06:本当のおうち
外出しようとするステラとオーランドを見つけ、受付で帳簿をつけていたハルがどこへ行くのかと尋ねてきた。
食事に不備があったかと案じる彼女を宥めて「直ぐに戻ります」と返せば、不思議そうな表情ながらに「シメの用意をしておきますね」と見送ってくれた。
聞き慣れぬ『シメ』という単語には疑問が残るが、まずはミニャレットに会いに行くのが優先である。
そうしてミニャレットの家へと向かったのだが、夜に訪れる彼女の家は日中よりも悲壮感を誘う。
建物の隙間は夜の闇に覆われ、傘で作られた屋根も床代わりに敷かれた布も暗がりに消えてしまっている。目を凝らしてようやく見えてくる程度で、ここにミニャレットの住処があると知らなければ素通りしてしまうだろう。
周囲の家は当然だが明かりを点けており、窓から楽し気な家族の声と暖かな光が漏れているのだ。だというのにこの一角だけ暗闇に覆われ、まるで誰もいないかのようなシンとした静けさが漂っている。
こんな暗く寂しいところに、ミニャレットはたった一人で身を縮こませて夜明けを待っている。その光景は想像するだけでステラの胸に訴えかけてきた。
すぐに彼女に声を掛けよう。
推薦状を渡して、きちんとした衣食住を得られる事を教えてあげよう。
そう考え、ステラはミニャレットの家へと近付き、扉代わりの傘を軽く叩いた。コンコンというノック音はしないが、中には伝わるだろう。
だが返事は無く、「ミニャレットさん」と声を掛けても返事はない。
静まり返った建物の隙間。どこかから聞こえてくる家族の賑わいが妙に遠くに感じられる。
「ミニャレットさん、少しお話があるんですが。もう眠ってしまいましたか?」
恐る恐る声をかけつつ、傘を避けて中を覗く。
だがそこにミニャレットの姿はなく、床代わりの布だけが敷かれていた。
「誰もいないな」
「えぇ、どこかに行ってしまったのでしょうか。それともまだ戻っていないのか……。あら?」
床代わりの布の上に一枚の紙を見つけ、ステラがそれを手に取った。
重しを置いてきちんと止めてあるそれは、猫のイラストが描かれた可愛い便箋だ。書かれているのは……。
『ミニャレットはサイラスの家にいます。御用の方はサイラスの家まで』
という、可愛い便箋にはあまり似合わない角張った文字だった。
達筆なその文字はミニャレットが書いたものではないだろう。どちらかと言えば男性らしい文字で、その下にはサイラスの家を示す簡易地図まで描かれている。
ミニャレットに用事があり訪問した人が迷わないように、という事なのだろう。便箋は所々によれや汚れがあり、文字も掠れ、長く使用していたことが分かる。
「これは……いったいどういう事でしょうか?」
「ひとまずサイラスの家に行ってみようか」
オーランドに促され、地図に描かれていたサイラスの家へと向かう。
もとより村は狭く、とりわけ目的地である彼の家は分かりやすい場所にある。探すまでもなくあっと言う間に到着した。
飾り気はないが家の周辺は手入れされており、カーテンと窓越しに漏れる明かりから在宅だと分かる。
玄関口に立ちステラがノックすれば、しばらくするとガチャリと扉が空いた。
中から出てきたのはもちろんサイラス。部屋着なのだろう随分とラフな格好をしており、ステラとオーランドを見ると不思議そうに眼を丸くさせた。
「あんた達か、どうしたんだ?」
「夜分遅くに申し訳ありません。ミニャレットさんがこちらにいらっしゃるそうで……」
「あぁ、ミニャレットか。確かに居るぜ」
サイラスが家の奥へと視線を向ける。
それとほぼ同時に「ニャニャ?」と声が聞こえてきた。ついでトコトコと歩いて来るのはミニャレットだ。
ワンピースタイプのピンクのルームウェアは小柄な彼女には少し大きいのか、足首まですっぽりと覆われて些か歩き難そうである。
「ミニャレットを呼んだかニャ?」
「まぁミニャレットさん、本当にこちらにいらしたんですね。私達、一度貴女のおうちにお伺いしたんです」
「ミニャレットは今おうちには居ないニャ。ミニャレットは今日はここにお泊りニャ、さっきまでお鍋食べてたニャ」
お魚の鍋を食べた、とミニャレットが嬉しそうに教えてくれる。
次いで食後にはステラから貰ったマフィンをデザートに食べたと告げ、サイラスを見上げて同意を求めた。
つまり二人で食べたという事なのだろう。マフィンの出所を知り、サイラスがわざわざステラに礼を告げてくる。
だがステラも、そしてステラの隣に立つオーランドも生返事をするだけだ。
家とさえ呼べないミニャレットの家と、そこに置かれた便箋と、そして今目の前にいるルームウェアを纏ったミニャレット。それらがどうにも頭の中で繋がらない。
「もしかして、ミニャレットさんはサイラスさんと一緒に暮らしているんですか?」
「違うニャ、ミニャレットのおうちはステラも知ってるはずニャ」
「今晩だけは招待されているんですか?」
「招待はされたけど今日だけじゃニャいニャ」
「では、どんな時に招待されているんでしょうか?」
ステラが問えば、ミニャレットの栗色の毛の耳がピョコンと揺れた。
「んーっと」と思い出す際に漏れた声は子供らしく愛らしいが、どういうわけか話を聞いていたサイラスが居心地悪そうに頭を掻いた。ガシガシと強引な手の動きに、短く切られた灰色の髪が揺れる。
「寒い日と暑い日と、雨が降ってる日と風が強い日も招待されるニャ。あとお月様があんまり出てニャい日」
「今日はそのどれにも当てはまりませんが」
「今日はサイラスがお鍋を作りすぎた日ニャ」
だから呼ばれたというミニャレットの話を聞き、ステラの視線が今度はサイラスへと向かう。
彼は露骨なまでにそっぽを向いて、頭がガシガシと掻いている。「あの」だの「それは」だのと言いたそうにしているが言葉にならず、彼が話すより先にステラが「それなら」と話しだした。
「ミニャレットさん、最近あの家で夜を過ごした事はありますか?」
「ニャい」
きっぱりとミニャレットが断言する。猫らしさのある可愛らしい断言だ。
これはつまり、そういう事なのだろう……。ステラが再びサイラスへと視線を受ける。オーランドに至っては彼の肩をポンと叩いているではないか。
上手い言い訳が思い浮かばないのか、サイラスが頭を掻きつつ呻る。そうして、まるで降参するかのように頭を掻いていた手をパッと開いて見せた。




