第六話:変調の刻は来りて
問われたのは、ひとつの問い。
彼女を死なせたくないか、と。
是、と答える彼に、もうひとつの質問がされる。
生きていたいと思えるようになったか、と。
じっと見つめる黄金の瞳を見下ろして、暫くの後に、こくりと彼は頷いた。
問い掛けた相手は満足げに、そしてどこか嬉しそうにそうかと笑い、言った。
じゃあ、助けてやると。
「いたぞ、王女と邪眼の魔法使いだ!!」
「――邪眼の。王専属の魔法使いともあろう方が、何をぐずぐずしておられるのかな?」
偉そうにふんぞり返った初老の男は、国王に重宝されている魔導師だった。
魔導師に比べて魔法使いの数は少ない。
魔法使いは何もせずとも自由に無から有を生み出すことが出来るが、魔導師は精霊を術で使役し、その力を呪文によって行使する。
故に、魔法使いであるユーリスには遠く及ばないものの、その男もそこそこの力を持っていた。
いつもいつも、ユーリスに劣るからと彼を目の敵にしてきた男である。
異相だと嘲笑い、彼を痛めつけることを喜びとしていたような、碌でもない輩だ。
「陛下はご立腹ですぞ。勅命に逆らえば呪いによって死ぬこと位承知していよう? ――そこの卑しい血筋の娘に惚れ込んだのか? 化け物の分際で!!」
哄笑。嘲笑。侮蔑。
そんなものには、慣れていた。
変わらぬ表情につまらなそうに相手が鼻を鳴らした瞬間、計ったように呪いによる腕の痛みが増し、激痛に目の前が一瞬揺れた。
だが、悶える程の苦しみも堪え、崩れかけた姿勢を正す。
彼を支えながら、憤ったように唇を噛むルシオラに、ユーリスは無表情で向き合い、その手を離した。
「……陛下の、ご命令通りに」
そして彼は、軽く腕を振る。
その瞬間、その場にいた全ての者の、首が飛んだ。
――たった数人の、中央から離れていた兵士達と、赤い瞳の魔法使いを除いて。今まで偉そうな口を叩いていた魔導師も例外ではなく、赤い花を咲かせていた。
大量の血飛沫が飛び散るのを、魔法使いはじっと見ていた。顔色一つ、動かさずに。
「――王女の首だ。持って行け」
血濡れの青年は、物言わぬ躯となり果てた王女の髪を掴んで、その頭部を兵士に投げやった。
たった今惨殺された少女の生首を渡された兵士は、悲鳴を上げて首を取り落とす。
兵士たちは、口々に化け物! と叫びながら恐怖の表情を浮かべて、一目散に逃げて行った。
「……持っていかなくてよかったのか」
小さく呟く。
どうせ、もう彼の命は長くあるまい。
王女を殺せとは言われたが、兵士や魔導師を殺しても良いはずがない。
彼の呪いは王の一声で一気に身体を蝕むのだ。
血のように真っ赤な瞳で、血に塗れた魔法使いは、真っ青な空を見上げて――目を、閉じた。
人間達の争いなど知るものかと、木にとまっていた小鳥は羽ばたき、茂みに潜んでいた野兎は逃げ、草の陰に隠れていた蛙は、ぴょんと跳ねた。
――たとえどれだけ人が死んでも、世界は変わらない。
物言わぬ躯を見つめて、彼は段々と、景色が色褪せていくのを感じていた。
以前も、この感覚を感じたことがある。
けれどもあの時よりも更に根幹から、存在が覆りそうな程に、冷たい何かが這いあがってくる。
それが、心が潰れそうな程の絶望だと彼が知るはずもなく。
次の瞬間、強すぎる衝撃に襲われ、世界が暗転した。




