独白(シエノラ・ノ・ゴドー)
今回はシエノラさん視点
『そういうわけで、ゴドー様に一度試して貰いたいと思います』
シムのお願いに私はすぐに返事は出来なかった。
やるしかないと分かっているのに、それでも怖いと思ってしまう。
仕方がないと分かっているのに。
じっと手元、エドが用意してくれたコーンスープが入ったマグカップを見ていたが、恐る恐る私を抱き抱えるようにして座っているエドを見る。
彼は微笑んで頷いた。
「それで駄目だったら、ここに戻ってこよう。俺にとってはシエノラの方がずっと大事。向こうの事は分身を出してするなり方法は色々あるし、気にしないでくれ」
私を抱きしめてかけてくれる言葉は優しい。
「だから、今度は秘密にしないできちんと教えてくれ」
その言葉が少し胸に刺さる。
察してくれと思っていたわけじゃない。
自分の気持ちを告げるのが怖いだけだ。
「……ああ、そうだな……」
大きな不安と小さな安堵。複雑な胸中で、そう答えた。そう答えるしかない。
なぁ、エド。私はルベルトだけに嫉妬したわけじゃないんだ。
君の特別全てに嫉妬したんだ。
セリアにも、そして、自分の子供達にも。
私は一緒にいられないのに、何故、あの子達は一緒にいられるのか、と。
そんな醜い感情がドンドン酷くなって、私自身にも嫉妬し始めた。
自分がおかしいのが分かるが、どうすればいいのかは分からない。ただ、苦しかった。
でも、そんな事をエドに言えるわけがない。
エドの愛を疑っていたわけじゃない。
私は私自身が信用できない
見ないでくれ。
そう思ってしまう。エドが誰かを見るのが嫌で、その誰かがエドを見るのも嫌で。
何もかもが嫌で。
醜くて、イライラして、気持ち悪くて。
優しいと褒めてくれたエドの信頼を裏切りそうで。
感情にまかせて力を振るってしまいそうで。
私に似合うと譲られた慈愛すら穢してしまいそうで。
でもその方がエドを独り占め出来るのではないかって考えた。
慈愛なんて投げ捨てて、本当に欲しいものだけを囲んでしまいたいとも。
「シエノラ?」
気遣うような声と共に、頬を撫でられた。
エドの指が、いつの間にか流れていた涙を拭っていた。
私はそれに、笑うしか無い。
女である時にまで感情の制御が出来ないのか、と。
「……ここに、残る?」
静かに、気遣うように言われた言葉に私は頷きたくなる。でも、それは無理な話だ。
「シムが言っている事が本当かどうかの確認は取らなくては意味がないだろ?」
「それは…………、そうだけど……」
エドは否定しかけて、それでも否定しきれずに同意を示した。
眉を寄せて不服そうな顔に私は小さく笑って、エドの体に身を預ける。
「……エドが作ってくれる料理はいつも美味しいな」
「…………愛情たっぷり入れてるつもりだからね」
話を変えた私にエドは付き合ってくれる。
エドが作ってくれる料理はいつも美味しい。
本人が言うように愛情が籠もっているのだろう。
「私が作ってもこのおいしさには成らないんだよな……」
「え!? シエノラが作ってくれたご飯の方が美味しいよ!?」
「それは絶対にない」
「いやいやいや」
あのな……。君、神化する時一体いくつの料理系スキルを持ってたと思ってるんだ? それこそ神レベルだろ。
「今度、私に教えてくれるか?」
「え?」
一緒に料理をしよう、という提案をかけてみた。すぐに頷いてくれるかと思ったらエドは何故か眉間に皺を作って悩んでいる。
「…………ダメ、なのか?」
「うーん……。シエノラの料理をあの騎士共が食べるのかと思ったらムカつくというか、もったいないというか。いや、むしろシエノラが料理を作ってるっていう可愛らしい姿を見せるのも嫌というか」
…………………。
「別にこっちの世界でだけでもいいが……」
「あ、それならオッケー。いつでも一緒に作ろう!」
今度は満面の笑顔が返ってきた。
なんだかなぁ。と呆れた気持ちになって、次に浮かんできたのは笑みだった。
「エドは、相変わらずだな」
「相変わらずですよ? そういう意味でも俺はシエノラ・ノ・ゴドーの先を行っているのです」
私の先?
「どういう意味だ?」
「ん? 分かんない? 俺も一緒だって事だよ。嫉妬して、ムカついて、独占したいって事。君のように感情を抑制されてたわけじゃないから、暴走させずに済んでるだけで、君と同じくらいには暗くてヤバイどろどろの感情を持ってるつもりですよ?」
そう言って笑うエド。そうだろうか? と今までもを思い出して考えてみる。考えてみるが、私はそうは思えない。
エドの嫉妬も独占欲も、ゴドーの時よりもずっとマシな気がする。
でも、そういうという事はそうなのだろうか?
分からず、ただ、惰性で手に持っていたスープを飲む。
温かくて、滑らかでコクのある甘みが口に広がる。
ああ、美味しい。
そう素直に思える。
「あぁ、もう、シエノラかわいい!!」
そんな言葉と共に、ぎゅうぎゅうと抱きしめて頬ずりしてくる。
「かわいいなんていう事あったか?」
「あった! 美味しいって小さく笑った! かわいかった!! ウチのかみさんマジ女神!」
えーっと、まぁ、女神だけど。
どう反応すれば良いんだろうな。って思うけど、たぶん、別に無理に対応しなくてもいいんだろうな。ただ、エドの好きなようにさせておけばいいのだろう。
……でもそれはなんだか、無視したみたいでちょっと嫌だ。
だからこちらも言葉を返す事にした。
「エドも笑うと可愛いぞ」
そう褒めたのに、エドの笑顔が固まり、そして尋ねてくる。
「それは女顔だからかな?」
これは、うんと頷くとめんどくさそうな感じだな。
「笑顔というのはかわいいものではないのか?」
とりあえず本心で聞き返してみる。
男顔だろうと女顔だろうと笑顔というのはかわいいものだと思うのだが。
「ん? うん。まぁ、そう、だけど。……まぁ……そうか」
納得し辛いといった様子だったがしばし考えた後、頷いていた。
たぶん私が誤魔化しで言ったわけじゃないと言うのを感じたからだろう。
「エドは、本当に女顔というのが嫌なのだな」
「嫌だねぇ。からかわれて、そのせいで、ゴドーにも迷惑かけたし」
それは生前……お互いに人だった時の事か?
「言うほど、迷惑かけたか?」
「かけてるよ、絶対。俺がもうちょっと簡単に自分の気持ちを認められたらもっと早くゴドーと恋人になれたし、きっと色々と変わってたって」
「それは……そうかもしれないが……。でも、それだと、私は……シエノラはいなかったかもしれないな」
「え?」
「そうだろ? だって、女で無くてはダメだというエドのこだわりがあったから、女性体をご褒美でと頂いたわけだし」
「…………ああ、うん、そういえばそうか……。…………あれ? 俺、ホントにあいつの言うように結構な綱渡りだった……?」
なにやら深刻な表情でそう口にする。
私はその様子を見ながらスープを口にする。
話かけていいか分からないし、私は私で言った事を考える。
考えるというよりも、想像してみたが正しいのか。
エドが男を抱くことに、恋愛をする事に忌避感がなければ、きっと全然違った未来になっただろう。
きっと、その未来なら、ネーアにも機会があった。
エドの妻になれたかもしれない。
私の負担は軽減し、私のためにエドは神になる事もなかっただろう。そもそも、子供が出来ないわけだし。
そうなると、もしかしたらネーアがこの位置にいたのだろうか。
「……その方が良かったか……?」
ネーアであれば、私のように嫉妬に狂いそうになる事なんてなかっただろう。
もっとエドと上手く関係を築けたのかも知れない。こんな風にエドを煩わせる事もなく。
「何が?」
自分の考えに暗い感情が沸き立つ前にエドが声をかけてくる。
「……もしかしたら、今こうやって座っているのは私では無く、ネーアだったのかもしれないな、と」
「……え? そこでなんで『その方が良かったか』なんて言うわけ?」
「それは……、その方が、エドも煩わずに済んだだろ?」
「……シエノラ・ノ・ゴドーにとって、もし俺が体調を崩したら、煩わしい事なんだ?」
「そんな事はないが……」
答えつつ、私は戸惑う。というか、不安に陥る。
怒らせた?
エドの表情は変わらないが、どことなく気配が怪しくなっているような。
「でも、君はそう思ったって事だよね?」
「……怒らないでくれ」
「怒っては無いよ。不満なだけで」
「いや、怒ってるだろ……」
「……怒ってるっていうよりもむしろ悲しい方かな? 俺はこんなにシエノラ・ノ・ゴドーの事が好きなのに信じて貰えないっていうのが」
「いや、信じてないわけじゃなくて」
「でも、ネーアが俺の妻になった方がいいって思ったんだろ?」
「いや、そうじゃなくて、もし、私が男のままエドと付き合ってたら、そのうち、子供欲しさにエドがネーアを抱いたかもしれないな、って思って。子供が出来たら、その子供は神の血を引くわけだろ? だから」
「シエノラ、前提が違う。君の場合はこの世界で身ごもったからその影響が出ただけだろ? あっちの世界じゃ俺、一応、人のカテゴリーだったから、ネーアが万が一身ごもっても人のままだったよ」
「何故? だってエドはそういうのを覗かれるのが嫌だったわけでこっちに来たわけだろ? 相手がネーアでもそこは変わらないだろ?」
「…………」
今なら私達も神だから覗かれないようにというのは普通に出来るわけだが、あの頃のエドには完全には遮断できなかっただろう。そう思うとやはりこっちに来るしか無かったわけで、そうなったらネーアだって神の子を宿すわけになる。
「…………嫌だけど、たぶん……嫌じゃないと思う」
「……謎かけか?」
「そうじゃなくて。……ゴドーのそういう顔を見られるのは嫌だから是が非ともと思うけど……、ネーアの場合ならたぶん……仕方ないかで終わらせるんじゃないかなって。もう今の俺とあの頃の俺とじゃ、ちょっと心理状態違うからなんとも言えんけど……」
「え?」
「だーかーら~!! ゴドーの気持ち良さそうな顔なんて独り占めしたいに決まってるだろ! えっちぃ姿をなんで俺以外の奴らに見せなきゃならんわけ!? 全部独り占めしたいだよ! なんで他のヤツに見せなきゃならん! ぶっちゃけて言うぞ!! 俺は、俺と付き合う前にゴドーとそういう関係に持ったヤツらが全員憎い!!」
本気で嫌そうにエドがそう言った。確かにエドには隠していなかったが、早まったか……? いやでも、あれはエドが生まれる前の事だし、正直そこは……許して欲しいというか。あー、でもこれは、ミ……。
「俺がさっさと自分の気持ちを認めていれば、セルキーでミカとの逢瀬はなかったんじゃないかって、思ったりもするしっ!!」
…………何で知ってるんだろ……。今、黙ってた方がいいと思った所なのに。
思わず、目線がそろりと横にずれる。
ていうか、逢瀬って……。あくまであれはお互いにただの処理的な面が強かったのだけど、言っても無駄というか、火に油というか、黙っていた方がいいよな、たぶん。
「でも、そこは仕方ないと諦めているわけで、ホントなら、本当に! 独り占めしたい部分なんです!! いっそそいつらの記憶全部消したいくらい…………」
憤ったまま言葉を紡いでいたがふと止まる。それも危険な事を口走ったところで。
「そうしちゃう?」
いや、そこで「名案!」って顔で私を覗き込まないでくれ。
「やってもいい?」
「いや、やらないでくれ」
失敗したら危険なんだから……。
「えー? ダメ?」
「…………消すなら私の記憶にしてくれ」
「え?」
「別に私には、君に以外に抱かれた記憶は必要ないし」
「……うーん、それはちょっと違う……」
そうだろうな。私の記憶を消しても独り占めしたわけではないし。
でも、まぁ、これで話はそれたかな? ああ、でも、また戻るかな?
「……エドは、もし、私が、男か、女かのどちらかにしかなれなくなったらどっちがいいんだ?」
エドの気を逸らしたくて、エドが食いつきそうな話をと思って放り投げた質問は、最悪のものだろう。言った後で私自身がそう思ったのだから。
エドは目を大きく見開いて、それから困り果てた顔になった。
男と女とで性格が別れ始めているなんて口にした後にする質問では無かったなと今更ながら思った。
「すまない、忘れてくれ」
そう答えて、スープを飲む。
先ほど美味しいと思ったスープは少し温くなってて、気まずさ故か先ほどよりも味気なく感じた。
「……俺には選べないよ。シエノラ・ノ・ゴドーの意志に任せる。でも……、それが人格が別れてどちらかが消えるという意味なら……」
言葉を切ってエドは私を見つめてくる。私もエドを見つめて言葉を待つ。
「俺を殺してくれ」
「え!?」
「俺を殺せばシエノラ・ノ・ゴドーも死ぬ」
「は!?」
「で、もう一度神になるために再構築されるから、二人に別れて。俺も別れるから」
エドの言葉に私は言葉も出なかった。
私がエドを殺したら、私も死ぬ?
神の死は二種類ある。力を失い体の維持が出来なくて、長い年月をかけて力を復活させるのと、体も力も何もかも消滅し滅びる事と。
私はそのどちらもエドに対して出来る。そして、エドも私に対してそのどちらも出来る。
その事は知っていたが……。
「……もしかして、私が死ぬとエドも死ぬのか?」
なんとなく、そうなのではないだろうか、という感覚と共に口にすればエドは少し悲しそうな顔をして、何も答えなかった。
「そうか……。なら、エドを独り占めしたい時は私は私を殺せばいいのだな?」
「あ~!! やっぱり!! そうなるんじゃないかなって思ったから黙ってたのに!」
喚くエドに私は少し面白くなって小さく声を零しながら笑った。
私がエドを殺せるように、エドも私を殺せる。
それは互いに、互いの愛を失った時の処置だったが……。
そうか。どちらかの死は、互いの死なのか。
くつくつと笑いながら私はエドを見上げる。
「なるほど、素晴らしい独占欲だな」
死んでも他の誰かには渡さない。
そんな意志を感じる。
それが、涙が出るほど嬉しい。
「え!? ちょ!? シエノラ!?」
焦るエドに抱きつこうとして、手元のスープに気づいた。
まだほんの少し残っているそれを飲み干し、カップをテーブルの上に転移させる。
そして空いた両手でエドを抱きしめた。
「スープ、美味しかった」
「え? あ、うん。そう?」
「ああ、エドの愛情たっぷり入ってるんだろ?」
「うん。入ってるよ。子供達が食べたら呆れるくらいには」
「そうなのか?」
それはまたからかわれそうだなと思って声に笑みが浮かぶ。
「エド、愛している。だから私は、君を分けたくない。それは私が私を憎むよりも辛く苦しい」
「俺もそうだよ」
「ああ……。そうだな。だから、君が言うように、もし、ダメだったらここに戻ってくる。その時は……、私の傍に居てくれるか? 君に無責任な事をしろという私を許してくれるか?」
「もちろん! シエノラ・ノ・ゴドーが責任とって向こうで働いてこいっていっても、いかないよ。分身使うか、他の子達を使うよ」
そんな事を笑顔で自信満々で言うのはどうなのだろうな。とは思うが、それが嬉しいのもまた事実で、笑みを浮かべながら私はエドの唇に自分のものを重ねる。
「不出来な妻ですまない」
「君が不出来なら俺はなんなのさ。それにシエノラ・ノ・ゴドー程素敵な奥様はそうそう居ませんよ?」
いや絶対いっぱい居る。
そう反論するのは容易かったが、反論はさせて貰えなかった。
何度もキスされて抱きしめられたら反論という言葉はどこかに消えていた。
私を守りたいエドと、こんな私のためにその身を犠牲にしそうなエドを守りたい私と。
身を寄せて、ただお互いを守り合うように抱きしめ合った。
久しぶりにそこそこの長さ!