自覚
私は、自分が夢から覚めていないことに気がついて、
刀を振り下ろした姿勢で固まってしまっていた。
でも、この手応え……。
自分が握っている感触、確かに空気を切り裂いた揺れ、
何かが舞い登っていく姿……。
これは、夢なんだよね……?
自分が信じていた夢だという実感が、土台から揺らいでいくように
グラグラしていた。
千隼様が、慌てて私のところへ駆け寄ってきた。
「雫様? ……お顔の色が……!!
さ、もう大丈夫です。 隼を離していただても大丈夫ですよ」
千隼様は、私の手を優しく包んで、そっと隼から指を外していってくれている。
まるで自分の指じゃないみたい。
感覚が合っているのか、合っていないのか、それすらも分からない。
「実道、隼を……。清志郎殿、雫様を休ませます。
誰か呼びにやってください。母上、……母上が良いと思う」
千隼様は、大切そうに刀を実道様に預け、
私にゆっくりと座るように促した。
「雫様、気分はいかがですか? 少し横になりますか?」
そんな千隼様の問いかけも、どこか遠くから聞こえてくるように感じる。
今、私がいる場所は?……さっきの感覚は何?
夢……、これは本当に夢……?
ぐるぐると色々なことが頭を駆け巡る。
待って、……私のいた世界は? これが夢ではないとしたら……?
……これは……、この状況はいったい何?……まさか……?
千隼様は、私の思考がさまよっている間、しきりに話しかけてくれていた。
たぶん、気を失ってしまわないように、意識を保とうとしてくれていたんだと思う。
でも、遠くで誰かが話しているようで、私の耳に言葉としては
何一つ入ってきてはいなかった。
何分くらいたったのだろう、いつの間にか勇隼様と桔梗様が目の前にいて、
桔梗様が、ものすごく心配した表情で、私の手を握っている。
勇隼様が、何度も私の名前を呼んでいた。桔梗様に手をさすられ続けて、
ようやくその声が私の耳に届いたとき、勇隼様と視線が合ったのだ。
「雫様!!!」
その時、ゆっくりと自分の頭上を見上げると、勇隼様の焦った表情がある。
「雫様!!! 私が分かりますか?!」
ああ、勇隼様だ……。桔梗様も……。
2人の顔を何度も見比べて、突然に私は悟った。
これは……、夢ではないのだ……。
「……勇隼……様……、これは……これは、……夢、ではないのですね……?」
震える声で問いかける私に、勇隼様は初めて何かを傷むような表情をした。
「……はい、雫様。夢ではありません」
その一言に、自覚もなく涙が一粒、私の頬にこぼれ落ちた。
あれ……?
私が自分の頬にそっと手をやると、そこには涙の通った跡がある。
……私、泣いてるんだ……。
そう思った私を、桔梗様が抱きしめていた。
「雫様、私が、そして皆が、貴方をお守りします。
この身に変えても。きっと、きっとお守りします」
私は、その誓いと桔梗様の温もりにふれて
不覚にも意識を手放してしまったのだった。
次に目を覚ました時、私は昨日使った客間の布団の上にいた。
頭が重い……。泣いたからかな……。
ゆっくりと目を開けると、もう夜のようだ。
行灯のような形の灯りが、床の間に灯っている。
江戸時代は、豆電球のような明るさの行灯だったと言われている。
だから皆は夜明けとともに起きて仕事をし、暗くなったら寝ていたのだ。
でも、その行灯は現代のライト位の明るさはあった。
……小鬼が点けたのかな……?
そう思った時、桔梗様の静かな声が聞こえた。
「雫様。……良かった、お目覚めになられたのですね。
ああ、そのままで。今、水を持って来させます」
私は、ぼんやりと天井を見ていた。
そういえば、寝殿造は天井がないって言われてたっけ。
ここはあるのよね。
建物から研究したことは無かったからなぁ。
「さ、雫様。水がまいりました。ゆっくりと起き上がりましょうね」
桔梗様と女官さんが、ゆっくりと私を労わるように起こしてくれる。
湯呑みに入ったお水を、一気に飲んだ。喉から体の真ん中に
すうっと冷たい水が染みていくようだ。その冷たさに少し頭もはっきりしてきた。
「何か召し上がりますか?」
そう聞かれたが、ショックが大きすぎて食べられる気がしない。
言葉も出て来なそうだったので、首を横に振った。
「では、横になられて。今晩は、ゆるりとお休みください。
大丈夫です、私が横におりますからね」
桔梗様は、今朝見た笑顔と変わらず、
相変わらずの美貌を放ち、にっこりと笑っていた。
……ダメだ……。疲れて、考えられない……。
桔梗様を気遣うこともできず、私はまた眠りに落ちていってしまうのだった。