アンコール(朱音)
夢を見た。
林檎を兎のように切って、皿に乗せて。お茶も淹れて。
アップルとか、ラビットとか、英語の練習をしている。時々、やたらと発音のいい音声が混じっている。
楓はメープル。朱音の色が混じっている。
『綺麗だったから。藁人形なんて、オレ、差し入れないし』
でも葉っぱも変てこ。
『父さんみたい』
可笑しくて笑ってしまう。楓は大事に栞にした。
縁側が見えてきた。
のんびりとした風情で庭を眺めている人が居る。
「お茶飲もうよ」
声をかけたら、うん、と、その人が振り返って。
輝臣が笑っていた。
冬の晴れ間は眠気を誘う。
土曜日の放課後、朱音は生徒会室でパイプ椅子にもたれ、ぽわんとした心地で、窓の外の白っぽく明るい空を見ていた。
一年二組から生徒会役員へと新たに四名引きずり込んで、彼らの為に簡単な説明資料を作り終えたところだ。
新生徒会長には無事に役員仲間の滝沢が当選し、広報の遊佐は広報長へ、書記の久保田は会計長へと異動した。書記長だった朱音だけが残留である。
会計ノートをチェックしていた久保田が、書棚に数冊挟み込んで言った。
「桐間先輩の置き土産、もう何とかしたんだろ」
「ん、普通の名前に全て変えた」
「じゃ、なんで帰んないんだ」
「バスの時間待ちだよ」
「門前方面のバスって、半じゃなかった?」
「だよ?」
応じてから、ぬあっ、と朱音は声をあげた。過ぎている。大抵遅れて来るが、今から走って間に合うだろうか。
腰を浮かせたものの、朱音は諦めて座り直した。久保田が短く笑う。
「プチ、今週はぼけてんな。先輩達の引退で気が抜けたかぁ?」
「いやいや、新しい子達の前でああはなるまいと気を引き締めてるつもりですが」
〝ああはなるまい〟というのは当然ながら若干一名しか指していない。
そういや、と久保田もやる事が片づいたのかパイプ椅子に座り込んだ。
「桐間先輩、結局さらっと片づけたな、カワ先輩の男友達」
「あぁ――一週間もかかんなかったんじゃない。今月頭には通常の胡散臭さだったよ」
「カワ先輩とオトモダチの前で、俺は友達に甘んじる気なんて毛頭無いですよ、と宣言したらしいぞ」
「うわぁ、白々しい笑顔全開で言ったのが目に見えるな」
机に置いていたバックパックを抱え、朱音はちょっと考え込んだ。
男女間の友情はあると思っていたけれど、考えがぐらついてしまっている。輝臣と自分は、もう結構前から、友達じゃなくなっていたような……
「クボさ、男女の友情って前提付きって言ってたよね。例えば?」
あー、と久保田は思い返すようにぼさつき気味の髪を撫で上げ、天井を見やった。
「カワ先輩とオトモダチのケースなんかだと、桐間先輩が防波堤というか前提になってるだろ?」
「友達で居るしかない状況が必要ってこと?」
「桐間先輩、先手を打ってその状況を作りにいったよな」
「なるほど」
「ま、恋愛感情持ってても、決定的なコト言っちゃったり、行動に移らない限りは〝取り敢えず〟って前提付きの友達?」
続いた台詞に、朱音は眉がピクリと動いてしまう。
今度べたべたされたらパンチすると宣言していたところだったのに、輝臣にべたべたされてしまった。
パンチしようと、浮かばなかった。
友達同士のハグとは、違って。最初は切羽詰まっているような強さだったのに、すぐ大事に包まれたのが判ってしまったから。
(前提が崩れたわけか)
なるほどね、と朱音は呟くように繰り返した。
バスの時間が近づき、今度はきちんと間に合うように朱音は学校を出た。
バス停の所で、メールをチェックする。
【家で勉強しておく。明日、一時半でいい?】
明日はゲーム内の学園祭イベント最終日だ。
今年の輝臣は風邪もひかずに元気だし、一緒に出かけようと約束していた。
【うん。頭寒足熱で】
返信してから、バックパックの肩紐に指先を引っ掛け、朱音は何処となく釈然としない気分を持て余した。
そもそも周りの評価の方が、当人達の認識より正しかったみたいだ。だから抱きつかれて、朱音が輝臣と自分の気持ちを漠然と察したところで、二人は変わりない日々を過ごしている。
けれど、果たしてこれでいいのか、解らない。
こっちからも突発で抱きつくという仕返しを考えたものの、彼が非常に調子に乗りそうな悪寒しかしない。
(でもなぁ、やっぱり、わたしばっかりびっくりして、どきどきさせられたのはおかしい)
今日、輝臣がログインしないなら、チャンスかもしれない。
朱音は顎を引き、迫り来るバスを見据えた。
学園祭イベントの最終日は、去年同様に特別ゲストが来ることになっていた。漫才グループ数組に、アイドル女性歌手。若手俳優が〝幻のサイン会〟なるモノもやるようだ。
ゲーム内の一日は六時間。午後五時から夜になり、キャンプファイアーがある。
昼下がり、朱音と輝臣は図書館の前で待ち合わせ、制服でのんびりと仮想都市へ繰り出した。
コメディーショーを楽しんで、せっかくナマで会えるようなものなのに、俳優やアイドルはスルー。この辺の二人の嗜好は似ている。
流石に今日は人出が多い。雑踏を楽しく縫う。
モールの音楽ショップで視聴をしまくった後は、カフェで一服。
店を出たら、夜時間が近づいていた。
「何処で見物する?」
輝臣が、ストライプのマフラーを首に巻きながら問うた。
キャンプファイアーは、三校の校庭とモールの広場で行われる。朱音もチェックのマフラーをアイテム欄から取り出しつつ、言った。
「盛り上がるのは今年も男子校だろね」
直前までアイドルのコンサートが行われているから、人が集まっているのだ。輝臣はちょっとだけ、ためらうような顔をした。
「寮の連中が揃ってそうだなー……」
「モールにする? 綺麗なのは変わりないと思うよ、何処も」
「いや、いいや。桜井、行こう」
輝臣は、何やら不敵な笑みを口端に浮かべた。そうして、片手を差し出してくる。
ふてぶてしかった表情が、窺い見るような感じになった。
「何の片棒担がせる気だ」
口角を上げて朱音が片手を預けると、少年ははにかんだように相好を崩した。片方の指が、あったかくなる。
「オレ、ファンタジー系のゲームは前衛職なんだよね」
「あぁ、真っ先に突っ込んで行って散りそう」
「散ったら前衛じゃないし」
早口に輝臣は言い返してくる。繋いだ所為で少し寄った距離がこそばゆい。アカネだと歩幅が近いから、並んでぽんぽん歩く。
朱音は笑声をこぼした。
「わたしはねぇ、魔法使いが好きだよ」
「――え……?」
「カッコイイもん、衣装とか」
「……いや、そんなことは、ないんじゃないでしょうか」
「……何故そこで畏まる」
輝臣は目を泳がせ、もごもごと言った。
「そこまで耐え忍びたくない……」
前衛の志は何処行った、とツッコミかけたら、すうっと辺りが暗くなっていった。夜だ。
今日は犬や烏が出ないと公式発表されている為、暗くなっても、みんな心おきなく歩いている。
行き交う人波のうねりで、時折、隣同士で居られない。それでも手が離れなかったから、距離が開くこと無く、二人は男子校に辿り着いた。校庭の方から賑やかな人声が聞こえてくる。
グラウンドの中央は、組んだ木材に火が灯り、煌めいていた。緩く囲むように切り株の腰かけが点在していて、友達同士や男女が、めいめい楽しげに照らし出されている。何処かに祖父母も来ている筈だ。
炎の光が届く切り株が空いていたので、二人で腰かけた。
陽気な音楽が流れる中、火の粉がふわりふわりと浮かび上がっては星空に彩りを添えている。
たまに夜風が髪を撫でるが、隣にぬくもりがあるし、あまり寒さは感じなかった。
穏やかで、気持ちのいいひと時。
朱音、と柔らかに輝臣が呼んだ。目を向けると、温かな色に照らされた綺麗な横顔は、火の周りでなんちゃってフォークダンスをしている人達を眺めている。
彼は感情が表に出易い。他人の為にだって、怒ったり泣いたり喜んだり。
楽しげな人々を見て、素直に幸せになったり。
「来年も、来ようよ」
「うん」
頬を緩めて、朱音は頷く。
これからも折々、リアルでもゲームでも、こんな風に過ごせたらいいな、と思う。輝臣となら、些細な事さえ幸福に感じられそうで。だから並んでいてほしい。並んでいたい。
いつか、歩き慣れて生じた小道を一緒に振り返り、この道どっちが作った? と冗談を言い合えたら素敵だ。
夜時間は一時間きりだ。もうすぐ音楽も炎もフェードアウトしていくだろう。この後もう一度だけ後夜祭はリスタートするが、朱音達はログアウトする予定だ。
朱音はアイテム欄を開いた。はたから見れば虚空に手を入れているようにしか見えない仕種で、一つ取り出す。
動きを見ていた輝臣が、瞬く。朱音はニヤリと笑んだ。
「差し入れのお返し」
火の光も受け、艶々と朱紅に色づいた果実。
見る間に、輝臣の顔が似たような色になった。どもる。
「り――りん、林檎、に、見えるんだけど」
「ん。〝薄紅の秋の実〟」
一人で仮想都市を歩くのは緊張したけれど、昨日、あちこちの店を巡って選び抜いた逸品だ。
〝合格祈願〟と文字入りなんかもあったりして少しばかり迷ったが、この期に及んで誤魔化すのはやめた。
びっくりどきどきさせるには、誤魔化していられない。
朱音の顔とその傍で掲げられた林檎を、真っ赤になった輝臣は交互に見た。
「く、くれる、の……?」
「貰って」
朱音は、会心の笑みで差し出す。
それは、公衆の面前で輝臣がやらかす、三秒前のこと。
読んでくれてありがとうございました。




