第43話 観測者の綻び、あるいは例外の輪郭(Side:ゼノン)
静謐を極めた神聖術式監査局の中央管理室。無機質な白い壁面に埋め込まれた膨大な魔導演算盤が、青白い光を規則正しく明滅させている。
その中心で、ゼノン・フォン・グレイスは微動だにせず、宙に浮かぶ幾何学的なログの海を見つめていた。彼の右腕――精巧な魔導回路が露出した冷たい義手が、かすかに微熱を帯びて駆動音を立てる。
「……奇妙だな」
低く呟いたゼノンの琥珀色の瞳が、一箇所のデータに釘付けになっていた。
それは、特区ドミトリーの端子から外部へと流出した、極めて微小な「例外処理」の痕跡だった。データ構造自体は極めて美しく、まるで熟練のアーキテクトが手を入れたかのように無駄がない。しかし、神聖国の絶対的な法規と管理システムを前提とするならば、そのコードは明らかに「存在してはならないエラー」の修正だった。
(この出力量、そしてこの記述の癖……。まるで、システムそのものを上書きしようとしているかのような)
ゼノンは冷厳な顔立ちをわずかに引き締める。彼が管理するこの完璧な世界において、自身の意図しないところでシステムが書き換えられるなど、本来はあり得ないことだった。
(五歳という年齢の被検体、カイト・フォン・アデルハルト。……お前が、ただの怯えた保護観察対象ではないというのか)
ゼノンは銀灰色の長髪を指で軽く撫で、その特異な痕跡の発生源へと思考を巡らせた。カイトが持つ『黒曜神経核』の存在、そして他ならぬ彼が秘めているであろう未知の演算能力。それらが監査局の網の目をどう潜り抜けようとしているのか、ゼノンのなかで冷ややかな興味と、排除すべき脅威への確信が同時に膨れ上がっていく。
「面白い。どこまで隠れ通せるか、試させてもらおうか」
ゼノンは義手を操作し、カイトの周囲の監視ネットワークを一段階引き上げるための新たな監査コマンドを入力した。中央管理室の冷たい空気の中、静かなるカウントダウンが音もなく回り始める。




