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【完結】おいしい世界をふたりじめ!  作者: さき
第4章【砂漠の海に浮かぶ森】
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08:再び砂の海へ

 


「この水着も最初はあれだけ恥ずかしかったのに、いつの間にか全然気にならなくなってました。これもオアシス効果なんですね」


 ステラが着替え終えた水着をマーサに返せば、受け取った彼女は「そうでしょ」と上機嫌で笑っている。

 オアシスは砂漠の中にあるとは思えないほど緑が溢れており、日中は暑さの中に爽快感があり、夜は満点の星と景観は最高。その開放感からか旅客達は初対面であっても気軽に声をかけ、雑談に花を咲かせる。

 そしてなにより、豪快な肉料理……。


 これは水着を気にしている場合ではない。


 初日こそ恥じらっていたステラだったが、次第にオアシスの開放感に馴染み、数泊すると平然と水着姿を晒せるようになった。

 むしろオアシスは水着で過ごしてこそだと、そんな話をオーランドと交わす程である。これは大きな変化と言えるだろう。


「恥ずかしさに負けて水着にならずに居たら、きっとここまでオアシスを楽しめなかったと思います。勇気を出して良かった」

「そうそう、他人の目なんて最低限に気にしてりゃいいのさ。あたしはこの体型で百人に笑われようが気にしないね。父ちゃんが嬉しそうに『俺と一緒に美味いもんを食ってきたんだ』って言ってくれりゃそれで十分」

「アイーシャさんから、お二人の馴れ初めはとても素敵だとお伺いしました。次に来たときは是非聞かせてください」

「あぁ、もちろん。ただ長話になるから、覚悟しておいてちょうだい」

「ふふ、それも伺ってます。『丸一日潰れるから、二人の馴れ初めは次来た時にして、今回はオアシスを楽しみな』って仰ってました」

「なんだい、先手を打たれてたのか。どうりで最近初めてのお客さんが聞いてこないで、二回目以降の客に馴れ初めを聞かれると思った」


 やられたとマーサがわざとらしく表情をしかめるのを見て、ステラも思わず笑い出してしまう。気っ風のよい彼女との会話は小気味よく楽しく、出会ってまだ数日だというのにもう心を許してしまう。

 彼女達の馴れ初めを含めまだ互いのことをあまり知らないが、既に旧知の仲のような気分だ。

 そんな彼女も、初めてオアシスに訪れた時はやせ細り陰鬱としていたという。今の快活さからは想像が出来ないからこそ、ダレンとマーサの馴れ初めが気になってくる。

 きっとこのオアシスのように優しさと愛に満ちた物語なのだろう。


「これは早いうちにオアシスを再訪問しないと、気になって眠れなくなってしまいますね」

「そりゃいい、いつだって待ってるよ」


 ステラが話しながらマーサと並んで歩き、バイクの止められている場所へと向かう。

 そこでは既にオーランドが着替えと出発の準備を終え、ダレンとアイーシャと三人で話していた。


「ぼっちゃま、お待たせしてしまい申し訳ありません」

「いや大丈夫だ。女性の着替えは時間が掛かるものだろ。それより、旅の目的を話していたらアイーシャが良いことを教えてくれた」

「それはどんな料理ですか!?」


 ステラが一瞬にして瞳を輝かせれば、その勢いと圧力に押されたのかオーランドが僅かに仰け反った。

 ダレンとマーサが揃えたように笑い出し、辛うじて笑うのを噛み殺しているアイーシャが「この調子なら大丈夫そうだね」とオーランドの肩を叩く。

 そんな彼等の反応に、ステラの頭上に疑問符が浮かんだ。


(どうして皆さん笑っていらっしゃるのかしら? 私はただ、どんな料理かを聞いただけなのに……。それもぼっちゃまがアイーシャさんに旅の目的を話したと……旅の……目的……)


 己の本来の目的を思い出し、同時に彼等の笑っている理由を察し、ステラが息を呑んだ。

 オアシスの開放的な空気に当てられて忘れていたが、旅の目的は料理巡りではない。


「ち、違うんです! 私、別に旅の目的を忘れていたわけではないんです!」


 ステラが必死に訴えだせば、それがまた面白かったのだろうマーサとダレンの笑い声が強まる。果てには堪えきれなくなったのかアイーシャまで笑い出すのだから、ステラの頬は赤くなる一方だ。

 せめてとオーランドに視線を向ければ、さすがに自分まで笑ってはまずいと感じたのか、彼はムグと口元を歪ませるだけに止めている。……といっても、それも大分苦しそうだが。

 これは訴えれば訴えるほど彼等の笑いを誘うだけだ、そう判断し、ステラはツンと澄ますと何事もなかったかのように「それで」と話し出した。


「それで、どのような素敵な殿方の情報でしょうか?」

「そう怒るな。残念だがアイーシャが教えてくれたのは男の事ではなく、料理の事なんだ。砂漠を抜けて東に進み、汽車に乗った先の国に『鍋』という変わった料理があるらしい」

「あら、お鍋でしたらスレダリアにもありますよ」

「いや、スレダリアの鍋とは違うらしい。なんとも不思議な話なんだが、特別な『鍋』を使って、『鍋料理』を作るんだ」

「鍋料理、ですか?」


 聞いたことのない料理名にステラが首を傾げる。

 ステラが知っているスレダリアの鍋といえば、厨房で使う大鍋だ。シチューやポトフを作り、それを器に小分けにして配膳する。

 だがアイーシャが教えてくれた『鍋料理』というものは少し違っており、鍋を火にかけたまま配膳し、煮た状態を維持しながら少量を器によそい、そして食べた先から鍋に食材を追加していくのだという。

 造りながら食べる、というのは不思議な話だ。首を傾げていたステラが今度は逆方向に首を傾げる。


「調理をしながら食べるという事でしょうか?」

「そうみたいだ。だがスレダリアでは調理を終えた料理を食べる習慣しかないから、今一つピンとこないな」

「調理をしつつとなると、シェフが常に横にいるのでしょうか? それはなんとも落ち着きませんね。それともコースのように料理の減りを見て追加してくれるのでしょうか」

「家庭料理だからシェフがいるわけでもなさそうだ。とりあえず次はその鍋料理を食べに行ってみようか」

「えぇ、楽しみです! ……で、出会いもあるかもしれませんからね!」


 思い出したようにステラが付け足せば、話を聞いていたマーサとダレンがまたもや笑い出した。アイーシャも今回は堪えようともせずケラケラと笑う。

 またやってしまったとステラが己の失態を悔やむ。どうにも自分は食事の話をすると我を忘れてしまうようだ。

「恥ずかしい」とステラが熱を持ち始める頬を押さえれば、オーランドがクツクツと笑いながら「ステラらしいよ」と告げてきた。


「ぼっちゃま、それはフォローにはなっていませんよ」

「何度言っても俺をぼっちゃまと呼ぶステラには、これぐらいのフォローしか出来ないな」

「なんて意地悪なぼっちゃま……」


 ステラが頬を押さえつつ不満を漏らし、いまだ楽しそうに笑うマーサ達に「もう許してくださいな」と訴えた。

 このままでは頬の熱が体中に回って熱中症が再発しそうだ。もう一度水着に着替えて湖に浸かる必要があるかもしれない。

 そうして、ひとしきり笑い終えたマーサ達が別れの言葉を告げてきた。だがこの別れの言葉さえも、笑い泣きの涙を拭いつつ、果てには「二人で美味しい料理を堪能しな」だの「良い料理に出会えると良いね」というものなのだ。

 なんて恥ずかしく、頬が熱い。やはり湖に飛び込もうかしら……とステラがチラとオアシスへと視線を向ける。


「一緒に過ごせて楽しかったよ。あたしはもうしばらくオアシスに居る予定だから、何かあったら連絡して」


 アイーシャが片手を差し出せば、ステラもまた滞在中の感謝を込めて握り返した。

 オーランドも彼女と握手を交わし、スレダリアに来た際には是非ガードナー家を訪ねてくれと告げた。


「では皆さま、お世話になりました。またお会いしましょう」


 そう最後に告げて、ステラがオーランドと共にバイクに乗り込む。

 ステラはもちろんサイドカーにだ。ゴーグルをつけて前方を見れば、オアシスとは打って変わって一面の砂漠が広がっている。

 まるで別世界。最初はあれだけオアシスの光景を不思議に思っていたのに、今度は砂漠が見慣れない景色となるのだからおかしなものである。

 だが再びこの砂の海を走ることに不満も不安もなく、むしろその先には何が広がっているのかと胸が弾む。

 オアシスは美しく、出会いや経験は何物にも代えがたいほどに貴かった。だからこそ、別れは惜しいが次の期待が胸を高鳴らせるのだ。


 それに……とステラが己の手元を見た。

 思い出されるのは、オアシスに来た初日の夜にオーランドがくれた『月』の事。

 満点の星の下、星のドレスを纏い月を贈られる……。あんなに素敵な夜は初めてだった。


(これから先も素敵な事が起こるのかしら。なんだか、ワクワクするのと同時にドキドキしちゃう)


 今までとはまた少し違った期待を抱き、ステラがチラとオーランドを見上げた。

 ゴーグル越しに見える瞳は眼前の砂漠に向けられているが、ステラからの視線に気付いたのかこちらを向いた。


「ステラ、行こうか」

「はい、参りましょう」


 そう互いに声を掛け合えば、ヴンと響くエンジン音と共にバイクが走り出した。

 ステラが振り返れば、マーサ達が手を振ってくれている。次第に砂漠が視界にはいり、その中で緑に囲まれ手を振る彼女達の姿のなんと不思議な事か。

 やはりその景色だけ別の場所から持ってきたような、そんな不思議な感覚がわく。そして同時に今までそこに居たのだと思えば、これもまた不思議だ。一面砂だらけの砂漠には、今までにない不思議が詰まっている。


 そうして広大な砂漠を走れば、次第にオアシスが小さくなっていく。

 手を振り見送ってくれる者達の姿もいずれ見えなくなり、ついにはオアシスさえも小さな点となり、広大な砂の海に沈むように消えていった。



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