三十六歌目、桜
四月来て
桜眺めし
河原にて
さらさら流る
水の音かな
☆しがつきて
さくらながめし
かわらにて
さらさらながる
みずのおとかな
今回で三十六首目になりました。いや、桜も開花した地域がちらほらと出て来ています。当地はまだみたいですが。
けど、二分か三分咲きくらいにはなっているようです。満開するのが今から楽しみですね。
昔から、日本人は桜に対しては並々ならぬ関心を持っていたと言います。確か、和歌で「深草の野辺の桜し 心あらば 今年ばかりは 墨染に咲け」と言う一首がありまして。
詠み人は上野峯夫と言われています。意味は「深草にある野辺の桜よ、もしお前に心があるなら。今年ばかりは墨染色に咲いてくれ」となりますが。
確かね、上野峯夫さんが歌の師であった藤原基経さんが亡くなった際に詠んだと言われています。だから、こんなに悲痛な感じなのかと改めて思いました。
他にも桜にちなんだ和歌はありますね。
「久方の光のどけき春の日に 静心なく花の散るらむ」と言う一首もあります。
意味は「久しぶりの光の中、のどかな春の日なのに。静かな心もなく、花が散りいく事だ」となるでしょうか。今風に言うなら、「春の穏やかな日なのに。何故、花は散り急ぐのかな」とも受け取れます。
個人的には今風に訳した方がすんなりと受け入れられますね。
それでは失礼します。




