再スタート
「今晩どう?」
「俺、非番だから、今からでもいいんだけど」
なんて言って男共の手がシエノラに伸びる。
「柳、楓」
俺が名を呼べばサクラとローズの影から二人が出て、不埒なやつらを蹴りつけて、ぶっ飛ばすとその胸を踏みつけて首筋にぴったりと刀を添える。
ルベルトの時はやり過ぎだと思ったけど、今はこれっぽっちも思わない。
殺されてないだけマシだろ。
「そういや、俺、君らに、なーんの警告もしてなかったから、今回は見逃してやるけど」
まずそう一声かけて、俺は床で踏みつけられているバースト族の元にゆっくりと歩く。
「俺の嫁さんを、ヒューモ族だからって、もう一度、手を出してみようとしてみろ。魂すら打ち砕いて輪廻の輪から外してやるぞ」
そう警告したあと、視線を別の方向に向ける。セリア達にである。
「っていうかさ、止めろよ!」
「え!? アタシは止めたよ!? お兄が絶対に怒るって分かってたし!」
「ヒューモ族であれば殺してでも止めたが、バースト族だった故、どうせ死ぬほど怖い目にでも遭わなきゃ分からんだろうと軽くいさめただけだ」
「…………」
しっかりと止めんかい。忠告するの忘れてたのは俺だけどさ。
舌打ちしたいというかむしろ、地団駄打ちたいのを我慢しながらバースト族の同僚達を見る。
「「誠に申し訳ありませんでした!!」」
俺が彼らに何かを言う前に、バロンとタンガがやってきて土下座をして謝ってきた。
「彼らには俺がきちんと言い含めますから! なにとぞ慈悲を!」
「申し訳ござません! お許しください! 二度とさせませんから!!」
二人は言いながら何度も頭を下げる。床に打ち付けている。
タンガの額には血が出て、バロンの方は本人は無傷で床にヒビが入ってる辺りが、ステータスの差だなぁ。なんて思ったりしたが。
俺はとりあえず、無言。心が狭いと言われても、だ。
俺の奥さんに手を出そうとしたやつらを早々は許せなくてですね。それで二人が謝るのは間違っているのだろうが、自分たちのせいで副団長やら第三王子が謝ってるっていうのは精神的にくるのではないだろうか、と思ったら、止める気にならないんですよ。
どうせ、俺は酷いヤツですよ! なんとでも言ええぇぇ!
「二人ともそこまでにしたらどうだ。エドが困ってる」
と言ったのはシエノラで、俺、困ってませんけど、と思いながらシエノラを見ると、確信犯の笑みを浮かべていた。
わざとああいう言い方したのだなというのは分かった。
「楓も柳も止めるんだよ!」
「弱い物イジメしちゃだめよ」
サクラとローズが俺の手を片手ずつ取る。
しかし、柳と楓は刀を引かない。そりゃそうだ。命令権は俺の方が上だからな。
つまり、俺が弱い物イジメしてると娘達に思われるわけだ。
「はぁ……、楓、柳、良い。下がれ」
「「御意」」
二人は即座に反応し、刀を鞘に戻すと俺達の後ろの方に下がる。
思いっきり、バースト族の二人を踏みつけてから。
たぶん骨逝ったな。
治す気があったらバロンが治すだろう。
反省しろと治さないかもしれないがそこの判断は任せる。俺は治す気なし!
双子に両手を捕まえられたまま方向転換。シエノラの所に戻ると彼女はクスクス笑って俺を見上げていた。
「機嫌、治したらどうだ?」
「奥さんが目の前でナンパされてたら普通は不機嫌になるよね?」
「そうかもしれないな。柳、楓、戻れ」
「「御意」」
二人はシエノラに命令されて双子達の影に潜む。
シエノラは立ち上がり、イスを机の中にきちんと納めると俺の横に立って新人達を見る。
「すまないが、私は彼以外とするつもりはない。遊びたいのなら別の人を探してくれ」
そう言った後、シエノラはネーアを見た。それから困ったように笑う。
「それとネーア、すまない」
「え?」
「今の私はエドがハーレムを持つ事を許せない」
「「!!」」
「だから、エドの事は諦めてくれ」
驚きで声が出ないネーアと俺。
やばい、嬉しすぎて叫びそう。
思わずにやけそうになる口元を手で押さえたいけど、俺の手、今可愛い娘達が握ってるんだよね!
このニマニマが隠せないし、戻せなくて、そしてそれをシエノラに見られてしまう。彼女は嬉しそうに微笑む。
「機嫌、治ったか?」
「治りました」
こくこくと頷く。もうばっちり治りました!
俺は今も昔も貴方の手のひらの上で喜んで転がりましょう。
なんてお花畑な思考の俺は、セリアを見る。
「とりあえず、俺達は敷地内に家でも建てるから。いいだろ?」
「え!? ここに住まないの!?」
「え? だってここ、どちらかというと独身寮みたいなもんだろ? 男子区域でシエノラがうろうろするわけにもいかないし、俺が女子区域でうろうろするわけにはいかないし」
前とは違ってこれから人が増えるだろうし、奥さんナンパしたやつらがいる場所に寝泊まりする気にはなれん。
「うー……分かった。あまりへんぴな所に作らないでよ?」
「分かってるよ。家作ったらまた戻ってくるから、店の事とか色々決めるぞ~」
「はーい」
「パパ、じゃあニアちゃんと遊んでてもいい!?」
「パパ、ニアちゃんと遊びたいの」
行ったきりではなく戻ってくると知って双子達がそんなお願いをしてくる。
「んー? そうだな。良いよ」
「「やったぁ!!」」
二人は大喜びで手を叩いて喜び合う。
「ニアには迷惑かけるなよぉ」
そう声だけをかけて俺はダイニングから出た。シエノラもその後に続く。
お互いにお互いの手を取って、廊下を歩く。
足音が響く。響かないようにも出来るがそこまでする必要も無いだろう。
「あいつらに触られてない?」
「触られてないよ。そこまで許す気はなかったし」
「そか、良かった」
「こんなところで君に無駄に人殺しをさせるわけにはいかないからなぁ……」
しみじみと呟かれた言葉に俺はなんと返せばいいのか一瞬戸惑う。
「あー……うん、まあそうね……」
「……実際人と初めて会って、どうだった?」
「うーん……。頑張ってエドの性格を残したつもりだけど……。残ってるような、残ってないような?」
「ただ殺すだけじゃなくて、魂すらも粉々にするって言ってたものな」
「……う、はい」
シエノラは楽しげにクスクスと笑っている。
俺としては拗ねれば良いのかふて腐れば良いのか、恥ずかしがればいいのか……。
でもよくよく考えれば、ゴドーが第一欲求だって自覚した後からは、考え方割と物騒になってたもんなぁ……。
エドの性格と言えばエドの性格なのかもしれない……。
「でも、私もそうだな」
「ん?」
「ネーア。 男 の時ならともかく、 女 の時でも、嫌だなって思うとは思わなかったな……。……ネーアには特にそういう感情が強く出てしまった可能性もあるのだけど」
「どうして?」
「人であった最後の日。彼女の意志を知り、私はその時は構わないと答えているからな……」
「ああ、そう言えば言ってましたね。ゴドーからは許可を取ったと」
「……あの頃はまだ、神の依り代として、感情がある程度抑制されてたから許せたけど……今は無理だ」
何故か気落ちしたように言うシエノラに、俺の唇はにんまりと笑みの形を浮かべる。
いやねぇ、だってねぇ。
「俺は、嫉妬して貰えないよりも、嫉妬して貰える存在の方が嬉しいので、奥様の言葉には絶賛大喜び中ですよ」
「……なんだ、それ」
言い方間違ってるだろ。ってツッコミは不要です。
「ふ、くくく。ああ、楽しいなぁ。二人っきりも楽しいけど、横やりがあった方がやっぱり楽しいよねぇ~」
「……悪趣味だな……」
「だって、俺の世界じゃ俺達の邪魔する存在なんてないから、嫉妬する奥様なんて見られませんでしたし?」
「そうだな。不機嫌になって子供っぽい表情になる旦那様も見られなかったな」
……あれ、俺、そんな顔してた?
思わず自分の顔を触るが分からん。
シエノラは微笑んで、それから俺に体を寄せてくる。
「ただ、お互いもうちょっと神の力は抑えた方が良さそうだな」
「そうだな。あと、出来ればやっぱりシエノラさんの美しさはもうちょっと控えて貰えるとありがたいです」
「エドと同じように人だった頃の顔に戻しておくよ」
「……それでも全然美人なんですが……。まぁ、それでいいです。俺の嫁だって言って悔しがるやつらに内心高笑いするから」
「本当に悪趣味だなぁ。それなら今の顔の方がいいか?」
「いえ、ですから控えてくださいと今、お願いしたよね!?」
「ああ、されたな。すまない、有る意味とっても楽しそうに見えたから……」
だからつい、忘れちゃったと。
「お仕置き」
なんて言って俺はシエノラを抱え上げる。
うわっ。なんて言葉が聞こえたけど無視です。
「前々から思ってたんだが、なんで、君は人を抱えて歩くのが好きなんだ?」
ちなみに横抱きとかじゃなくて子供を抱っこするような座らせる感じである。日本人だった頃には絶対無理だな。
シエノラは手をどうしようかと言った感じで肩に置いた。
「んー。なんていうか全身で感じられるから? 全身っていうのも違うけど、密着出来るし。体温気持ちいいし。なんていうかシエノラの重さが、シエノラの存在感を特に感じさせてくれるというか」
女性に対し重さなんて言ったら叩かれてもおかしくないが、シエノラなら問題ない。そこらへんはまだ男の性格が残ってるので。
「ふむ……つまり。こうすればもっと喜ぶと」
そう言ってシエノラは俺の顔に胸を押しつける形で抱きついてきた。
なんて大胆な! ごちそうさまです!
「そ、その通りだけど、珍しいねシエノラがこんなところでこんな事するの」
「……そうだな……。…………たぶん、思ったよりも、ネーアの事が気がかりだったのだろう。あと……」
すりっと俺の頭に頬ずりしてくる。
っていうかもう、シエノラ宙に浮いてますよね。重さ感じなくなったんですけど~。
「この一ヶ月、君とまともに触れあえなかったから、たぶん、ストレスになってたんだと思う」
「おやおや、それはそれは。ならさっさと家を作って思う存分イチャイチャしましょうか」
シエノラを腕の中に引き戻し、エントランスから外へと出る。
裏手に回って程よい林の中にスペースを確保し、コテージを建てる。テラスも作ったから、庭師達用の管理事務所には見えないだろう。
室内の調度品等は後でするとして、最低限のベッドは用意した。しかしシエノラは家に入ると俺の腕からするりと降りてしまう。
「シエノラ?」
「戻って店の事とか色々決めるのだろ?」
「え?」
「家の中は私がしておくから行ってらっしゃい」
「えっ!?」
なんで笑顔で手を振ってらっしゃるのでしょうか、奥様……。
「さっきストレスがって言ってなかったっけ!?」
「ここに来るまでわりとべったりと触れられたから落ち着いた」
「うげっ」
思わずそんな声が出る。シエノラの表情は我慢しているようでも、辛そうにしているようでもない。本当にストレスがなくなったらしい。
「えー……。お預け? 少しぐらいは……よくね?」
ダメ元でそう口にしたのだが。
「一ヶ月も待たせてるんだ、行っておいで」
「……行ってきます……」
くっそぉー……。夜は覚えてろ~。
なんて負け惜しみを口にしながら俺は城へと戻っていった。
こうして俺達は、またこの世界に戻ってきた。
さあ、人生の続きでもしましょうかねぇ。
土日の更新はお休みです




