権利
更新遅くなって済みません。
カーテンの閉じられた馬車。その上走り出してすぐに目隠しまでされた。
ま、無意味だけど。
こんな事をするあたり、関わってる者の中に遠視系のスキルを持ってない事が分かる。
目的地についても目隠しは外される事はなく、両脇を捕まえられ、連れて行かれる。
王都の貴族が住む地域のそれなりに広い屋敷。ロビーにの左右に分かれている階段の中央にはなんかデカイ肖像画とかもあったし、それっぽい家紋もあった。ただ、シムが居ないからどこの貴族の屋敷に引きずりこまれたかまでは分からん。
知ったところで意味がないからどうでもいいけど。だって、俺は連座なんて望まないし。
やり返すのなら張本人だけで十分。
ただ、こいつらのルベルトがどうするかは分からないけど。
どっかの一室に連れてかれて、無抵抗でされるがままにしていると、こいつら、ゲスだ。麻薬系の薬を俺に無理矢理飲ませやがった。俺的ギルティ確定である。罰の格上げをしてやろう。
薬を飲み込ませると目隠しを取り、俺を床へと押しつける。
顔を少し上げると、なんとまぁ、高級そうなソファーに座って俺を見下した目で見ているタルがいた。
……タルって言うほど太っては無いか……。それでも、細身の貴族ばっかり見てたので、このタイプの貴族を見るのは初めてかも知れない。
「なんのつもりだ?」
「口の利き方には気をつけろ、下民」
「ゲスのあんたを敬うつもりなんてこれっぽっちもないね」
俺を抑えつけてる兵士が俺の腹部を蹴る。痛くはないけど、後で覚えてろ。倍に返してやるから。
「……目的はなんだ?」
今度は反対側の兵士が俺のふくらはぎを踏みつけてくる。それでも言い直さなかったら背中を。
男が手を軽くかざすと兵士達の動きが止まった。
「作業に支障が出ても困る。だから止めてやるが、あまりふざけた態度は取らない方が身のためだぞ」
「作業?」
偉そうに言ってるんじゃねぇよ。と思いつつ気になった部分を聞き返す。
「神の貴石」
「は?」
「神の貴石を作れ。私のために、作り続けよ」
「…………それが、あんたの目的か?」
脱力しかける。
あんなもんのために俺、今、こんな目にあってんのかい!
って、思ったけど、俺以外に作れるやついないってなると、こんな暴挙をしでかすくらいには貴重……なのか?
……ダメだ。価値観が違いすぎて、頭いてぇ……。
俺達からすれば、材料そこらへんの物で、スキルも安いやつなのに……。
「くっくっく。そろそろ効いてきたか?」
何言ってんの? って思ったが、頭が痛いと眉を寄せて俯いたから、薬が効いてきたと勘違いしたのだろう。
「すぐに良くなる。最高の一時を味わうだろう。そして、その一時が終われば地獄が待っている。お前が救われる方法は一つ、神の貴石を作る事。神の貴石を一つ作るごとに薬を一つやろう」
男は嗤う。俺も口端をあげて、唇で弧を描く。
「なんだ、そりゃ、俺が壊れるまで神の貴石を作り続けろって事か?」
「いいや?」
男は楽しそうに嗤って否定した。
「お前が壊れる前に治療してやる。精神も肉体もな。お前は死ぬことも狂うことも許されない。お前がどうしても死にたいと思うのであれば、お前以外に神の貴石を作れる者を育てるのだな。そしたら、望み通り殺してやろう。フハハハハハ」
「ふざけ---」
ムカついた。頭に来た。ふざけんなと怒鳴ろうとした。しかし、嗤う男と俺の間にゴドーが現れた時、その怒りは霧散し、一切の余裕を無くした。
「っ!」
俺が兵士をふりほどくのと、ゴドーの手が大馬鹿者の心臓を貫いたのは同時だった。
悲鳴を上げる間すらなかっただろう。何が起こったかも分からなかっただろう。
俺は手と足で、床を蹴り、大馬鹿者の貴族の男を壁へと蹴り飛ばす。その接触でゴドーが貫いた心臓と体を瞬時に治し、壊れかけた魂を再生する。
そして俺はゴドーを抱きしめる。
「……エド、何故、邪魔をする?」
赤く濡れた手を伸ばしたままゴドーが尋ねる。
兵士二人も動けない。貴族の男も咳き込んだだけで、壁にもたれてへたり込んでいる。
そりゃ、そうだ。
ゴドーは昨日と違って、神としてこの場に居るのだから。
「あの男は、私の権利を奪おうとした……」
「奪えないよ。あんなやつに、俺を滅ぼす権利は奪えない」
「……だから、助けるのか?」
シエノラと逆の配色の瞳が俺を見つめてくる。
シエノラは夜明けの色。ゴドーは日暮れの色。
光りの加減によって赤から黒へとキラキラと輝くように変わる髪。神々しい美しさ。
俺はその白い頬に触れ、首を振る。
「あいつを殺せば、いずれ君が傷つく。俺はそんなのごめんだ」
ゴドーが落ち着くようにと俺の神気も解放し、抱きしめる。
「俺があれぐらいで死なないって事も、壊せないって事もわかってるだろ? 麻薬なんて効かないって」
言い聞かせて、強く抱きしめる。
ゴドーは何も言わない。でも、上げたままだった手がゆっくりと下がっていく。
渦巻いていた彼の負の感情が落ち着いてくるのが分かる。
ゴドーだって分かってる。神ですらないあんな男に俺が殺せるわけないって。
それでもゴドーが許せなかったのは、俺が彼に与えた愛の形の一つを実行すると口にしたからだろう。
少しずつ、それでも確実にゴドーの神気が落ち着いてくる。
それに合わせて俺の神気も抑えていく。
「神々よ」
ルベルトが転移してきて声をかけてくる。学生服ではなく、威厳のある王族の姿。
ヒッ。と誰かが息を呑んだ。
「いかが処分いたしましょうか?」
「あー……」
頭だけを振り向かせ、ルベルトと貴族の男を見る。
貴族の男は真っ青を通り越して、もはや白い。目の前で片膝をついている男が誰だか分かったのだろう。そして、そんな男が躊躇いも無く膝をつく存在に危害を加えようとした事に自分の死期どころか家族の死期までも悟ったのだろう。
「……ちなみにお前はどんな処分が妥当と考える?」
「連座でしょう。どの程度まで血を遡るかは、神がどれほど気分を害したかにもよりますが……、貴方様はそれを望まない……」
「よく分かってるじゃん」
どこかため息交じりの答え。ルベルトからしたら、さくっと全員殺した方が楽だってのはあるのだろうが、俺はそれを望まないっていうのも分かっているのだろう。
流石、心血注いで俺の動向を注意してただけある。と内心笑って答えたら、何故か落ち着き始めていたゴドーの力がまた暴れ始める。
慌てて振り向けば、ゴドーは険しい表情で、視線を俺から外し、堪えている。
唇を噛み、手を握りしめ、眉間に皺まで寄せて。
暴れる力は先ほどの比ではない。
ルベルトですら、言葉を発する事が出来なくなっていた。
……違う。ルベルトに向かっている?
それに気づいた瞬間、全てが分かった気がした。
「嫉妬してるの?」
するりと出た言葉にゴドーの表情が一瞬強ばる。
それが答えだと分かった。
「……バカだなぁ……」
そんな言葉と共に俺の頬が緩むのが分かる。だらしない顔してゴドーを見上げてるだろう。
「ああ、もうかわいい」
ぎゅーっと、ゴドーを抱きしめて、そして、『固定』する。
「!?」
途端にゴドーの表情が変わり、俺を見てくるが俺はにっこりと笑って返すだけ。
「ルベルト。そいつらは好きにして良い。今の俺はすこぶる機嫌がいいからな。俺達の今後の活動に影響が出なければ無罪放免でもいい」
「流石に、それは」
「だから、好きにしろ」
それだけを言い残して俺は、ゴドーを連れて自分の世界へと転移する。
転移先はベッドの上ですけどなにか?
どさりとゴドーを組み敷く形で転移し、そして、改めて問いかける。
「ルベルトに親友の座を奪われる、とでも思ってたのか?」
きっとこれが、シエノラがゴドーに成らなかった原因。
あの世界に戻って、バロンともネーアとも、それなりに距離を取った。
シエノラ・ノ・ゴドーを刺激したくなかったから、俺に恋愛感情(に近いのも含む)を持つ二人とはあまり一緒に居なかった。
でも逆に、お互いにとってメリットがそれなりにあったから、ルベルトと一緒にいる時間は多くなった。
恋愛感情は互いにない。それは断言出来る。
だからこそ、シエノラ・ノ・ゴドーを刺激しないだろうと思っていた。
でも、俺とゴドーのスタートは友達関係から。
だから嫌だったのかも知れない。
かつて自分が立っていた場所に他の人間が立っているのが。
で、ゴドーは、というと。
答えない。目も合わせない。でもそれは肯定って事だよな?
俺はもはや大喜びの興奮状態で、啄むようなキスを繰り返す。
唇だけでなく、頬や、顎や、首、耳。目に入った場所に、音をたてて何度も。
指も似たようにゴドーに触れる。
久し振りのゴドー。と、顔を肩に埋めてぐりぐりしてしまう。
可愛い可愛い可愛い。あー、もー! 可愛くてたまらない!
嫉妬とか! 焼き餅とか、もー! かわいい!!
「……固定できるのなら……何故……?」
「何故? ん? 今までなんで変えなかったってこと?」
質問には答えずそう聞いてくるゴドーに首を傾げると、頷かれた。
「愛する人の嫌がる事なんて、したくないじゃん」
そう答えるとゴドーの目が向けられる。
暴れそうになっていた神気は徐々に落ち着いてくる。
やはり、自分の世界なら、少しは落ち着くようである。俺達の邪魔をする存在がいないからだろうか。
「どう……して……」
「え? だから」
「君にとっては男の私の方が大事なのだろう? 愛してるのだろう? なら、一方的にでも変えれば良かったじゃないか!」
「……ゴドー? いつも言ってるけど」
「分かってる」
俺の言葉を物理的に遮り、ゴドーはそういった。
「悪い。違う。こんな……こんな事を言うつもりじゃなかった……」
目に涙まで浮かべてゴドーは首を横に振った。
揺らいでいた力は収まったようだが、感情の方はまだ収まっていないようだ。それでも、少しは落ち着いてきたのだろう。
「……分かってる。そもそも、互いに嫉妬するのが……おかしいんだ……」
「互いに?」
「……そうだ。私は、別に別人格というわけではない。それなのに、シエノラの時はゴドーが羨ましく、ゴドーの時は、シエノラが羨ましい……」
ぽつりと零した言葉に俺は、「それはまた変な嫉妬の仕方をしてるなぁ」と軽く思った後、違和感に気づいた。
「え? ちょっと待ってくれ。それって、え? シエノラが……シエノラ・ノ・ゴドーがゴドーになりたがらなかったのって、感情が制御できなくて、俺を傷つけたいとか壊したいとか、そんな理由じゃ無く!?」
「……それももちろんある。でもそれは……、君を抱くことで満足出来る事は分かってたから」
ちょっと言いづらそうに視線を逸らした。
そうだな、確かに。神になってからは、ゴドーに抱かれる事の方が増えたけど。
俺はゴドーを見下ろす。ゴドーはゆっくりと、視線を俺に戻した。
ただじっと見つめ合う。字面はまるで良い雰囲気の言葉のようだが、今はどちらかというと、緊張のある雰囲気だと思う。
「……シエノラだった時……、俺を傷つけてしまうのが嫌で、ゴドーに変わらなかったわけじゃなくて、本当はシエノラが、ゴドーに嫉妬して変わらなかったって事?」
「……半分はそうだ。残りの半分は、君を含む、周りを傷つけるのが怖かった。シエノラだった時にすら軽く嫉妬するんだ……。負の象徴である私が出たら、それこそ、全てを破壊しつくすんじゃないかって、不安だった。……なんせ私は破壊を司る神だからな」
ふ。と自虐的にゴドーは笑った。
いつも読んでくださり、ありがとうございます。