

「いえ、必要ありませんでしょう。そこまで長居するつもりも毛頭ございませんし」

「ではジークリットよ、用件とやらを聞こうか」

「それではお言葉に甘えてさせていただき、単刀直入に申し上げましょう」


 ジークリットは懐から取り出した扇を手首の振りだけで広げてみせ、口元を覆い隠した。彼女の目がわずかに細くなる。


「アーデルハイドさんはこの後の顛末をどの程度ご存じなんです?」


 アーデルハイドはジークリットの問いかけに対して呻り声をわずかに挙げて椅子の背もたれに寄りかかった。そして相対する令嬢を見据えて腹の探り合いに興じるか否かを考え、早々に争いは不毛だと後者を選択する。

 アーデルハイドはやや顎を上げつつ腕組みをさせた。ただ長年の病弱生活がたたって彼女の身体つきは貧相そのもので、あいにく豊満さを強調させる結果には結びつかなかった。それでも余裕の表れを示すには十分な効果があった。


「その問いに答える前にわたしからもそなたに一つ質問をしたい」

「質問を質問で返すのですからよほどのものなのでしょうねえ?」

「無論だ」


 やや間を置いて、アーデルハイドは抱いていた疑問を口にした。


「そなたの言う顛末とやらが余の認識と合致しているか、だ」

お読みくださりありがとうございました。

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