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【葛城貴志】『ケジメ』と『イロイロ』


 近寄ったカウンターの上には箱が二つ準備されていた。


 ──これを運べということか。


 手提げ部分に手を伸ばしたところ、今度は耳の奥にガラガラという異音が届く。

 音の発生場所は、店の奥からだ。


 ──この音は、台車?


「……………………」


 目の前に停まったそれを、言葉もなく見つめる。


 半畳ほどの大きさの台車の上には、ラッピングされた小箱が複数載せられていた。

 店員と共に、紅が数の確認をしているので、これらも購入品で間違いないのだろう。


 想像していた量よりもはるかに多いが、車まで運ぶこと自体は問題ない。


 しかし、これだけの量をどうやって消費するつもりなのだろう?


 そんな疑問が顔に出ていたのか、こちらの表情を目にした紅がニヤリと笑った。


「数に驚いたか? わたしが独り占めするわけじゃないぞ。来週から仕事でしばらく日本を離れるからな。その演奏ツアーの面々へ向けた手土産にしようと思って買ったんだ。なんと言っても、日本の菓子は美味い!」


 流石に独り占めするとは思っていなかったが、用途を聞いて納得する。


「来週から?──それは……すまない。家族水いらずの貴重な時間に邪魔することになって……」


 紅の来週以降の予定を知った俺の口は、気づくと謝罪の言葉を紡いでいた。


 申し訳なさを覚えるのは当然のこと。

 克己さんや子供たちと共に過ごす、僅かな時間に割り込んでしまったのだから。


「ははっ 貴志がそんな殊勝なことを言うなんて珍しいな。気味が悪いぞ? まあ……それを言うならお互い様だ。お前だって今週末には一時帰国を終えるんだろう? わたしとしては、真珠の今後についても気になっていたから、鑑賞会に同席できるのは好都合──だから、気にするな」


 気遣いの言葉だと分かっているが、素直にその気持ちを受け取る。


「そう言ってもらえると助かる」



 突然、紅が人差し指を立て、何かを思い出したように口を開いた。


「そうだ。言い忘れるところだった──ケーキの会計は、我が家持ちに変更しておいた。出資者は、お前の大好きな克己くんだ!」


 大好きというか……単に尊敬しているだけなのだが、敢えて否定はしなかった。


 台車を押しながら、紅と二人で歩くのはホテルスタッフ専用の通路。向かう先は駐車場だ。



 俺の横を歩いていた紅が、首を傾げつつ口を開いた。


「そういえば、お前は欧州(あっち)に何をしに戻るんだ?──大学はもう卒業しているんだろう?」


「ああ……四月から、師事していた教授の補佐も兼ねて日本の大学院に通う予定だったから、それまでの間は『ケジメ』をつける時間に充てるつもりだったんだ──結局、今回日本に来たことで自分の進路が大幅に変わることになったが……やること自体は当初の予定と変わらない」


 紅が眉間に皺を寄せた。


「ん? 貴志、質問だ──お前の言う『ケジメ』って何だ? まさか女関係の精算とかじゃあないだろうな。理香のこともあったから、紅子おねーさんとしては『タックン』の貞操観念を割と心配している」


 随分な言われようだなと思いつつ、理香の件を出されては──過去のこととはいえ、反論の余地がない。

 苦笑を返すだけに留めようと思ったが、おかしな誤解をされたままにしておくのも得策でないと思い至り、少しだけ否定を加える。


「紅が思うような、壊滅的な貞操観念は持ち合わせていない。ただ、進路変更の前に、やり残したことを片付けておきたかったんだ。後悔する前に、挑戦だけはしておこうと思っていたから──日本から戻ったら、その準備で大忙しだ」


 来年の秋の渡米に向けての出願手続き等も勿論ある。だが同時進行で、すべきことがあるのだ。それを成し遂げることができたら、自分の中で確かな自信が生まれる予感もあった。


「挑戦? よく分からんが、わたしに手伝えることがあったら遠慮なく言ってくれ」


「ありがとう。必要だと判断したら、そのときはお願いするよ」


 紅からの申し出に素直に頷き、口角を上げる。


「貴志──今のお前、なかなかいい表情をしているぞ。ふむ……心境は『ケジメ』とやらのために、一刻も早く欧州(あっち)に戻りたいってところか?」


 上機嫌な様子で、紅から問われた。


「半分アタリで……半分は、ハズレ──だ」


 隠すつもりもなかったので、現在の気持ちを偽りなく話す。


「──勿論、挑戦もしたい。が、このまま日本に残りたいというのも本音だ──こんなに離れがたく感じるなんて、数週間前の自分からはまったく想像もできなかった事態で……正直──気持ちが追いついていない」


「そうか……そうだな。家族と離れるのは……寂しいものだ……」


 しんみりとした紅の声が響いた。

 けれど、慰めてもらいたいわけではない。


 吐露してしまった弱い心を隠すように、話題を少しだけ変える。



「紅もこんな気持ちを抱えながら、家族と離れて世界中を飛び回る仕事をしているんだな──ほんの少しだけだが、見直したし……『アカ』を尊敬? できるようになった……多分」



 子供の頃のように、「タックン」と呼ばれたので、それにあわせて「アカ」と呼んでみる。


 紅の眉がピクリと動いた。


「なんだその、ほんの少しだけっていうのは。しかも、何故に疑問調なんだ? 『多分』という言葉尻も気に食わんぞ──だがまあ……今日のところは、わたしの足になってくれることに免じて、許してやらなくもない──」


 そこで言葉を止めた紅は、どうしたことか微かに表情を曇らせる。


「──家族と離れる……そういう仕事を選んだのはわたし自身だ。まあ、最近は、『イロイロ』と思わなくもないんだがなぁ……」


 歯切れの悪い様子が気になったので、「『イロイロ』?」と鸚鵡返しで質問する。


「すまん。ちょっとな。ただ……あることを検討しているだけだ──そんなことよりも、貴志! わたしに質問したいことがあるんだろう? 例の、お前が送ってきたテキストの件で」


 テキスト──真珠を紫織さんに頼んだあと、紅に送ったメッセージの内容を指しているのだろう。


 本当は待ち合わせた時点で確認したい事項がいくつかあったのだが、出会って早々に腕を掴まれ、破竹の勢いで店内に連行されたので、あの場での質問が叶わなかったのだ。


「ああ、訊きたいことがある。美沙とアオの遣り取りの現場に、紅もいたんだろう──アオは何と言っていた? その時の様子は?」



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