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魔王軍の運用保守プロジェクト ~勇者(バグ)の過負荷攻撃から世界(システム)を守る辺境の中間管理職~  作者: AItak
新世界(Ver2.0)でも、俺たちの残業は終わらない

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30/30

第30話 世界は、まだここにある


 神様が世界の空から突きつけたアルゲリア新世界に対する冷酷な初期化の死の宣告。

 王宮地下の泥臭いトラブルシューティング部門の中央に吊り下げられた赤い巨大タイマーは、情け容赦のない重低音で俺たちの命の終わりへのカウントダウンを無機質に刻み続けていたッス。


 『10:59:59』


 残り時間は十一時間を切りいよいよ最後の一桁へと突入しようとしていた。

 だがこの油臭くてホコリまみれの極限の地下室の空気は、絶望なんかじゃ全くなかった。


 「おい、メインサーバーの第三ブロックから第四ブロックにかけてのトラフィックが通常時の四万倍に異常に膨れ上がってるぞ!! 放熱ファンが熱で焼け焦げそうだ!!」

 トカゲの先輩が悲鳴のようなそれでいて狂喜に満ちた叫び声を上げたッス。

 「すげえ……!! データ領域の実機メモリから強烈なスパークの熱波が物理的に飛んできやがる! あいつ、あの隔離室から飛び出したバグの勇者野郎があのクソったれなオーウェンのルートキットに、真っ向から正面衝突して本気で削り合ってやがるんだ!」


 俺たちの目の前にあるメインモニターにはシステムコア最深部のアドレスが映し出されている。

 光や音を持つ直接の映像はない。だがそこに表示される凄まじい速度で点滅する論理データの破壊と確保の膨大なテキストログこそが、自我を持ったバグの勇者HERO-010と世界を道連れにしようとする前アーキテクト・オーウェンの亡霊との歴史上最大のシステム深層での死闘をありありと中継していたッス。


 「ウェェェーイ! バグの勇者様が最前線で体を張ってデカい敵の的を一人で全部取ってくれてるんだ! ここから先は俺たちインフラ屋の得意な完全無欠の消化試合だぞ!! 足引っ張ってんじゃねえぞお前ら!!」

 ガルムさんが愛用のキーボードを真っ二つに叩き割らんばかりの異常な勢いで猛烈なタイピングを始めたッス。目の下のクマはもはや真っ黒を通り越して土気色だがその口角は最高に獰猛に獲物を狙う野獣のように吊り上がっている。


 「この第七十二層に残ってた第三インシデントの時の致命的なループエラーの残骸! コマンド・エンター!! 圧殺!!」

 「俺の物理配線も遅れねえぞ! ドラゴンの洞窟の気温パラメーターが魔王城の溶岩と混ざってたあの面倒なバグか! 第八十九番プラグを物理的にへし折ってバイパス完了だッ!! サーバーの熱なら俺がドワーフの根性で全部受け止めてやる!!」

 ドランさんが太い毛むくじゃらの腕から白い湯気を噴き出しながら人間の胴体ほどもある巨大な配線を次々と素手で束ねていく。


 今まで俺たちがこの長い七十二時間のデスマーチで苦しめられてきた数々の伏線のバグたち。

 神様の仕様変更の不備、過去のアホなアーキテクトたちの怠慢、パッチの当て損ない。そのシステムに蓄積された全ての負の遺産であるスパゲッティコードが、ガルムたちの神がかった超高速のタイピングによって今次々と鮮やかな緑色に塗り潰され解きほぐされていくッス!


 一時、オーウェンのルートキットの急襲によって七十パーセントまで無残に削り落とされていたシステム修正完了率の数字。

 それが勇者の最前線での文字通りの命を削る死闘とガルムさんたちの猛烈な後方支援によってみるみるうちに逆転し、弾丸のように跳ね上がっていく。


 『72%』……『78%』……『84%』……!


 「……見ろ! 完了率、九十パーセント突破ッ!!」

 俺が声の限り絶叫したッス!

 かつて誰も手が届かなかったシステム完全修復の奇跡の二桁の数字。俺たちの手で本当にこの理不尽な泥臭い世界を守り切る。その確かな勝利の予感に地下室のボルテージは最高潮に達したッス。


 ――だが。

 このアルゲリアのシステムは最後まで俺たちにタダで勝利の美酒を飲ませてはくれなかったッス。


 天井の赤いタイマーが重苦しい音を立てて『3:45:10』を切った時だった。


 ピーーーーーーーーーーッッ!!!!


 突如ガルムさんの手元のメインコンソールに、今まで一度も見たことのないような致命的エラーの重圧な警告ウィンドウが全画面で大量に展開されたッス。

 それと同時に順調にオーウェンを削り取っていたコア深層部のトラフィックが一瞬にして完全に停止し不吉な沈黙が落ちた。


 「……な、なんだってんだ!? 何が起きた! バグ側の逆侵食か!? それとも勇者がやられたのか!?」

 ドランさんが慌ててレンチを天井に向けて構えるが、画面を見つめるガルムさんの表情は一瞬にして冷水に浸かったように真っ青に蒼白になっていたッス。


 「違う……オーウェンのコードじゃない……。これは……HERO-010からの、物理領域から発信された緊急SOSログだ!」

 ガルムさんが震える手でターミナルを叩き深層コアの音声を無理やり地下室のスピーカーに繋いだッス。


 ザザッ……ザザザッ……。

 ひどいノイズ混じりの中から荒々しい息遣いと、重い金属がギシギシと軋むような悲鳴にも似たノイズが聞こえてきたッス。


 『ガ……ル、ム……!』


 「聞こえてるぞ!! お前今どういう状況だ!! 応答しろ!! なぜ攻撃の手が止まった!!」

 ガルムさんがマイクに向かって噛み付くように怒鳴る。


 『敵ノ、ルートキットハ……オレガ、聖剣デ、一番奥マデ、完璧ニ追イツメタ……』

 ノイズに塗れたスピーカーから勇者のお兄ちゃんの途切れ途切れの声が聞こえる。

 『ダガ……敵ノ残骸モ、最後ノアガキデ、システムニ、深ク根ヲ、張ッテ……逃ゲヨウト、シテイル。コノママ、倒スコトハ、デキナイ……』


 「どういうことだ!? お前の神の権限を宿した聖剣の力でも根本から消去しきれないのか!?」

 トカゲの先輩が冷や汗を流しながらマイクに問い詰める。


 『……聖剣ノ、権限ヲ、敵ノコアノ中心ニ……丸ゴト突キ刺シテ、物理的ニ、封鎖スレバ、今度コソ完全ニ消去デキル。……ダガ』

 HERO-010の声がそこで一瞬だけためらうように寂しそうに沈黙したッス。


 『封鎖スルニハ……剣ヲ、突キ刺シタママ。オレガ、ココニ、残ル、必要ガアル』


 「なっ……!?」

 俺は息を呑んだッス。

 剣をコアに突き刺したままその場に残る。それはつまり。


 「それじゃあシステムがお前のデータごとお前自身をコアの奥底に完全に縫い留めちまうってことじゃないか! 二度と身動きが取れなくなるどころか、強力なオーウェンのバグの爆心地でお前のデータが完全に破損して永遠にその狭間から帰れなくなるぞ!!」

 ガルムさんがコンソールを両手で叩きつけて血を吐くように叫んだッス。


 『……イイ……』


 通信の向こうで。

 HERO-010がとても静かにまるで心から満ち足りたように微かに笑う声が聞こえたッス。


 『オレハ、タダノ、バグダッタ。ダガ、ガルム……オマエタチガ、オレニ、生キル意味ヲクレタ……』

 彼の言葉にはもう隔離室で空を見上げていたあの迷子のような怯えはどこにもなかった。

 『オレハ、ココニイル。ココニ残ッテ……オレノ意志デ……コノ、セカイヲ、マモル』


 それは世界を救うために自らを犠牲にするというプログラムには決して書かれていない、勇者としてのあまりにも高潔で悲しい人間らしい自我の決断だったッス。

 俺もドランさんもトカゲの先輩も。誰もその崇高な自己犠牲の言葉に反論することができなかった。だって俺たちの命と世界は彼がそうしてくれれば確実に救われるんだから。


 だが。

 俺たちがいちばんよく知っているこの皮肉屋で人間嫌いで、誰よりもシステムを憎んでいるインフラ屋のリーダーだけは絶対に違ったッス。


 「……はっ。ふざけんじゃねえぞ」


 ガルムさんがひどく冷たいけれどその奥底にマグマのような煮えたぎる怒りと意地を孕んだ低い声でマイクに向かって吐き捨てたッス。


 「ただのバグの分際で俺の許可なく勝手に現場でカッコつけてんじゃねえぞ。勝手に世界を一人で背負って満足した気になってんじゃねえ」


 ガルムさんは絶対に泣かない。こんな世界の一番の山場で誰もが涙を流して感謝するような場面でさえ、少しも感動的なお涙頂戴の顔なんて見せない。

 彼はいつだって現場の論理でシステム屋の不屈の意地だけで狂った世界に反逆してきた男ッス。


 「お前はただのシステムの使い捨ての部品じゃない。今日から俺たちの大切な直属のデバッガーだ。死んでシステムの一部になるなんてそんな神が喜ぶようなクソみてえな仕様の美談、俺がこの手で全部ぶち壊して絶対にリジェクトしてやる」

 ガルムさんが愛用のキーボードのエンターキーを文字通り指から血が滲むほどの力で思い切り叩っ叩いたッス!


 「一人でなんでも背負えると思うな! ドラン! トカゲ! ゴブ太! 耳の穴かっぽじってよく聞け!! 俺たちの最後の作戦だ!!」

 ガルムさんが地下室の天井を突き破るような声で咆哮したッス。

 「俺たちが外側からシステム全体の全リソースをハッキングしてコアの根幹に外部から無理やりアクセス口を作ってやる! そこの一瞬の隙間からオーウェンのコアの一部を無理やり引き剥がす! そのコンマ一秒のスキに剣を引き抜いてバグ野郎を外に引っ張り出せ!!」


 「無茶苦茶言うな! システムの根幹に外部から直接干渉して物理的な隙間を作るなんてアルゲリアの魔力ネットワーク全ての出力を使っても足りるかどうか……!」

 トカゲの先輩がその絶望的な計算値に青ざめる。


 『足りるわよ』


 突然通信モニターの四分割された画面全てに王宮の上層部にいる四天王たちの姿が映し出されたッス。


 『私の管轄である全魔力ネットワークのバイパスを今から五分間だけ全てコアに集中させる! 後先は考えないわ、魔力回路が全て焼き切れても構わない!』

 レイナさんが美しい髪を振り乱しながら杖を掲げる。

 『情報統制局の全処理能力も回すよ! モブたちの認識がバグって空が七色になろうが知ったこっちゃない! 今はあいつの剣を抜くのが最優先!!』

 『王宮財務のメインバンクから蓄積した全魔力エネルギーの承認コードを強制バイパスしてそちらへ送金してやる! 借金はあとで神にでも取り立てさせろ、思い切り使えガルム!!』

 ソシアとドレインも自分たちの担当するシステムを限界までオーバーヒートさせ笑いながらターミナルに魔力を注ぎ込む。


 『アルゲリアの物理セキュリティの絶対障壁を今この瞬間、逆にコアへの侵入用ドリルの力へと反転させて貸し与える! ……お前たちのその手で世界最強の矛を以て、オーウェンの怨念の分厚い外殻を完全にブチ破れ!!』

 最後にザルガンが巨大な斧を振り下ろすように野太い声で吠えたッス。


 王宮の中枢と底辺の地下室。

 この世界で一番交わることのなかった異端のチームがたった一人の勇者を暗闇から引っ張り出すために、今一つに完全に直列接続されたッス!!


 「よし!! ドラン! メイン基盤の物理電源を限界の三倍まで叩き上げろ!! 熱で基盤が完全に溶け落ちようが絶対に気にするな!!」

 「おうよォォ!! ドワーフの魂の限界の鍛造、見せてやるぜェ!! フゥンヌァァァーーーッ!!」

 ドランさんが太い両腕で発火して真っ赤に燃え盛るメインバルブを、腕の皮膚に大火傷を負いながらも力任せに押し上げて固定するッス!


 「トカゲ!! 引っ張り出す勇者の巨大なデータ容量を受け止めるための予備の空きメモリ領域を物理的に今すぐ確保しろ!!」

 「やってるぜ!! ドラゴンの魔力回路を直接メインサーバーに接続して俺の脳みそを間借りさせて仮想領域を作ってやる!! 鼻血と耳鳴りが止まらねえがな、死にはしねえ!!」

 トカゲの先輩が細い尻尾をサーバーの端子に突き刺し顔面から血を流しながらターミナルを高速で操作するッス!


 「ゴブ太!! 断線しちまった三十七番ケーブルと四十二番の太いケーブル! お前が今すぐケーブルの山の中へ潜って物理で結び直せ!! お前のその小さな手が頼りだ!!」

 「はいッス!! 底辺ロジスティクスの意地、見せつけるッスよ!!」

 俺は燃えるような熱と放電を発する巨大な配線の隙間にゴブリンの小さな身体で強引に潜り込み、火花が散る太いケーブルを折れそうな短い腕で無理やり思い切り引っ張り飛んでガチンッ!と一つに繋ぎ合わせたッス!


 タイマーの数字が『0:03:10』……『0:02:40』と恐るべき速度でゼロへと向かって落ちていく。

 全ての力と全てのリソースがシステムコアのたった一点、HERO-010の剣の隙間に注ぎ込まれる。


 「行けェェッ!! HERO-010!! 俺たちがお前の帰る道を作ってやった!! 今すぐその剣を引き抜いて自力で帰ってこい!!」

 ガルムさんが血吐くような絶叫と共にエンターキーを完全に粉砕したッス!


 その瞬間。

 ドゴォォォォォォォォォンッッ!!!!!!


 地下室のメインサーバーの物理筐体が凄まじい衝撃と共に数センチ宙に浮き上がり、轟音を立てて再び床で跳ね上がったッス。

 四天王の膨大な魔力と俺たちインフラ屋の命を削る物理的な負荷によって作られたシステムコアの壁の一瞬の巨大な亀裂。

 そこを通って真っ白な閃光がオーウェンの真っ赤なルートキットを一刀両断に完全に削り取るのが、俺たちの目の前のモニターログではっきりと確認できたッス!!


 『Core Error : Owen_Vincent …… [ DELETED ] 』


 メインモニターにオーウェンの残した最悪の残留データが完全に世界から消去されたログが静かに流れたッス。

 それと同時に俺たちのシステム修正完了率の数字がついに。


 『 System Debug : 100% Complete 』


 百パーセント。

 完全修復の文字が点灯したッス!!


 勝った。俺たちがこの世界を最後まで守り切ったんだ。

 だが安堵に崩れ落ちそうになった俺の頭上で最後の無慈悲な音が鳴り響いたッス。


 ビーーーーーーーーーッッッ。


 天井の赤いタイマーが。『0:00:01』を刻みそこからついに数字が完全に進まなくなった。

 制限時間である七十二時間が完全に尽きたことを示すゼロのサイレン。


 『 Warning : Top End User Initialize Process Starting… 』


 冷たいシステム音声が鳴り響き地下室全体が、いやアルゲリアの世界全体が神の白い光に包まれかけて足元から世界が完全にフォーマットされようとしたその刹那だったッス。


 『 Error : Cancelled. System Condition = Normal. This process is not required. 』


 ふっ……と。

 何の前触れもなくシステム全体を包もうとしていた恐ろしい白い光が霧散し。

 七十二時間もの間俺たちを苦しめ続けずっと見下ろしてカウントダウンを刻み続けていた憎き赤いタイマーのホログラムが。

 電源を切られたテレビのように何の感慨もなくプツリと空中で完全に自然消滅したッス。


 それは神様が俺たちの努力の連携に感動して情けをかけたわけじゃない。

 システムが完全に正常に戻ったから。初期化という無駄な処理をする必要がないとただ機械的で冷たいアルゴリズムとしてシステムが自動で判定しただけだった。

 俺たちは神の仕様変更や気まぐれではなく完全な現場仕事の泥臭いロジックと数字だけで、絶対に不可能だと言われた最悪の神の仕様の裏をかき本当に覆してやったんス。


 「「「…………」」」


 タイマーの消えた全くの無音となった地下室。そこには焼けた油の匂いだけが漂っている。

 ドサリと限界を超えたドランさんから太いレンチが滑り落ちた。

 トカゲの先輩が白目を剥いて限界の果てに気絶して床に倒れ込んだ。


 「終わっ……た……。終わったぁぁぁ……! う、うわぁぁぁぁぁぁッッ!!」

 俺は熱くて焦げ臭い床に四つん這いになりながら、もう自分がゴブリンだとか最弱だとかそんなこと全部忘れて人目もはばからずに子供みたいにわんわんと声を上げて大号泣したッス。

 ドランさんも天井を仰いで太い腕で顔を隠しながら大きな肩を震わせて静かに男泣きしていたッス。


 だが。俺たちのリーダーは。


 「うぅ……ぐすっ……ガルムさ……ん……? えっ?」


 俺が涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げると。

 そこには俺たちと一緒に熱い抱擁を交わしたり涙を見せて感動の言葉を述べるでもなく。

 一人だけなぜか冷めた顔で自分のデスクに座り直し、先ほどまで世界を救った最強のキーボードではなくただの安いボールペンを握って黙々と紙の書類に何かをカリカリと事務的に書き込んでいるガルムさんの姿があったッス。


 「ガ、ガルムさん!? あんた世界救った直後になんで書類の神妙な顔して仕事してるッスか!?」

 ドランさんが目を丸くして突っ込んだその時。


 キィ……と地下室の重い鉄の扉が開いたッス。


 そこに立っていたのは。

 純白だったはずの神聖な鎧を油と泥とエラーのノイズで真っ黒に汚し、伝説の聖剣をボロボロに刃こぼれさせた新勇者のHERO-010だったッス。


 彼は泣いている俺やドランさんを不思議そうにコテンと首を傾げて見つめた後。

 書類仕事をしているガルムさんの背中を見つけてゆっくりと歩み寄ったッス。


 そして。今まで片仮名混じりの合成された機械音声しか発せなかった彼が。

 初めてほんの少しだけ感情の乗った柔らかくて温かい自然な人間の声の抑揚で。

 ガルムさんに向けてたった一言、仕事終わりの当たり前の挨拶を口にしたッス。


 「……おつかれ」


 その人間の言葉を聞いて。

 俺は今度こそ顔中の水分が全部飛ぶんじゃないかってくらいもう一度大声で泣き叫んでしまったッス。

 バグとして生まれ隔離室でゴミを粉砕するだけの存在だった彼が俺たちと同じように現場の匂いを知って。初めて仲間としてかけてくれた最高の言葉だったからッス。


 ガルムさんはボールペンの手を止めずに背中越しに軽く右手を上げてそれに応えたッス。


 「ああ、お疲れ」


 そしてガルムさんは大きなため息を一つついて書き終えたその書類をデスクの上にパシンと無造作に叩きつけたッス。


 「……全く。七十二時間ぶっ通しの無休息での命懸けのデスマーチ。……この超過残業代と特別危険手当の申請書、王宮の上層部はどうせまた申請期限切れとか何とかふざけた難癖つけて理不尽に全額却下しやがるんだろうな」


 世界は救われた。

 だがこの地下深くにいる現場の泥臭いインフラ屋の世界との闘い運用保守はまだまだ終わらないらしい。

 鼻をすするドランさんと気絶しているトカゲの先輩、そして新しくこの最低で最高の職場に入ったバグの勇者を見ながら俺はやれやれと笑ったッス。


 アルゲリア新世界はまだここにある。

 俺たち魔王軍運用保守プロジェクトの仲間たちの手で明日もきっとクソみたいなバグを叩き直しながらしぶとく生きていくッスよ!


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