第49.1話 絶対秩序の提示:実行ライブラリの解析
神聖術式監査局の地下演習場。天井一面に埋め込まれた発光魔導陣が、地上と何ら変わりない精緻な「人工日光」を照射し、影の落ち方まで完璧にコントロールされた不自然な昼を創り出していた。その上層に位置する観覧デッキに、カイトたち訓練生グループが集められていた。
今日のプログラムは実技ではなく、監査局が誇る最精鋭部隊の演習風景と、隊員同士による実戦模擬戦の観賞――という名の「精神教育」だった。
「よく焼き付けておけ。これが国家の絶対秩序であり、お前たちが抗うことのできない『力』の完成形だ」
教官の冷ややかな声が頭上から降ってくる。
同時に、胸の深部に埋め込まれた『黒曜神経核』が微少なパルスを発し、訓練生たちの感情を同調させて畏怖と絶望感を意図的に増幅させていた。
隣に立つ訓練生たちが青ざめた顔で震える中、ドーム状の演習場では最精鋭部隊の主力――『カーネル・クラス』の中でも頂点に位置する二人が相対していた。
カーネル・クラス『優先度01』の凛とした佇まいの女性構成員、ルカ。
カーネル・クラス『優先度02』の重装甲を誇る男、ハンス。
男たちに引けを取らない凄絶な威圧感を放つ女性幹部の姿に、女子訓練生たちからも息を呑む音が漏れる。
二人の戦いには、一般的な魔導士のような長々とした詠唱や陣の展開が存在しない。胸の『黒曜神経核』を経由して脳内へ転送された「高効率な既成コード(実行ライブラリ)」を直接呼び出し、ミリ秒単位で発動させる完全な『システム化魔法』だった。
「――カーネル・コード呼出。土属性ライブラリ・『土塊生成』」
「――直列コード接続。『構造高密度化』」
一瞬。優先度02のハンスの踏み込みと同時に、生成された土塊がラグゼロの連続処理によって超高密度の巨大な岩塊へと変質し、圧倒的な質量で押しつぶしにかかる。
「――カーネル・コード呼出。空間属性ライブラリ・『位相亜空間』」
対する優先度01のルカが静かに手を掲げると、ハンスの放った破城槌のような岩塊が、彼女の目前で「ねじ切られる」ように空間の歪みへと吸い込まれ、完全に消失した。空間そのものを切り取って格納・遮断する高度な亜空間魔法だった。
さらにルカは間髪入れずに追撃を叩き込む。
「――カーネル・コード呼出。霧属性ライブラリ・『位相散逸』」
ルカの身体が一瞬で透過する霧へと姿を変え、ハンスの死角へと一瞬で肉薄する。重低音と圧力が防魔ガラスを激しく揺らし、演習場全体が世界のバグのような光景に包み込まれていた。
(……なんだこれは。マジかよ……!?)
カイトは震える周囲の訓練生たちに紛れて深くうつむきながら、内心で激しい衝動と驚愕に打たれていた。
(長い詠唱をスキップして、《エクリプス・コア》から脳内へシステムコードを直叩きして実行している……!)
前世のSEとしての知識が、国家の敷いた魔術体系の正体を即座に読み解いていく。
この世界の魔導システムにおける権限構造は、驚くほど階層的だ。
自分たち訓練生は、権限すら与えられていない『Guestクラス』に過ぎない。言われた通りの手順でしか魔術を扱えず、胸の《エクリプス・コア》によって精神までシステムに統制されるだけの末端だ。
その上が、一般の魔導士が使う制限だらけの『Userクラス』。
そして目の前にいる彼ら『Kernelクラス』は、システム中枢へのアクセスを許され、あらかじめパッケージ化された超高効率な実行ライブラリを直接叩ける特権階層だ。
(教官たちが誇らしげに見せつけてくるわけだ……完全に権限のレベルが違いすぎる。カーネル・クラスの時点でこの領域なのか……! ならば、そのさらに上に君臨するシステム最高管理者――『Rootクラス』の権限を持つ男たちはどうなっているんだ……!? ライブラリを使うどころか、世界の法則そのものを直接書き換えてくるのか……!?)
圧倒的な技術の高さへの驚きと、技術者としての猛烈な興奮。カイトは《生体パラメータ偽装体》で恐怖に支配されているダミーの生体波形を監視モニターへ流しながら、うつむいた視界の裏側で《完全隔離空間》をフル稼働させた。
(とんでもない代物を見せつけられた……だが、仕組みさえ視界に捉えられれば解読できる! 絶望に浸ってる暇なんてない、あの『サブスペース』も『ミスト・フェイズ』も、全部俺のストレージにぶち込んでやる……!)
ルカとハンスが交錯する瞬間に流れた魔力伝達ラグ、構図パラメータ、通信波形――。
通常なら処理しきれない膨大な戦闘パケットを、カイトは拡張された脳のスレッドで分解し、完全隔離空間内の隔離ストレージへ夢中で吸い上げていった。
(キャプチャ完了……! 監視サーバーも《エクリプス・コア》も、この《エアギャップ》へのデータ保存に一切気づいていない)
教官たちは、絶対的な力を見せつけることで訓練生たちの意思を折ったと満足げに頷いている。
しかし彼らが「絶対秩序」として誇らしげに披露した最新の属性魔法ライブラリは、カイトの脳内ストレージへ『絶対に盗み出して自分のものにする攻略ターゲット』として丸ごと保存されていた。
(凄まじい魔法だった……! 今夜、隔離空間の中であのコードを解読して、俺の《エアギャップ》と組み合わせて再現できるか試してやる……!)
未知の高度コードへの驚嘆とハッキングへの熱量を胸に、カイトは脳内で静かに口角を上げた。




