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【完結】おいしい世界をふたりじめ!  作者: さき
第6章【あなたと食べるあったかお鍋】
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03:お宿の畳

 


 サイラスに案内され、たどり着いたのは村の中央にある一軒の宿。

 民家よりは大きく立派な造りをしているが、それでも都市部の宿やホテルに比べると随分と小規模だ。

 だが質朴で暖かな雰囲気があり、自宅に帰り着いたような安らぎを感じさせる。

 村の外観とも合っており、長閑さを求めてあえてこの村に来る者達には適しているだろう。暖簾と呼ばれる布をくぐった先も落ち着いた雰囲気が漂い、ステラは自然とほっと安堵の息を吐いた。


 心が落ち着く。

 初めて来たのに『帰ってきた』と感じる、そんな宿だ。


 店内には女性が二人。片や四十歳半ば、片や二十歳前後、共に長い黒髪を一つに結い上げており、雰囲気も似ているあたり母娘だろうか。二人とも淡い色合いの布を衣服に仕立てたものを纏い、花柄の帯と赤い紐を腹部に巻いて留めている。

 纏う服は足首まで覆えるほどに長く、スカートともドレスとも違う、随分と動きにくそうな服装だ。


「あれは何というお召し物でしょうか?」

「確か『着物』という装いだな。前に本で読んだ事がある」

「まぁ、着物……。落ち着いた華やかさがありますね。ですが動きにくくはないのでしょうか……?」


 ステラとオーランドが異国の装いを眺めつつ話していると、サイラスが「客を連れてきたぞ」と二人に声を掛けた。

 おしゃべりに夢中で気付いていなかったのか、二人の女性がほぼ同時に振り返る。


「あらあら、ごめんなさいね」


 母親らしき女性がパタパタとこちらに駆け寄ってくる。

 落ち着いた雰囲気の優しそうな女性だ。きっちりと結い上げられた髪が凛とした淑やかさを感じさせる。

 彼女がこの宿を管理するオーナー……もとい、()()のハル。

 この宿では女主人の彼女をオーナーではなく女将と呼ぶらしい。それも『鍋』や『着物』と同じ国の風習なのだだろう。

 もう一人の女性は彼女の娘で、名前はスズ。

 宿泊希望だとステラが告げれば、ハルが部屋の準備をしてくると宿の奥へと向かっていった。動きにくそうな服装だが、その足取りは随分と軽い。


「ようこそいらっしゃいました。長閑さしか売りのない村ですが、どうぞごゆっくりとお過ごしください」

「お世話になります。暖かみのある素敵なお宿ですね」

「ありがとうございます。お客様方はここにはどういった理由で? 新婚旅行でしょうか」

「い、いえ! あの、わ、私達『お鍋』という料理を頂きにまいりました! こちらのお宿では宿泊と料理を堪能できると聞きまして……」


 慌ててここまでの事を説明しつつ、ステラがナンシー乗りから渡されたメモをハルへと手渡した。

 この村と宿の名前が書かれたメモだ。凝り過ぎて読めない彼のサインも書かれている。

 それを見るとハルが僅かに目を丸くさせ、次いで今度は盛大な溜息を吐き肩を落とした。先程までの淑やかさが一瞬にして消え去ってしまい、眉間に皺を寄せ、それどころか眉根に手を当てている。

 その姿だけ見れば、頭痛で呻いているようではないか。


「あの馬鹿息子……。そうですか、砂漠でお会いしたんですね」

「息子……? もしかして、ナンシー乗りさんのお母様なんですか?」


 ステラが驚いて尋ねれば、ハルが溜息交じりに頷いた。

 砂漠で出会ったナンシー乗りはハルの長男、スズの兄にあたる。十数年前にこの村を出てからというもの、碌に連絡もせずあちこちをふらふらと旅をし、時折こうやって便り代わりに客を寄越すのだという。


 どこに居るのか、元気でやっているのか、今なにをしているのか……長く会えぬ家族となれば、気になることは山のようにあるだろう。だがハルとスズはそれらを旅行客から聞くしかない。さぞや不安に違いない。

 だがステラの予想に反してハルに悲観する様子はなく、溜息交じりに息子の放浪癖を話すだけだ。困ったと言いたげではあるが、息子に会えぬ寂しさや不安を抱いている様子はない。


「変な話をして申し訳ございません。今お部屋にご案内しますね」

「えぇ、お願い致します。……ですが、今すぐに砂漠に向かえばご子息にお会いできるかもしれませんよ」

「あれは根からの放蕩息子ですから、捕まえて連れ戻してもどうせ直ぐに出て行ってしまいます。生きている事が分かるぐらいがちょうどいいんですよ」


 あっさりと言い切り、ハルが歩き出す。

 その背にもやはり寂しさや不安を抱いている様子はなく、それどころか、息子の自由奔放さを困りつつも愛でているような色があった。




 通された部屋は一風変わっており、まず扉を開けた先で靴を脱ぐように案内された。

 次いで通された先の部屋は『畳』と呼ばれる藁と井草の編まれた不思議な床が敷き詰められており、夜は部屋の中央に置かれたローテーブルを片して畳の上に布団を敷いて眠るのだという。

 布団をしまっているためベッドを常設している部屋よりも広々としており、なおかつ靴を脱ぐため部屋全体でくつろげる。

 快適なはずだが、今までにない部屋の作りに、ステラもオーランドも目を丸くさせてしまった。


「この畳という床に眠るんですか? お布団を敷いても体が痛くなってしまいそうですが。それに床で寝ては寒くはありませんか?」

「畳についても本で読んだことがある。遠く東の島国で流用している家の作りだ。着物も同じ国の装いだったはず。どうやらこの宿はその島国を意識しているようだな」

「まぁ、さすがぼっちゃま……いえ、さすがオーランド様。ですが、畳というのは不思議なものですね」


 踏み心地を確認するようにステラが足下を見つめる。

 畳と呼ばれるこの床は、井草を編んでいるためか少しだけ柔らかい。だが柔らかいといってもマットやラグを敷いた床ほどではなく、なんとも不思議な感覚だ。

 そのうえこの畳というのは定期的に干したり打ち直したりする必要があるという。一畳と呼ばれる畳一枚分ならまだしも、部屋に敷き詰められている分すべてを剥がして干して……となれば相当な重労働だ。

 普通の床張りならば雑巾で磨き上げればそれで済むのに。


「なんだかとっても不思議です。私、この部屋で過ごせるかしら」

「あら、そうですか? 鍋を美味しく食べるならこのお部屋が一番なんですが……」

「素敵なお部屋ですね!」

「無理はなさらないでくださいね。普通の作りの部屋もありますから、慣れないようならそちらにお通しすることも出来ますよ」

「この部屋でお願いします!」


 ステラの瞳に浮かんでいた困惑の色が一瞬にして期待に変われば、察したハルが笑みをこぼした。

 着物と呼ばれる装いは袖口が随分と広く布を多く取っており、袖の布で口元を押さえて笑う様は品よく見える。妙な色香を感じさせるが、これが『着物』とやらの魅力だろうか。


 そうして改めてハルが部屋での過ごし方を説明し、部屋を出ていく。

 その際にわざとらしく腕を捲り「腕に寄りをかけて作りますね」と告げていくのは、もちろん先程のステラの反応を茶化しての事である。

 自分の鍋に対しての希望、そしてはしゃぎぶりを思い返し、ステラがほんのりと頬を赤くさせる。……が、もちろん料理については彼女の冷やかしに乗じて「どうぞよろしくお願いします」と念を押して返しておいた。




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