失いかけた心は失ってはならない心。
「……第一欲求の基準は己の命をかけられるか。それを基準にしても問題はないだろう」
「己の命?」
「そう。少なくとも吾は、己の命を賭けられぬ第一欲求は第一欲求とは認めない」
「はは、なんとなく、分かるかも」
自分の胸に手のひらを当てる。
「確かに、ここにある熱は、自分の命すら、あっさりと投げ捨てそうだ」
少なくとも俺は、ゴドーとその子供のためなら、エドとしての人間の生などあっさりすてられる。
「……第一欲求って増える事はある?」
「何?」
「俺、嫁さんと子供のためならわりとなんでもしちゃいそうな気がするんだけど」
「……それは正確ではないのではないか?」
「ん?」
「嫁と、その嫁の子供だろ。もし他の女との間に子供が居ても、お前は命をかけるのか?」
言われて、脳裏に浮かんだのは『無理』だった。
Ifの話でしか無い。でも、俺には、前世には子供が居た。嫁も居た。
顔も名前も覚えていない。でも、愛していた。
愛していたけれど、もう命は賭けられない。喩え前世の全てを思い出したとしても、あの時の感情を思い出したとしても、もしここに転生してたとしても。
ゴドーを泣かせてまで守るだけの価値を感じない。
「…………………」
自分の思考にぞっとした。ここまで俺は変質してたのか、と。
それでも、……俺はその決断を下す。
俺が死んでゴドーが泣くかもしれないと思ったら、俺は彼女達を選べない。
「……ああ、なるほど……。そうだね、確かに、俺が命を賭けられるとしたら、第一欲求とその人との子供だけだ」
前髪を捕まえるようにかき上げながら、そう零す。
ああ、嫌だ。吐き気がする。
知りたくなかった。こんな自分なんて。
でも、知ってて良かった。もしもの時、自己嫌悪でゴドーを心配させずにすむ。
「…………次は許さない……」
「次などない。神に至れる人間と敵対する気は無い。媚びへつらう方が得策だ」
「ふ……。ヒューモ族のために?」
手を差し出す。
「……そうだ」
ルベルトは戸惑いながらもその手を取った。俺は彼を立ち上がらせる。
「俺はルベさんと敵対する気はないよ。協力関係っていうのなら喜んで、だけどね」
「…………吾の協力など不要だろう?」
「そんな事ないよ。俺がなんでルベさんの事をルベさんって呼んでるか分かる?」
「……いや?」
「すげぇなぁって思ってるからだよ。純粋に」
「君に言われるのは、複雑だな……」
「だって、ルベさんは全てのヒューモ族を愛してるだろ? 公平に」
「……」
「血が繋がっていようが、いなかろうが関係ない。ヒューモ族であるというだけで貴方のの愛の対象だ。公平に愛しながらもあんたは未来の子供達のために、取捨選択出来る。平等に愛しているからこそ、あんたは今後、絶対に敵に回らない」
「ああ」
即答を聞いて俺の顔が歪む。
「俺を敵に回すぐらいなら、あんたは自分の血の繋がる子供達ですら」
「全員殺す」
「……」
予想していた答えだった。望んでいた答えだった。だから、こそ。
俺の口元が醜く、歪む。震える。
「……しないで……くれ」
「なに?」
「それを望む俺は、もう……。あいつが大好きな俺じゃなくなってるって事だ……。だから、そこまでは、しないでくれ……」
「…………分かった」
しばし悩んだようだが、俺が何を一番優先するか考えて頷いてくれた。
俺は苦笑いを浮かべて、それからため息を零す。
「本当はさ、あんたに釘を刺して終わるつもりだったんだ。俺の大事な者に手を出したら許さないって」
「そうだろうな」
「なのに、はは……。それどころじゃない事までばっちり気づいちゃったよ……」
「……」
弱り切った表情をしていたのだろう。ルベルトは俺を無言で見つめている。
「あー……そうか。俺、そういう所も変質してたんだなぁ……」
苦笑を一つして、それからルベルトを見る。
「愛が重くて、独占欲を発揮しまくってるだけだと思ってたんだけどなぁ……」
どうやら思ってた以上に、ヒューモ族側に変質していたようだ。
「俺さ、散々みんなにヒューモ族と日本人の考え方は合わないから、日本人の考え方は捨てろって言われて来て、実際、ゴドーのためなら、捨てても良いって思ったけど、でも……さ、ゴドーが俺の事好きだと思ったとこって、わりと、日本人だからってところが多かったんだよね」
スキルの使い方もそうだし、神の依り代への考えた方もそうだ。
俺の事を優しいと思っている事だって、それはきっと平和ぼけした日本人だからだろう。
駄目だ。俺。間違うな。戻ってこい。切り捨てるな。強欲になれ。
あれも、これもと欲しがるのが、俺じゃないか。
あっさり見捨てるな。助けられる方法があるとあがいてこそ、だろ。
あがいて、ボロボロになって、ゴドーに泣かれる事になっても、それでも、俺が大事にしてたものを守れるのならやる。それが、俺だ。
取捨選択を間違うな。第一欲求以外はいらないなんて思うな。
「はぁ……。なぁ、ルベさん。さっき、俺に媚びへつらうとか言ってたじゃん」
「ああ」
「それ、マジで止めて」
「理由を聞いてもいいか?」
あ、マジでこの人、媚びへつらう気だったんだな。って今、ちょっと本気で思った……。
「相談相手が欲しいんだよね」
「……なるほど」
「うん。喩え自分の考えを否定されても、それで、落ち込むことがあっても……、まあ、わりとどん底までいった事あったけど、それでも、やっぱり、自分の考えに肯定的な人間しかいないのは、ちょっと……。間違ってる所は間違ってるって教えて欲しいんだよね。だからルベさんには今までと同じ立ち位置で居て欲しいというか」
「完全に同じ立ち位置は無理だな。だが、相談相手というのは構わない。君が求めているのはヒューモ族の習性に対してのものがほとんどのようだからな」
「はは……」
「だが、聞いて良いか? 何故そこまでする? ヒューモ族にとって、第一欲求と共にいれれば、それで十分に幸せだろう? 君の考え方は、あえて、苦い思いも苦しい思いもするという事だ」
「……まあ、十分に幸せでしたよ?」
この農園で過ごした一ヶ月はこれ以上にないってくらい幸せだった。
「でもさ、日本人の考え方っていうのはさ、喩えどんな美味しいものでも食べ続ければ飽きるって事なんだよね。甘いものばかり食べるより、間に、辛いものや酸っぱいものを食べた方がより甘いものを美味しく感じられるっていう、そういう考え方なんだ。で、人生も似たようなものだって思ったりもするんだよね。俺はさ、やろうと思ったらわりとなんでも出来るよ。だからこそ、何もする気にならないんだけどね。成人したばかりの頃はスキルを育てるってのが、揃えるってのが楽しくて、金を稼ぐって頑張った。スキルを全て揃えたら、金を稼ぐ理由も失った。欲しいものは全部自分の魔力で出せる。金だって出せる。稼ぐ必要なんて無い。そうやって、一つ一つ、生きる気力を失っていくんだ。……ちょっと大げさだったかもしれないけどさ。だから、これ以上、全てが俺の思い通りになるのって、嫌なんだよね」
「……それは、自分が必ず最後には幸せになるという妄信があってのものだな」
「そうだよ。でも、人生ってそんなものだろ? 幸せになるために努力するもんじゃないの?」
「己の大事な者を失ってもそう言えるのか?」
「そう! そこなんだよね! この考え方のネックはそこにあるんだ。割とこの世界は誰でも闘う力を持ってる。だからみんな殺される前に殺すっていう考え方がある。違う?」
「……それは当然だろう」
「うん。当然だ。確かに当然だけど、この世界には魔法があるんだ、スキルがあるんだ」
「……輪転の事か? 死んでも生き返る、と? だが、あれは生き返ると同時に消えるスキルだ。二度殺せば終わりだ」
「でもさ、生き返るのは生き返るワケじゃん? 死ぬと同時に時間を止めて輪転で生き返らせて、転移する事まで自動で組み込んでおけば、大丈夫だと思わない?」
「……君は」
「あ。もちろん第一欲求をそんな目に遭わせたいとかじゃないぞ!? そんな事になる前に絶対助けるよ!? でもそういう保険があるって分かってたら、一緒にいろいろな経験をして、よりよい幸せを探そうって言えるだろ? 一緒に苦労して、一緒に笑って、そういう事をしたいんだ。苦労っていったて、命を削ったり精神をガツガツ削るようなものじゃなくて、思い返せばれもあれも良い経験だったって思えるような感じの、そういうやつ。なんていうか、課題みたいなやつ」
「……二人で乗り越えればより、絆が強まる、と?」
「そうそう! そういうやつ」
「夢物語だな」
「そうかな?」
「普通に考えれば夢物語だ。でも君にはそれをするだけの力があるって事か」
「……まぁ。たぶん、普通にあるんじゃないかな?」
そうだよ、俺。思い出せよ俺。ゴドーへの独占欲は別として、命を軽んじるな。心を軽んじるな。
「んー……ルベさん、隠ぺい系全部解除するからさ、悪魔の目で俺を見てみてよ」
「何?」
「夢物語かどうか、ルベさんの目から見て判断してよ。ルベさんがその上で、夢物語だと判断するなら、俺は、それに従う」
「……分かった」
俺の真意を、その言葉の裏を読み取ろうとしたようだが、俺の言葉に裏なんてないのを感じ取ったのか、ルベルトは一つ頷いた。
そして、ルベルトは俺をじっと見た。彼は顔色一つ変えなかった。
「これは偽情報か何かか?」
「違うって。俺の正式な情報です」
だよな? シム。
『はい。それがマスターの望みだったので。待機のものも含めて全て表示しています』
「…………これが真実だというのなら……、君はなぜ、まだ人間なんだ? そもそも、よく脳が無事だったな」
「いや、過去に一度やばかったこともあったけどね」
「…………しかし、これは……、いささか現実離れ過ぎてて、信じられんな。だが、これが真実なら、君にとっては夢物語では無い、ということか」
「ルベさんから見ても、夢物語じゃないって言って貰えて良かったよ」
「…………ここまでしないと人は神に至れないのか」
「あ、それは誤解です。俺が神に至りたくないだけで、もっと前になれました」
「……そうか」
「はい」
「…………それで、君は、吾にこれを見せた上で、苦言を呈せ、というのか」
呆れすら交えた声に、俺は、「まあ、そうですね、ハイ」と小声で同意する。
「……約束して欲しい」
「なんでしょう」
「吾がどれだけ、君にとって聞きたくないことを言ったとしても、ヒューモ族を人質に取らないと言うことを」
「いいですよ。約束します。俺の第一欲求に誓いますよ」
「……神でないあたりが、素晴らしいな」
「ヒューモ族にとってはこれが一番でしょう?」
「……違いない」
でしょ? 分かってるでしょ? 俺。と笑っていると、ルベルトはとんでもないことを口にした。
「エド、割り切ってハーレムを作れ」
「……はい?」
「君のステータスは高すぎる。正直言うぞ。よく今まで子供を作らずに、我慢が出来たなと、吾は逆に感心している」
「えっと、どういう意味ですか?」
「ヒューモ族は強くなれば強くなるほど、自身の血を引く子を欲する。これは性欲と別の欲求だ。もちろん第一欲求とも違う。もっと根本的に違うなにかだ」
基本ヒューモ族は種族的に、強くなれば強くなるほど、次世代に残すためにハーレムを作るようにイデンシ? に組み込まれているらしい。
いつだったかゴドーが言っていた言葉が脳裏に蘇る。
「君の場合、二つの種族の考え方が混じってどうなるかよく分からないが、ゴドーという神官が君の第一欲求の相手でいいんだな?」
「あ、はい」
「彼は子を産めない。だから、君はそれとは別に女が抱きたくなるはずだ。それは彼への愛が薄れたとかではなく、種族的にどうしてもそうなる。そう割り切って子を作れ。ハーレムが嫌だというのならば、子供だけが欲しいという女も割と居る。そいつらの望みを叶えるだけで良い。多少の金を渡せばお互い後腐れ無い」
「えぇーっと、俺的にはそれはどうだろうとか思うんですが、今はひとまず置いておいて。ゴドーは、神からスキルを貰って女性にも変われます。今、俺の子供身ごもってます」
「そうなのか? それはおめでとう」
「ありがとうございます」
「……」
「……」
「…………言っておくが、吾はそれなりの数の子供がいるが、それでも、十年に一度くらいの感覚で子供が欲しくなるぞ。さながら繁殖期の動物のようにな」
嘘ではないのいだろう。前みたいなからかいでもない。
これは、真面目な方のお話なのだろう……。
「………………俺の場合は……どうなるんでしょうかね?」
「さて、想像もつかんな」
「えぇー?」
「しかし、吾は繁殖期が来ると、最低でも八人くらいは抱くぞ? その者達が必ず身ごもると理解した上で」
「えぇー……」
「それを別としても、性欲だって強くなっているのだろう? 君の第一欲求は、それを全て受け止めきれるのか?」
「…………」
俺は無言となった。
回復魔法を使っているとは言え、ゴドーの負担になっていないとは言えない。
「つまり、第一欲求のためにもハーレムを持て、と」
「そうだ」
こくりと頷くルベルト。
そういえばツキヨちゃんもそんな事いってたなぁ……。とちょっと遠い目になった。
土日はたぶん更新はお休みでーす。