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零からの魔法回路 〜世界システムをハックする反逆のSE〜  作者: ラレイラ
第三章:交錯する影と盤上の手札

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第73話 9歳:交錯する異能、提示される選択

王都の華やかな街並みから完全に切り離された、光すら届かない暗闇の断崖の底――。

肌を刺すような冷気が立ち込め、絶え間なく鳴り響く不穏な機械音と重苦しい魔術の圧力が空間を満たしている。そこにそびえ立つのは、太古の漆黒の岩石を削り出して組み上げられた、圧倒的な圧迫感を放つ巨大な要塞であった。


外壁に刻まれた冷たい図形の溝からは、生き物の気配を監視する青白いルーンの光が不気味にチリチリと点滅し、湿り気を帯びた鉄と魔力の焦げついた匂いが漂う。太陽の恵みを拒絶するように地下深くへと網の目のように暗黒の根を伸ばすその場所――王国が最深部に隠し持つ闇の特務機関、『神聖術式監査局(アーク・コード)』。


幾重もの高濃度障壁と遮断陣が密閉する地下最深部、明暗を繰り返す魔導光の閉塞空間。

その深遠な暗闇のなか、空間の光折と位相が微かに歪み、蜃気楼のようにゆらゆらと輪郭を揺らめかせる一筋の影があった。


『存在擬態《カモフラージュ・コード》』により、素の姿と気配を世界から覆い隠した捕食者――『影( シェイド)』である。隠蔽の膜の向こう側では、月華の雫を湛えた琥珀色の瞳が静かに光っている。


『影(シェイド)』の眼下には、無数の魔導端末に囲まれた九歳の少年――カイト・フォン・アデルハルトの姿があった。


本来であれば、幼い囚われの身として怯えていてもおかしくはない年齢。だが、少年の漆黒の瞳には絶対的な静寂と鋭い理知が宿り、視界を埋め尽くす高密度の魔導コードを恐ろしい速度で書き換え続けている。


(……要塞の拠点システム『Root Server』へ直接接続し、コードの書き換えと権限奪取を同時に進めている……? 九歳の子供が……?)


どれほど訓練された大国の最精鋭であっても不可能な次元の技術。

隠蔽の膜の奥で、『影(シェイド)』の思考に冷たい戦慄と、それを遥かに凌駕する静かな歓喜が駆け巡った。


(恐ろしい異物……。『氷の聖女』が動いた理由も納得がいく。これはただ救出を待つ『被害者』などではない。世界そのものを揺るがしかねない『特異点』だ……)


『影(シェイド)』は気配の遮断を僅かに緩め、歪んだ空気の向こう側から、抑調の効いた静かでスマートな声で呼びかけた。


「――凄まじい手際ですね、アデルハルト伯爵家のご令息」


背後からの予期せぬ声に、カイトの指先が一瞬だけ止まり、研ぎ澄まされた視線がゆっくりと振り返る。

そこに立っていたのは、空間の色彩と光を吸い込み、蜃気楼のように不気味にゆらゆらとゆらめく一筋の透けた人影であった。


カイトは一切動じることなく、その鋭い瞳で目の前の「蜃気楼」を凝視した。

視覚の誤認に惑わされることなく、空間の位相ずれ、出力レイヤーの波形重複、そして光折コードの干渉パターンを、その規格外の観察眼で一瞬にして解読してみせる。


「……空間の色彩を上書きする透過コードに、光の屈折を連続でずらした蜃気楼(カモフラージュ)か。見事な隠蔽術式だな。警察でも監査局でもなさそうだが……何者だ?」


術式の根底にある空間干渉の構造を一瞬で見破られ、隠蔽の皮膜の奥で『影(シェイド)』の薄い唇が愉悦に吊り上がった。焦りなど微塵もない。極上の特異点と対峙した優雅な余裕を保ったまま、静かに声を潜める。


「フフ……初見で空間の屈折構造を正確に見抜くとは。恐ろしい観察眼ですね。『けいさつ』……? 妙な響きの言葉を使うお子様だ」


聞き覚えのない異質な概念に一瞬だけ琥珀色の瞳を細めたものの、『影(シェイド)』は揺らめく影のまま言葉を続けた。


「ですが残念ながら、貴方の言うどれでもありません。私を動かせるのは、もっと特別な存在です」


静謐な空間に、その洗練された冷徹な声が沈み込んでいく。


「シルフィード公爵令嬢――リア・フォン・シルフィードからの正式な依頼を受けた者ですよ。貴方をこの不快な籠から連れ出すために来ました」


「リアが……」


かすかに安息の気配を覗かせたカイトに対し、揺らめく影はさらに一歩歩み寄り、密やかに、だが抗いがたいビジネスライクな威厳を孕んだ声で本題を提示した。


「……ですが、依頼の遂行とは別に、特務としての『合理的な提案』をさせていただけませんか。身勝手な拉致で幼き貴方を閉じ込めるような腐敗した王国に、己の才能を捧げる意味などないでしょう。その圧倒的な技術が身勝手な国家の都合で潰されるのは、世界的な損失です。完璧な環境とリソースを備えた我が国――『大国』へ来られませんか?」


唐突なスカウトに対し、カイトは深みのある瞳で、蜃気楼のように揺らめく闇の影を見つめ返すのだった。

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