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純情天国  作者: K+
9/10

カーテンコール(輝臣)

 六日後の午後十一時過ぎ、輝臣(てるおみ)はゲームにログインした。

 今週は【式はいつだ】だの【初恋を実らせたら駄目だろ!】だの、変なメールがたくさん届いていたが、ようやく下火になってきた。

 週末近い男子寮は賑やかだ。

 輝臣は軽い足取りで食堂へ向かう。今日の夕食は昨日から楽しみにしていた。現実では、まず寮のメニューになんて載りそうにない一品がボードに書いてあったのだ。チョコレートフォンデュ。

 騒がしい中へ踏み込んだら、すぐに呼ばれた。判り易い隅の席でRioが手を挙げている。隣には0601、向かいには虎徹。二週間近く前と同じ面子。

 カウンタに並んだチョコレートフォンデュの一式は、小型電気ポットっぽい壺と小鉢に何種類かの果物とラスクが盛られていた。うきうきと一セット持って、友人達の所へ行く。

 ワインレッドのタートルネックセーターを着ているRioが、ニヤリとした。

「今夜は絶対来ると思った」

「お前、ホント甘い物好きだな」

 暖房が効いているとはいえ十一月の中旬に半袖Tシャツの虎徹が口を曲げる。普通にトレーナーの0601が短く喉を鳴らした。

 焦げ茶色の長袖Tシャツの輝臣は、虎徹(こてつ)の横に座り込みながら言う。

「オレ、おっさんになるまで、も少しかかる育ち盛りなの」

「壁もお任せの偉大なる魔法使いに向けて邁進中か」

「そっちには邁進してない」

 抱きつけちゃうし、玄関までは自分から来てしまう朱音(あかね)だ。臥薪嘗胆だろうが虎視眈々である。時々受験勉強そっちのけでシミュレーション中。

 澄まして壺に付いているスイッチを押す輝臣を、虎徹が太い腕で小突いた。

(やに)下がりやがって、このエロオミ。何が〝俺達の赤裸々なハツコイ〟だ」

「アカネとのメモリー(memory)をお裾分けしてやっただけじゃん」

『若菜集』におかしな推薦コメントを付けていた寮の連中に、写真付きメールを送っておいたのだ。焼き鳥と餌を求めて群がる錦鯉の二本立て。

 甘い(かおり)がしてきて、壺の中で液状チョコレートからもったりと気泡が弾け始めた。電源を切り、専用のフォークを手にする。

 林檎から試す輝臣の斜向かいで、Rioが小さな平たい機械を取り出した。

「録音、成功したよ」

「おぉおお、ありがと! 今度奢る」

「ソレちょうだい」

 Rioはラスクを指でつまんで壺にひたす。ひょいと、虎徹もラスクを突っ込んだ。ラスク品切れ。

「ちょ――一枚は取っておけよ! 大体、食べんなら自分の分、取ってこいっ」

「男がけちけちすんな。つーか、リオがそのまま通報しちゃえば流石に消せるんじゃねぇの」

「えー、男にナンパされましたなんて、恥ずかしぃ。ボク、自己申告したくなーい」

 しれっとRioは応じ、チョコレート色になったラスクを頬張る。食べ方も綺麗だし、私服のRioは女の子で通用する。まったく、どういうつもりでネナベをしているのだか、輝臣には見当がつかない。

「まぁ、オミがケリをつけるのがいいんじゃない」

 (から)のシチュー皿の脇で頬杖をついていた0601が言って、ちらりと食堂の入口に視線を投げた。「生き残ってるね」

 四人が目を向けた先に、ダイが姿を見せていた。のこのこ入ってきて、カウンタからコーヒーを取ると適当な空席に向かう。

 響く声で、隣の相手に話し出した。ゲームへの愚痴のようだ。今し方、野犬に追い駆けられた模様。いいトコロだったのによぉ、と喚いている。話しかけられた相手は別に知り合いでもないのか、仕様だから、と苦笑を返していた。

 目を外したRioが、怪しく嗤った。

「他の子にも歳だの乳のでかさだの、何処住んでるかだの、アホな質問並べてるところだったかなぁ? なるべくたくさんの煩悩を吐き出してもらっておいたけど」

 虎徹が肩をすくめる。

「訊きたいのは山々だぞ。こんなゲームで普通は訊かないけどな」

男子寮(ここ)にリオが居るのに、口説いたことを気づいてないっぽいのがおめでたいな」

 0601がちょっと感心したようにコメントする。ボク演技派だから、とRioは薄く笑んだ。倒錯の世界である。

 輝臣はチョコレートコーティングされた林檎を、黙々と咀嚼する。濃い顔の男の所為で、ビターになってしまった。

 発端は、奴が食堂でアカネについて暴言を吐いているのを、虎徹が耳にしたところから。

〝婆ぁの分際で男漁りしてるのが居る〟などと吹聴していたようだ。アカネの何処をどう見たら高齢者に見えるのか解らない。七十代のワカでさえ、この仮想空間では憧憬をいだける美少女なのに。

 因みにワカは、一部古参プレイヤーの高嶺の花で、隠れ癒し系アイドルだったりする。マサタカに知られてはいけない事実だ。

 とにかくも虎徹から伝え聞いた輝臣は、当然ながら(いか)った。居合わせた0601が知り合いの女子プレイヤー達に注意を伝播させ、周囲で朱音と同じ目に遭った子が出たという話は今のところ聞かない。

 ただ、実際に奴から声をかけられた子は居た。コレか、とピンと来たらしいその子は、運営に通報しますよ! と一喝したようだ。ダイはログアウトで逃げたらしい。

 一応、利用規約違反をしているプレイヤーが居るようだと通報はしておいた。しかし特段の証拠も無しに報告したぐらいでは、運営が動いたとしても、警告程度で済まされる可能性が高い。

 輝臣としては、朱音を怖がらせた上におかしな噂まで流しているような奴を、この空間にのさばらせておきたくなかった。

 それでも輝臣は子供で、受験生で、悔しいけれど仮想空間に張り付いてばかりもいられない。一人で安易に判断してしまって失敗したばかりでもあったし、今度は気の置けない仲間に相談してみた。

 俄然、Rioが乗り気になった。

『宜しい。漢たるボクが、カワイコちゃんの為にひと肌脱ごうじゃないか』

 というわけで、少々具体的な状況を知りたくないのだが、明らかな違反行為中の音声データをゲットした。後は輝臣が、きっちり運営に報告する番だ。

 今回は証拠があるし、感情や推測は排除し、要点だけを送る。その方が運営も速やかに確認し易い。0601から助言を受け、輝臣は銀色のツールを取り出すと、メールの下書きウインドウにメモしておく。

 熱心にぽちぽちと文字を打っている間に、虎徹にチョコレートフォンデュを粗方食べられた。

「こんな甘いの信じらんねーって顔してたくせに、オレより食べてんじゃんかっ」

「悪ぃ悪ぃ、意外と美味かったもんだから」

 笑って誤魔化す大喰らいの肩を殴りつけ、輝臣はもう一セットカウンタから持ってきた。虎徹からなるたけ遠ざけ、改めて楽しむことにする。

 とろけるチョコレートの香を吸い込んで頬を緩めていたら、虎徹がこそこそと囁いてきた。

「詫びにとっておきの事を教えてやる。魔法使い以外に邁進してるなら、知っておいて損は無い」

 輝臣は半眼を閉じ、Rioは興味深そうに、0601は頬杖をついたまま口端を上げた。

 虎徹は一言一言、ゆっくりと神妙な顔で告げた。

「女は、ベッドに、お姫様抱っこで、運ばれるのが、大好きだ」

 0601は微妙な顔になり、Rioは白け、輝臣は茫然とした。

「ど、何処からスタート? 重いよね……?」

 向かいの二人が俯いて肩を震わせたのに、某シミュレーションのやり直しを迫られた輝臣は気づかない。



 少年が受験勉強の合間にダンベルの上げ下げを始めた頃には、ゲーム内でダイの姿を見かける者は居なくなっていた。

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