馬車に揺られて。
「ケンカはだめだよ!」
「仲良くするのよ」
学校に向かう馬車の中で双子は俺の両隣に座り、突如そう言ってくる。
「ケンカはしてないよ。俺の愛情がなかなか伝わらないなぁってしてるだけで」
朝食の時の、俺とシエノラのやりとりで何かしら感じたらしい、怒ったように言ってくる双子に、ため息とともにそう口にした。
俺の言葉に納得したのか怒った顔がすぐに消えた。
「サクラにはママの不安はさっぱりだよ!」
「ローズにもわからないよ」
「俺にもだよ……」
どうやら俺だけじゃ無くて、子供達にも謎らしい。
「人が多いせい?」
「嫉妬には相手が必要だよ!」
なんか知らないけど、二人が嬉々として言っているような……。
それにしても、双子の方は特に問題ないのに、シエノラの方に影響が先に出るとは……。
ため息を一つ付く。
なんでだろうな。と問いかけたらすぐに返事をくれる相棒は、応えない。
やっと俺が押しつけた作業が終わったシムは、新しく作り直すために今朝からいったん眠りについている。
流石に創造する事に慣れたとはいえ、本格的に、俺とシエノラの補佐をするとなるとそれなりの存在になるわけで、多少時間がかかる。つっても、二、三日だけど。
シムが新しく生まれ変わったら、シエノラの中にある陰りとかも分かるかな。と密かな希望を抱いている。
シムがどっちの味方をするかは分からんが。
それでも理由が分かれば俺にヒントを出すなり、いさめるなりしてくれるだろう。
シエノラ・ノ・ゴドーが許してくれれば。
…………はぁ……。
「……俺はどちらかというと、お前達の勉強のためにこっちの世界に戻ってきたんだけどなぁ……」
「ママに影響が出るって分かってたら、来なかった?」
「出てくるはずがないのよ。パパはママが一番大事よ」
俺が答える前に、サクラの質問に答えたのはローズだ。
俺はもうため息しか出ない。
「なんでお前達にはしっかり通じてるのに、奥さんには通じないのかねぇ……」
「「分かんない!!」」
俺の嘆きに対して双子はにっこりと笑顔でそう答えた。
俺の不幸を喜ぶんじゃ有りません。と言いたい。
「パパ! これからきっとライバルが登場よ!」
「え!?」
「違うよ、サクラ。先に、パパとママのすれ違いに嬉々としてパパにこなをかけてくる女が現れるのが先なのよ」
「……二人とも、なんの話をしてるのかな?」
「「物語にはライバルが必要なのよ!」」
二人は声を揃えて口にする。
「パパとママ。ライバルが多いのはママの方」
「パパ、モッテモテだね!」
キャッキャウフフと楽しげな娘達。
「……なぁ、二人とも。俺とシエノラの間に邪魔するやつが出てくると良いって思ってるのか?」
普通、さ、親の仲を引き裂こうってするやつが現れたら嫌がらないか?
なんで喜んでるのさ。
そう言いたくて、ちょっとばっかり固い声になった。
双子は同時に俺を見上げてそして口にする。
「パパが浮気するって絶対にあり得ないんだよ!」
「パパが浮気するって絶対にあり得ないのよ」
「確信持ってくれてありがとう! でもってなんでこの愛情が本人に伝わらねぇのかなぁ……」
俺はもはや頭を抱えたい。
嘆きたい。のの字を書いていじけても良い!
「本当なのよ。今日の朝ご飯はとっても凄かったのよ」
「ママへの愛情が99%だったよ!」
二人の言葉に俺は口を閉ざす。
作ってる時色々気を誤魔化そうとはしてたのだが……、やっぱりダメだったか。
……いや、だって、ゴドーに逢えるかもって思ったら……。なぁ?
「あー……。ごめん。でもって昼飯もほぼ同じだな」
「「なんでママに伝わんないんだろうね?」」
二人は本気で不思議そうに告げた。
これに関しては俺も不思議で仕方が無い。
そんなやりとりを別段結界を張る事なくしていた俺達に、ニアがおずおずと尋ねてくる。
「……シエノラのお姉ちゃんは、お兄ちゃんが浮気するって思ってるの?」
「……そういうわけではないと思うけどな」
「……ネーアお姉ちゃんのせい?」
「んー……。違うって言ってやりたい所だが、俺にはシエノラが何に対して不安なのかいまいち分かってないからなぁ……」
「ダメ夫だな」
「うるせぇよ! こんな時だけ会話に入ってくるな!!」
アロンに不機嫌に返せば、彼は気にした様子もなく続けてくる。
「ヒューモ族はハーレムを作るのが普通なのだろう? 互いにヒューモ族ならば、そういうのはわかり合っているものではないのか?」
「俺もシエノラももう純粋なヒューモ族じゃないからな」
「混血でも、どちらかの種族にしかならないぞ?」
俺の言葉に、一瞬眉を寄せたが言い間違いだろうと、思ったのだろう。本来伝えたかった言葉を予想し、アロンがそんな事も知らないのか? とちょっとバカにした目だが、俺としても「神だから」なんて言えるわけもないし。
「彼の両親はハーレムを持っていない。そういう子供の多くは、両親と同じようにハーレムを持たない傾向にある」
「そうなのか。しかし、あれだけ美人でも、浮気されると不安になるのか」
ルベルトのフォローに、アロンは感心し、そして別の事でも感心していた。
「しかし、そういう人間くささがあって当然だろ? 聖女ではあるまいし」
人間じゃ無いんだけどね。聖女どころか女神ですけどね。と言えるわけもなく、言葉を飲み込む。
「まぁ、そうだね……」
他になんと言えば良いのか分からず、無難な言葉を返した。
子供達を初等部に、俺達を高等部に連れて行き、馬車は去っていく。
教室にいくと生徒はまだ全員は揃ってなく、むしろ、半数ぐらいは来ていなかった。
席に鞄を置き、雑談をしていると、なんだかとても『昔』の事を思い出す。
友達同士のくだらない話。中身が有るようで無い、無いようで有る。そんな話。
こういう何気ない日常はどこも変わらないらしい。と思っていた所で、教師の一人がやってきて声をかけてくる。
「特待生エド」
「はい?」
「生徒指導室まで来なさい」
「…………え?」
途端に周りの生徒達が「何やったお前」という目で見てくる。
俺は無実だ。という主張を顔に浮かべつつ立ち上がり教師の後に続く。
生徒指導室と言っていたが、そちらには向かっていないようである。途中で、初等部に向かっている事に気づいて、昨日の件か、と思い当たった。
俺の中では終わった事だったから、呼び出される可能性など考えてもいなかった。
でも、言われて見たら呼び出されてもおかしくないのかもしれない。
学校側としても、グレーゾーンにしておくわけには行かないだろうし。なんせ、貴族の子息令嬢ばっかりだしな。
でも、うーん……。 なんで分かったとかどうして分かったとか問われるのだろうか?
その場合はどう答えるべきか……。
ちょっとばっかり悩んでいたら、初等部に行く道からもずれた。
「先生?」
「いいから来なさい」
どこに行くんだ? という含みを持った呼びかけに彼は答えず、一つの馬車の前で止まった。
ひっそりとした場所。人目に付かない場所に用意された馬車。
……なんかよく分からんが、雲行き怪しくないか? これ。
「乗りなさい」
「先生、あのさ」
「いいから乗れ」
俺に命令し、それでも動かないとなったら、俺を馬車の方へと押し出し、馬車の中から現れた男達が俺を引きずり上げ、扉は閉まり、馬車が動き出す。
「あのさ? 何がどうなってるのか説明してくれないか?」
俺を引きずり込んだ男達……。揃いの鎧を着けてるから兵士かもしれんが、彼らに問いかけるが彼らは答えない。
返ってくる言葉はただ一つ。
「死にたくなければ大人しくしていろ」
抜き身の剣を突きつけながらそんな事を言ってくる。
うーん。逃げ出す事も返り討ちにすることも楽勝っちゃー、楽勝だけど……。
このまま流れに乗って黒幕の所まで行った方が最終的には楽か……?
そんな事を考えた俺は大人しく馬車に揺られながら運ばれる事にした。




