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カエルの王女様  作者: 水月 灯花


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  第四話:答えの在処



 太陽はとうの昔に沈み、森には夜に属す者達の鳴き声が響いている。

 松明の明りは随分前に消され、小屋の主は、健やかな寝息を立ててぐっすりと寝入っていた。

 月や星を眺めるのが好きだという少女は、寝台の側の壁に空いた小さな穴から夜空を見ながら眠るのが常らしく、修理しようと思えばすぐにでも塞げるだろうその穴を、そのままにしている。

 隙間風が入るのでは、と問えば、冬になったら塞ぐわよと軽く流していた。

 幸い、雨は降り込まないような位置にある。

 月の光が僅かに射し込んで、少女の無垢な寝顔が見えた。

 そのあまりにも安らかな寝顔に、彼は小首を傾げる。

 何故、彼女はこれほど無防備に眠ることが出来るのか。

 流石に、彼が此処へ滞在することとなった当初、二三日はやや警戒していたのか緊張していたのか、これ程までに安眠はしていなかった。

 けれど一週間も過ぎた頃には、今目前で晒されているように、深いまどろみの姿を見せていたのだ。


「………」


 物音ひとつ立てずに寝床から起き上がり、魔法使いは少女を見下ろした。

 細い首は、少しばかり力を込めればすぐに折れるだろう。そうでなくても、魔法を使えば一瞬で彼女の命は消える。

 自分が何を為しに来たのか知っていて、どうしてこの少女は、こうして眠っていられるのか――彼には、わからなかった。

 ふと先日、彼女がぽつぽつと語った話を思い出す。

 仮にも隣国の王女であったはずのルシオラは何故、あれ程に生き残る術を心得ているのか……それは、彼女の実母に理由があるのだという話だった。

 ルシオラが現在名乗っているのは、彼女を生んだ母の姓。

 隣国の城下町のある場末の酒場に、歌姫と呼ばれる美しい女性がいた。

 亜麻色の髪に珍しい琥珀の瞳、見た目は飴細工のように繊細そうな美しさを持つ女性だったが、その実、絡んでくる男をすんなりとかわす話術を持つ賢い女性で、しつこい相手を投げ飛ばせる位、ある程度腕も立った。

 その彼女に心を奪われた者の一人が、お忍びでやってきていた、在りし日のその国の王だった。

 半ば強引に口説き落とした末に、歌姫は国王の側妃となり、一人の女児を産み落とした。それが、ルシオラである。

父譲りの銀色の髪、母譲りの美貌に、神に祝福された証と呼ばれる聖なる黄金の瞳。王は娘にも愛を注いだ。

 だが、いくら美しくとも貴族ですらない女を娶り、熱烈に入れ込んでいるとあっては、元々気位の高かった正妃の嫉妬は凄まじかった。周囲の反発の声も目立った。

 後宮では危なかろうと、城内にある離宮でひっそり暮らしていた母と娘だったが、正妃からの嫌がらせの数々に耐えながらも仲良く過ごしていたある日、母は難しい病に倒れ、帰らぬ人となってしまう。

 王は最愛の女性の死を嘆き悲しんだが、残されたルシオラを可愛がった。

 それが更に、正妃の憎悪を煽り、日毎に美しさを増すその美貌を疎んだこともあり、よくよく、毒物であったり刺客であったり、殺されかけたのだという。

 そんな時、役に立ったのは母から教わった数々の知識。

 ルシオラの母は、この国の民と、遠い地を流浪する一族の血を引いていたのだ。古き賢者の末裔と密やかに謳われるその人々は、数多の知恵を持っていた。

 それは祖母から母に、母からルシオラへと伝えられたもの。

 王家の血よりも、その一族の血の方が誇らしいと、ルシオラは胸を張る。

彼女を生かしてくれたのはその血のお陰と言ってもよいので、当然かもしれない。

 いよいよもって己の命が危ういと感じて、間一髪で城を抜け出し、彼女は今の生活を送っているのだった。

 父王が病床に伏しており、もう余命幾ばくもないことはとうに知っていて、ルシオラは怒ったように言っていた。

あの人がもっとうまく立ち回っていれば、こんな目には遭わなかったと――確かに、彼女と母の置かれていた状況を作り出したのは父だろう。

母親に対する思慕と敬愛の口調と、父親への態度の違いから、父のことはあまり、好いていないのかと思った。

 しかし、精霊達が心配そうにしており、どこか悲しげだったことから、何となく、別に嫌いではないのかとわかったので、そのまま口にしたら……何故か殴られた。

理由がわからない。

馬鹿、鈍感、と罵られたことも正直、原因がわからなかった。


「………なぜ…」


 意識を回想から戻し、ぽつり、と言葉を漏らす。少女の寝顔は変わらない。

 そういった経緯を持つのに、どうして彼女は自分に警戒を持たないのか、本当に解さないのだ。

 命を狙われる危険を身を以て知っていて、どうして――。

 そしてわからないのは、自分が任務を全うしない理由。

 いつだって、機会はあったはず。

 ぴく、と何かに不快そうに眉を顰めると、いつの間にか少女の銀髪に吸い寄せられるようにして触れ掛けていた手を引き、寝床に戻る。

 いくつかの精霊が、こちらを伺うようにして近付いてくるのに、大丈夫だと仕草で答えて、身を横たえた。


 少女はただ、彼が、答えの出ないいくつもの疑問を抱えているとも知らずに、母の傍らで安心した子どものように眠っていた。


短くてすみません。

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