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百年前の同居人  作者: 境陽月
ある作家はこのように語った
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恐怖の夜の素人大工

「んー?」


私はキーボードを叩く手を止めました。

居間で次回作の冒頭を書いていたんですが、廊下の方で物音が聞こえたような気がしたんです。

時刻はもう真夜中近く、街灯ひとつない田舎のことですから外はもう真っ暗でした。


「風かなぁ?それとも棚から何か落ちたのか」


廊下の突き当たりには木で作った古い棚がありました。

当面使いそうにない荷物をその棚に適当に積み上げていたのですが、物音はどうもそのあたりからしたようなのです。


「いい加減な積み方したからな。崩れてきたのかもしれない」


様子を見に行こうかと思ったのですが、担当さんとの打ち合わせは明日。

余計なことにかける時間がありません。


「明日にするか……ん?またか」


私の指先がまた止まりました。

今度はコツン、と何かを叩くような物音がハッキリ聞こえました。

やはり棚のあたりから音がしたようです。

私は書きかけの原稿を保存して椅子から腰をあげました。


「荷物の中には大事なコーヒーカップもあったからな」


フリーマーケットで買った安物ですが、渋い色合いがお気に入りのカップです。

ひとつしかないカップが割れてしまってはコーヒーを楽しめません。


「仕方ないな。カップだけでも出しておくか」


居間のドアを押し開けると、錆びた蝶番の耳障りな音がギギギーッと廊下に響きました。

廊下は真っ暗でした。


「そうだった、替えの電球をまだ買ってなかったんだ」


仕方なく懐中電灯の光をたよりに廊下に出ました。

まだ勝手のよく分からない家で真っ暗な廊下を一人で歩く。

恐いとまではいいませんが、気分のいいものではありませんでした。


「ええと、棚はこの辺に……あった」


分厚い板を何枚も打ちつけて作った不恰好な棚でした。

これを作った昔の住人はあまり器用ではなかったようです。

それでも丈夫な建材を使っているおかげで、雑多に積み上げた荷物の重さにもぐらつくことはありませんでした。


(えっとカップを入れてたのは……ああ、あの段ボールだ)


置きっぱなしになっていた木箱を踏み台にして、棚の上に手を伸ばした時です。

手のすぐそばでコン!と大きな音がしました。


(えっ?)


驚いて手を引っ込めるましたが、音はさらに続きます。


コン、コン、コン!


何かを打つ音、そう金槌で釘を打っているような音が目の前の棚から聞こえてきます。

でもそんな音を出すような物はもちろんどこにもありません。


(な、な、なんだ、なんだ?)


音はなおも続きます。

軽快なリズムに乗って、と思うと時に打ち損ねたようにリズムを崩して。

まるで誰かが大工仕事でもやっているようでした。

しかしこの家には私以外は誰もいないし、金槌だって近くにはない。

では誰がこんな音を出しているのでしょう。


(ま、まさか、ゆうれ……イ?)


腰を抜かして床に座りこんだ私など無視するかのように、コンコンという音は止まることなく続きました。

この時までは私は幽霊なんか信じてはいませんでした。

目に見えないものは存在しないのと同じ、というのが信念でしたから。

でも現実に見えない誰かがふるう金槌の音は、そんな信念を見事に叩き壊してくれました。


(ヒッ……ヒィィィッ)


喉が硬直して悲鳴をあげることもままなりませんでした。

逃げようにも足に力は入らず、必死に這ってその場を離れました。

打ちかけの原稿のことも忘れてベッドに飛びこみ、布団を頭からかぶってガタガタと震えていました。

執筆以外の理由で目を開けたまま夜明けを迎えたのは初めてでした。

そして、翌日の編集さんとの打ち合わせには見事に遅刻してしまいました。


ところで問題の怪音の続きなんですが、しばらくすると音が止み、暗い廊下に静寂が戻りました。


「うーーーん?こんなモンじゃろうかの」


姿なき男の声が聞く者もいなくなった無人の空間に響いたことでしょう。


「婆さんの古着はこの棚に片付けるとするか。まあ、ワシにしちゃ結構うまくできた方じゃな」


男、正確には老人の声は満足げに棚の出来映えを自賛していたそうです。


「もっとも婆さんがここにいたら『あらあら、なんて不恰好な棚かしら』とかいいだすじゃろうなぁ」


亡き妻のことを口にした時にとっても寂しい気分になったよと、後に私に語ってくれました。


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