07:優しい真実
「そう笑ってくれるな。こんな小さいのが一人で盗みで生計たてようとしてるんだ、手を差しのべるなって方が無理な話だろ」
「確かにな。それなら、盗んだ弁当やクッキーっていうのも」
「あぁ、みんな同意の上さ」
サイラスが肩を竦めつつ話せば、聞いていたミニャレットが「盗みニャ!」と文句を訴えた。もっとも、それもサイラスの手が頭にのってグリグリと撫でられる事で有耶無耶にされてしまうのだが。
頭を撫でられ、その反動なのかニャゴニャゴと声を漏らすミニャレットは愛らしい。なるほど、こんなに可愛らしい少女が犯罪に手を染めようとしているのだ、堪らず手を差し伸べたくなるのは当然の事。
自分達も……と考え、ステラがポシェットから推薦状を取り出してミニャレットに差し出した。
「ミニャレットさん、私達これをお渡ししたかったんです」
「お手紙かニャ?」
「これはガードナー家のメイドになる推薦状です。これをもってガードナー家に来ていただければ、直ぐにメイドとして働けますよ」
「でもミニャレットは文字が読めニャい……」
「メイドの仕事は様々です。たとえ文字が読めなくても、雑巾が絞れて洗濯物が干せればメイドの素質はじゅうぶんです! ……でも、ミニャレットさんには推薦状は必要なかったみたいですね」
ステラが微笑めば、ふかふかの栗色の毛に包まれた手が器用に封筒を開ける。
中の便箋を見てもコテンと首を傾げるだけなのは、読めないのか、もしくは今一つピンと来ていないのか。
だがそれで良いとステラが微笑んで頷く。推薦状を渡されてもピンとこないのは、ミニャレットが今の生活に満足しているからだ。
「スレダリアの地図も添えていますから、メイドになる気が無くてもぜひ来てください」
「遊びに行くだけでも良いかニャ?」
「えぇ、もちろんです」
ミニャレットの問いにステラが頷いて返せば、それを聞いたミニャレットの耳がぴょこんと揺れる。
そうしてじっと便箋を眺め、たどたどしく文字を読みあげはじめた。
簡単な文字だけを掻い摘み、時折はコテンと首を傾げてサイラスに助けを求めているが、真剣な表情で便箋を見つめ試行錯誤する様は熱意が窺える。
ミニャレットの勉強方法は『盗みやすい場所に置いてあった本』で『寝る前の時間にサイラスに教えてもらう』というものだという。そこにミニャレットを支える周囲の温かさがあるのは言うまでもない。
「ミニャレットさんは勉強熱心ですね。きっとすぐに読み書きができるようになりますよ」
「頑張るニャ。そういえば、二人はお鍋は食べたかニャ?」
「えぇ、食べましたとも! 美味しくて温まって、一つのお鍋を一緒に食べるのも美味しさを共有しているようで嬉しくなりますね。そういえば、女将さんがシメの準備がどうのと仰っていたような……」
出掛けにハルから告げられた『シメの準備をしておきますね』という言葉を思い出し、ステラとオーランドが顔を見合わせた。
いったいシメとは何の事か。
不思議そうにそれを話せば、聞いていたサイラスが「なんだって?」と声をあげた。信じられないと言いたげに眉根を寄せている。
「まさかお二人さん、鍋のシメを食べずにここに来たのか?」
「えぇ、お鍋は頂きましたが、シメとやらは頂いておりません。デザートの事でしょうか?」
「鍋はシメまで食ってこそ。ミニャレットを心配してくれたのは有り難いが、今すぐに戻って鍋のシメを食べてくれ」
サイラスが急かしてくる。それどころかミニャレットまでもが鍋のシメを食べなくてはと訴えてくるのだ。
デザートの事かと思っていたが、どうやら彼等の話しぶりから推測するに『シメ』も鍋の一環らしい。となれば『シメ』という具があるのだろうか。
だが鍋を食べている最中に何度も具の追加はした。お肉に魚、それと様々な野菜。それらを煮立たせて、自分の器によそって食べる。鍋の中の具が少なくなったら追加して再び煮て……と、繰り返しながら食べていた。
それどころか、用意されていた量では足りず、ハルに追加を持ってきてもらったほどだ。
だがその中には『シメ』という具は無かった。
(『シメ』とやらを食べることでお鍋が終わるのかしら。でももうお鍋は殆ど食べてしまったし……)
いったいその『シメ』とやらは何なのか。
だがそれを尋ねてもミニャレットもサイラスも答えを教えてくれることなく、シメを食べずに鍋は終わらないと訴えてくるだけなのだ。
これにはステラもオーランドも気圧され、彼等に促されるままサイラスの家を後にした。
慌ただしくなってしまったが、ミニャレットに推薦状も渡せたし、そもそも彼女に推薦状が必要ない事も分かった。
それが分かれば、夜道を歩くステラの胸にほっと安堵が湧く。
だがそれと同時にオーランドへの申し訳なさも感じてしまう。本来であれば食事を終えてゆっくりとしているはずなのだ。
「ミニャレットさんの事が分かったのはよかったんですが、無駄足になってしまいましたね。お食事の直後なのに申し訳ありません」
「俺も同じ事を考えていたんだし、ステラが謝ることじゃないだろ。……それに、俺は嬉しいよ」
「嬉しい、ですか? 何がでしょうか?」
「ステラの優しさだよ。ステラは優しいんだって、そんな優しいステラが俺の恋人なんだって、そう思えば嬉しくなる」
照れ臭そうに笑い、オーランドがそっとステラの手を握ってきた。大きな手に優しく握られ、ステラがはっと息を呑む。
オーランドの手が自分の手を包んでいる。男らしい大きく筋のある手だ。ゴツゴツしていて、だが暖かい。
その暖かさが胸にまで届き、ステラは自分の頬が熱くなるのを感じながらきゅっと彼の手を握り返した。
見ればオーランドの顔も徐々に赤くなっていく。月明かりと街頭しか頼りのない暗い夜道でも分かるほど、耳まで真っ赤だ。
「私も、優しいぼっちゃまが……オーランド様が恋人で嬉しいです」
「そのぼっちゃま呼びが直ってくれればより嬉しいんだけどなぁ」
照れ臭そうに笑いながら冗談めいて話すオーランドに、ステラは微笑みながら「善処いたします」と返した。
このやりとりは旅の最中に幾度と繰り返し、それどころか旅に出る前から日課と化していた。ステラも善処しようとはしていたが、長年の癖は抜けずに今に至る。
なにせステラの中でオーランドはずっと『弟のようなぼっちゃま』だったのだ。五歳の年の差は当然だが埋まることはない。
……だけど、
「恋人を『ぼっちゃま』と呼ぶなんておかしいですものね」
そうステラがオーランドに寄り添って告げれば、いつも通りのやりとりで終わると思っていたのか彼がきょとんと目を丸くさせた。
次いで嬉しそうにはにかみ「そうだな」と返してくる。ステラに『恋人』と言われた事がよほど嬉しかったのだろう。今までどう足掻いても『弟のような存在のぼっちゃま』から抜け出せなかったからなおさらだ。
だがステラが緩む彼の表情を愛でるように見つめていると、気付いたのかコホンと咳払いをしてそっぽを向いてしまった。もっとも、今のステラにはそれすらも愛おしいのだが。
「それじゃ、宿に戻って『シメ』とやらを食べようか」
「えぇ、そうですね! いったいシメというのはどのような食べ物なのでしょうか。ミニャレットさん達があれほど勧めるですから、とても美味しいものなんですよね。ねぇぼっちゃま! ……あら」
食べ物への期待でまたもぼっちゃまと呼んでしまった事に気付き、ステラがぱたと己の口元に手を当てた。
言ったそばからこれでは先が思いやられる。
そうステラが己の失態を恥じれば、オーランドが「気長に待つよ」と笑った。




