第81話 生体プロキシ - Living Proxy v2.0
ヴァルハイト連邦の都から少し離れた郊外。青空の下に広がる丘陵地帯には、何本もの巨大な煙突から薄い排熱が立ち上る大型の魔術錬成工房が佇んでいた。
風通しの良い敷地内では、金属と魔導結晶で作られた汎用オートマタたちが、重い資材や薬品の樽を整然と運搬している。連邦において、これら市販の自動人形は街や工房の日常に完全に溶け込んだ一般的なインフラに過ぎない。
だが、その工房の一角にある厳重に封鎖された特注区画だけは、全く異なる異質で緻密な空気が満ちていた。
「おい、カイトの坊主。現行端末から送られてくる同期ログ、見たか?」
頑丈な皮エプロンを纏い、精錬の煤で顔を黒く汚したドワーフの技師長ボリスが、立派な髭を蓄えた顔を顰めながらモニターのグラフを指差した。太い腕で額の汗を雑に拭うと、煤がさらに伸びて頑固親父らしい凄みが増す。
「向こうの魔術密度が尋常じゃねえ。地下要塞の監査局の干渉圧力が強すぎて、回路の冗長部分がどんどん摩耗しておる。このままじゃ通信経路が焼き切れるのも時間の問題じゃぞ」
「想定の範囲内だよ、ボリス」
そう答えた少年——カイトの眼差しは、真剣そのものだった。漂う薬品と精錬の熱気の中、ディスプレイ上に流れる大量の波形データを丁寧に拾い上げていく。
「初期型はあくまで急造の繋ぎだ。過酷な高圧環境下で長期間の遠隔ログ取得に耐えられる設計にはなっていない。だからこそ、ここで『v2.0』を組み上げる必要がある」
カイトは手元の操作盤をスムーズに叩き、新たな設計データをボリスの端末へ送った。
画面に浮かび上がったのは、連邦で流通している市販の汎用ホムンクルスとは次元の異なる、異常なまでの生体仕様書だ。
「……正気か、おぬし」
ボリスは太い眉を吊り上げ、煤けた手で画面の構造図を拡大した。
「血管の一本一本、神経繊維の末端にまでハック用の通信回路とエラー修復モジュールを敷き詰める気か。こんな無茶な魔導神経網の構築、教本のどこを探したって載っておらんわ!」
「教本通りに作っていては『アーク・コード』の干渉に耐えられないからね。ハードウェアの精密な錬成はボリスの領分だ。ソフトウェア側のプロトコル最適化と例外処理は僕が受ける。市販の使い捨て作業端末ではなく、僕たちが作るのは高耐圧の『永続中継サーバー』だ」
「ハッ、相変わらず大した自信だな」
ボリスはニタリと煤けた顔で肉厚な唇を歪め、太い腕を組んだ。
「まあいい。教本にねえってだけで、作れんとは言っておらん。だがな、こんな狂った仕様に付き合うんじゃ。当然、それ相応の『見返り』はあるんだろうな?」
「……仕事が終わったら、約束通り渡すよ」
カイトは視線をディスプレイに向けたまま、静かに口元を緩めた。
「前話していた、高濃度蒸留の手法で精製した新種の酒だ。この世界で流通している薄い醸造酒とは年季もキレも違う。ボリスの喉を焼くには十分すぎる品を用意してある」
「ガハハッ! 言うてくれるじゃねえか、坊主! ワシの喉を焼くだと!?」
ボリスは豪快に腹を揺らして笑い、煤けた顔のまま職人魂と酒乗り気の両方に火がついたように、固く結んだ両拳を叩き合わせた。
「ならそのイカれた設計図、寸分の狂いもなく肉体として叩き上げてやるわ。極上の酒を呑むためなら、悪魔の生体端末だって錬成してみせるぞい!」
大型の硝子培養槽の前に立ったカイトは、緑色に澄んだ培養液の奥を静かに見つめる。
そこでは、新しい生体筐体が淡々と形作られようとしていた。
遠く離れた王国の最暗部——『神聖術式監査局』の深層へ接続し続け、世界の仕様を裏から書き換えるための永久的なバックドア。その中継点となる「生体中継端末」の改修作業が、澄み渡る陽光の下で着々と進んでいく。




