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【完結】おいしい世界をふたりじめ!  作者: さき
第4章【砂漠の海に浮かぶ森】

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09:砂漠の英雄

 


 砂漠を抜けた先にある町は、バイクを借りた町と規模も町並みもほぼ同じだ。

 聞けば両方の町に居住地や店を構えている者も少なくないようで、らくだでゆっくりと砂漠を横断しオアシスで二泊さらに三泊……とノンビリ過ごすと、見送られた店員に出迎えられる事も稀ではないという。


 ステラとオーランドがバイクを返却し終え店を出ると、「よぉ、お二人さん」と声を掛けられた。

 振り返れば、この旅で幾度となく見かけた青年の姿。

 初めに見たのは砂漠に入る前、その後は途中の町で、そしてオアシスで……。だがその殆どは碌に話どころか挨拶すら出来なかった。

 なにせ、彼は荒れ狂うラクダに乗っていたのだ。だが今はらくだに乗っておらず、平然と地を歩いている。


「ナンシー乗りの方、またお会い出来ましたね。随分と嬉しそうで、何か良いことでも……まさか!」

「やりきったのか……!」


 ステラとオーランドの瞳に期待が宿る。

 それを受け、男は意味深にチラと背後を一瞥した。そこに居るのは、木に繋がれた一頭のらくだ。……いや、あれは只のらくだではない、ナンシーだ。

 だが今は『振り落としのナンシー』の異名が嘘のように大人しく、長い首を下げて桶に入れられた水を飲んでいる。荒れ狂う様とのギャップか、もしくは首を垂らす姿勢のせいか、心なしか落ち込んでいるように見える。

 そんなナンシーに対して、男の表情はどこか得意げだ。余裕と達成感、それに勝利の笑み。


「乗りこなしたのですね!」

「俺を乗せてこの地に着いた時のナンシーの悔しそうな顔、あんたらにも見せてやりたかったぜ!」


 得意気に男が胸を張れば、彼を称えるためにステラとオーランドが拍手を贈った。

 通り掛かりの女性達が「あれが新しいナンシー乗りよ」だの「素敵ね」だのと囁き合い、恰幅の良い男は「ナンシー乗り、今度奢らせてくれよ!」と男に話しかけている。

 たかがラクダで砂漠を横断、されどラクダで砂漠を横断。

 今この町は彼の話題で持ち切りなのだろう。まさに英雄だ。


「これもあんた達がナンシーを譲ってくれたからだ。礼を言わせてくれ」

「いや、礼を言うのはバイクを教えて貰った俺達のほうだ。おかげで無事に砂漠を横断することが出来た。なぁステラ」

「えぇ、バイクは初めて乗りましたが、風が心地好くてとても快適でした」


 エンジンの微振動、吹き抜けていく風、車輪を見れば砂がまるで波紋のように舞い上がっていく。

 砂漠の砂を泳いでいるような爽快感は、ラクダや馬の乗り心地とはまた一味違っている。それに……、


「それに、新鮮でとても恰好良かったです。ねぇぼっちゃま」

「あぁそうだな。スレダリアにはバイクが無いから、きっと国に戻って話したらみんな羨ましがる。ラクダや馬も悪くないが、なんていったってバイクは恰好良いもんな」


 バイクの話になり、オーランドが饒舌になる。

 そんな彼の分かりやすさにステラは思わずクスリと笑みを零した。瞳を輝かせてバイクを語る彼はまるで子供のようではないか。幼い頃、戦記を読んだ彼は勇ましい騎士の話を今と同じ瞳で語ってくれた。

 だがバイクを運転している時は、瞳を輝かせてはいたもののそれでも運転を任された責任感からか真剣な色合いも含めていた。広大な砂漠を背景に、ゴーグル越しに見つめたオーランドの瞳がステラの脳裏に蘇る。


「私が格好良いと言ったのはぼっちゃまですよ。大きなバイクを運転し、砂漠を走るぼっちゃまの横顔をサイドカーに乗って眺めておりました。男らしく頼もしく、素敵でしたよ。ねぇぼっちゃま」

「ス、ステラ!? それは……俺に同意を求められても困るんだが……!」


 ステラの言葉に、途端にオーランドがしどろもどろになる。ばつが悪そうに頭を掻く彼の反応に、ステラはきょとんと眼を丸くさせて……はたと我に返ると自らもまた頬を赤くさせた。

 ついいつもの調子で彼に同意を求めてしまったが、なんだか今自分はとんでもなく恥ずかしい事を言ってしまったのではなかろうか。


「あの、えっと……ぼっちゃまは大人になったと……立派になったと申し上げたかったんです! 幼い頃に乗馬の練習をしていた姿を思い出して、それで、成長を感じたんです!」

「な、なんだそうなのか……。でも確かに、小さい頃は必死で乗馬の練習をしたな。擦り傷だらけになって、あまりに無茶をするもんだからステラに『包帯で全身を巻いてしまいますよ』と怒られたのも覚えてる」

「おかしいですね、私は優しい手当てを心掛けていましたから、そんな乱暴な事は言いませんよ」


 ステラがしらばっくれてそっぽを向けば、オーランドがふっと笑みを零す。「そうだったかなぁ」と間延びした彼の言葉に、ステラがすかさず「そうです!」と言い切った。

 そんな二人のやりとりに、男の笑い声が被さる。ケラケラと豪快に笑い、果てにはオーランドの肩を叩きだした。


「らくだだろうがバイクだろうが、大事なのは誰とどこに行くかだ。あんたら二人の旅行なら徒歩での砂漠越えだって快適だろうよ」

「徒歩? 徒歩で砂漠なんて超えられないだろ」

「そう馬鹿正直に受け取ってくれるな、言葉の綾ってやつさ。でも案外に徒歩だって楽しめるんじゃないか? 二人ならさ」


 冗談なのか本気なのか笑いながら話す男に、ステラとオーランドが顔を見合わせた。

 日の光を遮るもののない広大な砂漠、それを徒歩で超えるなどと、考えただけで熱中症になりそうだ。

 だけど……とステラが思い出すのは、旅猫と出会った時の事だ。

 元々彼は徒歩で砂漠を超える予定だと言っていた。猫型の獣人ゆえに子供の歩幅程度しかないのに、そのうえ全身毛皮に荷物を背負って、広大な砂漠を一匹で歩いて居たのだ。

 そこをステラとオーランドが声を掛けサイドカーに乗せて街まで連れて行ったが、旅猫曰く、こういった事は珍しくないのだという。


「徒歩で砂漠を横断しても、もしかしたらどなたか親切な方に乗せて頂けるかもしれませんね」

「確かに、俺達もそれで旅猫を乗せたもんな。以前に読んだ本に、通り掛かりの馬車やバイクに乗せてもらって旅をする方法があると書いてあったな。徒歩に拘るものや、バイクで横断する事に拘る者もいるらしい」

「旅と言っても色々な方法があるんですね。そう考えたら、徒歩での砂漠横断も出来そうな気がしてきました!」

「また熱中症になられたら、今度は俺が心労で倒れそうだ。頼むから歩くなら気候の穏やかなところにしよう」


 ステラが熱中症で倒れた時の事を思い出したのか、オーランドが譲歩案を出してくる。

 これにはステラも己の発言の危なっかしさを自覚し、慌てて「冗談ですよ!」とフォローを入れた。これ以上彼に迷惑を掛けるわけにはいかない。

 それも『徒歩で砂漠を横断していたら熱中症で倒れた。しかも二度目』などと、ガードナー家のメイド達に知られたら糾弾ものだ。見習いメイドに降格されてしまうかもしれない。


「徒歩も良いですが、せっかくですしスレダリアには無い乗り物に乗りましょう。次は確か……」

「汽車だな。マルミットに行くには汽車で山を越えるはずだ」


 オーランドが今後の予定を話せば、男が「マルミット!」と声をあげた。


「あんたらマルミットに行くのか?」

「あぁ、鍋という料理があるらしいから、それを食べに行くんだ」

「そりゃいい! もし店を決めてないなら、良い店を紹介してやるよ。主要都市からちょっと離れた村にある宿でな、観光地の無い田舎村だが、うまい鍋が食べられる。雰囲気も抜群だ」

「そうか、何から何まで紹介してもらって悪いな」

「なに、これもまた縁ってやつだ。もしよければ、ついでに俺も元気にやってるって宿のオーナーに伝えておいてくれ」


 鞄からメモを取り出し店の情報を書き込み、男がオーランドへと手渡す。

 そうして再び雑談をとなったが、まるでそれを見計らったかのように他所から声が掛かった。

 どうやらナンシーを乗りこなした英雄を独占するにはタイムリミットが来てしまったらしい。男が声を掛けてきた者へと手を振り、直ぐに行くと告げる。

 それを機に別れの空気が漂うが、かといってそこに寂しさはない。


「俺は今度はナンシーに乗って砂漠の往復を目指すんだ。次にあんた達が砂漠に戻ってきた時は、ナンシーに跨る俺の銅像が建ってるかもな!」

「それは楽しみだ。俺も次はナンシーに挑戦して……。いや、なんでもない」


 言いかけ、コホンとオーランドが咳払いをする。なんとも白々しい誤魔化し方だ。

 ステラがジロリと彼に視線をやり、「ぼっちゃま?」と言及するように名前を呼ぶ。

 先程彼が誤魔化そうとした不穏な言葉ははっきりとステラの耳に届いたからだ。これは聞き捨てならない。


(ぼっちゃまがナンシーに挑戦なんて、絶対に止めなくちゃ! ……だけど)


「ぼっちゃまなら、ナンシーに挑んでも乗れるかもしれませんね」

「危険だからって止めないのか? てっきり『ぼっちゃまにそんな危険な真似はさせられません!』とでも言うと思ったが」

「私そこまで過保護ではありません。それにぼっちゃまは立派な殿方ですから、多少の荒事もこなせると信じています」

「……ステラ、俺のことをそんな風に」

「ですが、その際には私もバイクに挑戦しますよ! ナンシーに振り落とされたぼっちゃまをサイドカーに乗せてさしあげます!」


 ステラが堂々と宣言すれば、オーランドがきょとんと眼を丸くさせた。

 次いで慌てて「それは危険だ」と制止してくる。もちろんこれに対してステラは「ぼっちゃまは過保護すぎます」と、以前までの過保護な自分を棚に上げて反論した。


「だからって、ステラがバイクに乗る事はないだろう」

「大丈夫ですよ。それにもしぼっちゃまがナンシーに振り落とされて、私もバイクから振り落とされたら、徒歩で砂漠を横断すれば良いんです」


 振り落とされた砂まみれの姿で、広大な砂漠をのんびりと歩くのだ。

「難しかったな」「また挑戦しましょう」と、そんな会話を交わすのも悪くない。そうステラが話せば、オーランドが参ったと頭を掻いた。

 このやりとりにブハッと豪快に噴き出したのは、もちろん聞いていたナンシー乗りの男だ。「そりゃいい!」と上機嫌で笑っている。

 そうしてひとしきり笑うと、「お互い次に会うのが楽しみだ」と告げて去っていった。去り際に水を飲んでいるナンシーのもとへと寄って頭を撫でてやるのは、連戦で抱いた友情ゆえか、もしくは更なる挑戦のために己とナンシーを奮い立たせているのか。

 そんな後ろ姿をステラが見送り、自分達も次の地へと向かおうと歩き出した。



 そうして砂漠の町を出て、馬車を乗り継いで汽車の乗り場を目指す。

 日が暗くなる前にと途中で宿を取り、今日は移動で疲れたと互いを労いつつ夕食を堪能する。

 そんな最中、


「ぼっちゃま、またナンシー乗りの方の名前を聞くのを忘れていました!」


 とステラが声をあげた。

 オーランドが慌てて手渡されたメモを見るが……、


「駄目だ。英雄としてのサインは書いてあるが、字を崩し過ぎて読めない」


 小さく溜息を吐きつつオーランドがメモを差し出してくる。

 そこに書かれていたのは、マルミットにあるという村とオススメの宿の名前。

 それと、やたらと恰好良く、それでいて恰好良さを極めるあまりに読めない、英雄のサインだった。






次話から第5章です。

おいしいお鍋を求めて汽車の旅。


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