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はぐれ精霊医の診察記録 ~聖女騎士団と癒やしの神業~  作者: とーわ


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第九十三話 前進


 砦の中には規律違反を犯した者や、脱走兵を捕らえて収容するための施設があった。懲罰房――移動式の幕舎とは違い、木材と石材を使って作られた小屋だ。


 ディーテさんに連れられて、俺はノインと一緒に懲罰房の中に入った。中にはアスティナ殿下、ラクエル騎士長の姿がある。


 アレハンドロは地面に深く打ち込まれた柱に、鎖で繋がれていた。鎖骨のあたりに矢を受けて、かなりの出血があったようだが、止血処置を受けて包帯を巻かれている。


 肌は青ざめ、唇からも少し血の気が引いているが、傷が化膿するようなことがなければ命を落とすことはないだろう。アレハンドロを捕虜として生かすのか、敵将として討ち取るかは、殿下のご意思次第だ――しかし殿下は、尋問をした敵将を処刑するという選択はなさらないように思える。


 ノインはアレハンドロの姿を目にして少し動揺していたが、俺の服の裾をそっと掴んでくる。自分を服従させていた相手の前に立つのだから、その感情は察するに余りある――少しでも落ち着くのなら、俺の服くらいは伸びても構わない。


「グラス……立て続けに、あなたに重要な役目をお願いすることにはなりますが。あなたの目から見てアレハンドロは、尋問に耐えうる状況にありますか?」

「長時間は難しいですが、必要なご質問をされるだけであれば問題ないと思います」

「分かりました。私たちも、できることがあれば手伝いを……」


 ディーテさんが申し出てくれるが、ルーネの力を借りるなら尋問はスムーズに進むだろう。そのルーネはノインが抱えていたはずだが、いつの間にかいなくなっている。


「ん……ル、ルーネ。どこに行ったのかと思ったら……」


 ルーネはこともあろうに、殿下に抱きついていた。身長差がかなりあるので、腰にすがりついている状態だ。


「……王女様のにおい、懐かしい匂いがします。母さまみたいです……」

「……申し訳ありません、私はあなたのお母様ではないのですが。ユーセリシスは、あなたに関わりがあるのでしょうね」


 神樹――全ての植物を統べる存在。その根源(ルーツ)が精霊界にあるとしたら、アルラウネもまた神樹の子供のようなものと言えなくもない。


「でも、こっちのお姉さんもいい匂いなのです。そっちのお姉さんもなのですっ」

「そ、そうだろうか……戦いを終えたばかりだから、良い匂いというわけではないと思うのだが……」

「もしかして……魔力に惹かれている部分もあるのでしょうか?」

「魔力もそうなのですけど、私は召喚主さまと仲良くしてくれている人が好きなのです。ラクエルお姉さんと、ディーテお姉さんとでは、同じくらい召喚主さまのことが……ふむっ」


 何か突拍子もないことを言いそうだったので、思わずルーネを捕まえて口を塞ぐ。精霊なので呼吸ができなくても大丈夫だろうが、苦しくないように軽く手を当てるだけだ。


「ルーネ、急にそういうことを言ったら皆も驚くからな。叱られないようにしないと」

「……ふむぅ」

「い、いや、叱るということはないのだが……何を言おうとしたのだ」

「お、おませさんですわね、ルーネは……先生が止めに入ってくれて良かったですわ」


 ルーネは不服そうだが、大人しくなったので解放してやる。ルーネは俺を見上げて「いーっ」とするが、ラクエルさんとディーテさんには可愛らしく見えたのか、二人とも笑っていた。


「……ルーネを見ていると癒やされますわね。ここは敵地だということを、忘れてはいけませんけれど」

「グラス、自分の精霊と言えど、あまりいじめるものではないぞ」

「い、いじめてるわけでは……あっ、こら……」


 ルーネはラクエルさんが味方と判断したのか、彼女の後ろに隠れてしまう――しかし殿下がそっと覗き込んで、ルーネを抱え上げると、俺のところに連れてきてくれる。


「はぅ~、捕まっちゃったのです。召喚主さま、仕方ないので言うことを聞いてあげるのです」

「はは……ありがとうと言っておくところか」


 微動だにしないアレハンドロを前にしても全く動じないルーネを見ていると、やはり精霊である彼女は、見た目通りの子供ではないのだと思う。


 そしてルーネは、殿下と触れただけで意志の疎通ができるようになっている――神樹の巫女である殿下は、植物の精霊と同調する力を得ているということだ。


 殿下に連れられ、ルーネはアレハンドロの前までやってくると、地面に向かって手をかざす。すると地面に魔法陣が生まれ、ルーネの本体といえる妖花が芽吹き、見る間に花を開いた。


「この小さな子が、こんな力を……いつ見ても、魔法とは神秘的ですわね」


 ディーテさんは感嘆しながらも、油断せずにアレハンドロの動きに注意を向けている。ラクエルさんも同じだ――今は動けないとはいえ、プレシャさんを追い詰めた相手なのだから、油断はできない。


 やがて妖花の花粉はアレハンドロの周囲に浮遊し、呼吸と共に体内に取り込まれ――その瞳がわずかに開く。


「……改めて確認します。あなたはアレハンドロ将軍ですね?」

「……そうだ……」

「では、これから幾つかの質問に答えてもらいます。淀みなく答えてください」

「……ああ……」


 アレハンドロが返答したあと、殿下が前に出る。俺は横に控えて、アレハンドロの様子を注意深く観察しながら尋問を見守る。


「……あなたは、レーゼンネイアの人間と通じて、アイルローズ要塞を奪おうとしていたのですか?」


 催眠をかけて、一度に質問できる時間は長くはない。自我が変容するまで、数分といったところだ――遠回りをしている時間はない、全ての質問が核心に触れるものでなくてはならない。


「……そこにいる女……水の魔法士、ノイン・フローレス……レーゼンネイア王国側が、彼女の力を利用するようにと、手引きをした……」

「その、手引きをした人物は何者なのですか……?」

「レーゼンネイアの宮廷魔法士に命令を与えられる者……そんなことができる人間は、貴君らの国の中でも限られている……」


 アレハンドロは推測するのみで、答えは知らない――ただ『レーゼンネイアの誰か』に、ノインの力を利用するように仕向けられただけだった。


 それは間違いなく、レーゼンネイアの第二王妃カサンドラ殿下と、彼女と通じている宮廷魔法士ヨルグ・フロストの仕組んだことだ。アレハンドロがそれを知らないなら、想像していたよりは、ジルコニアとカサンドラ王妃の繋がりは密接なものではないと考えられる。


 他の将軍、あるいはジルコニア皇帝の周辺までカサンドラ王妃が通じていたら、ジルコニアと話し合いのみで停戦することは難しくなる。アレハンドロの他にも密通者がいたことが分かっているが、彼らはジルコニアの中枢に関わっていないと思いたい――。


「私たちの領地から、ジルコニアに武器を秘密裏に流していた者がいました。そのことについては把握していましたか?」

「……それを手引きしていたのが、西にある砦……軍船の拠点として作られた施設……その指揮を執っていた、ベイルという男だ……私はベイルに物資の補給を要請し、軍船を使って我が軍と連携するように命じた……しかし、あの男は……」


 なぜ、ノインを使ってベイルを籠絡させるような手を使おうとしたのか。それはベイルが自分の立場を利用し、アレハンドロと駆け引きをしていたからに他ならない。


 ベイルが動かなければ、離れた二つの地点から上陸してアイルローズ要塞を攻めるという作戦は取れない。ノインがジルコニアに送り込まれたこととは別に、レーゼンネイアから武器をジルコニアに横流しする動きがあり、はからずもジルコニア軍の分裂を生んでいたということだ。


「……あんな作戦を使うようでは、信望を得られなくても仕方ありませんわね」

「やはり、西の造船所を狙ったのは正解だったのだな……ベイルを捕虜として、ノインを救出したからこそ、アレハンドロは打つ手を失っていったのだから」


 本当にそうだ――宮廷魔法士一人でも戦局を変えられると話には聞いていたが、ノインもまたそれを体現していると思う。アレハンドロは元は魔法士なしでも優秀な指揮官だったのだろうが、ノインの力を知って依存していったことは想像がつく。


「……グラス様のおかげです。あの時グラス様に出会っていなければ、私はまたこの男の元に戻っていたかもしれない」

「戦場で女を利用しようとする男は、何度も見てきたが……やはり、許せぬ」


 ラクエルさんはアレハンドロに怒りを向けるが、殿下がそれを制する。


 俺が見た、プレシャさんの過去――その中でも、軍人の男性の中に、非道なことを考える輩がいることをまざまざと見せられた。


 全員が、そうではない。戦場に身を置くうちに心をすり減らして、権力への妄執に囚われていくこともあれば、そうではない人だっているはずだ。


 この戦を終えても、皆が笑って元の暮らしに戻れるように、俺はするべきことをしなくてはならない。軍医としてここにいられることを、今は天命だとすら思う。


「……召喚主さま、この男の人はかなり催眠への抵抗が強いのです……っ、もうひとつだけ質問をしたら、催眠を解いた方が良さそうなのです」

「ああ、分かった。殿下……」

「いえ。ノイン……アレハンドロに、何か言っておきたいことはありますか」

「っ……で、殿下……私のような者に、このような重要な機会を与えてくださるなど……」

「あなたにはそうする権利があると思います。私たちの騎士団でこれから働いてくれるとしても、少しでもしがらみを解かなければ、辛くなってしまうでしょう」


 冥霊から解放されただけでは、終わってはいない。倒れたアレハンドロを目にしてもなお、まだ本当に自由になれたわけではない。


「……私は……もう、あなたには縛られていない。あなたの命令は、届かない」

「……違う……ノイン……お前は、俺の……」


 ルーネの言う通り、アレハンドロは催眠に抵抗している――ノインに対する執念が、それほど強いということだ。


 ここで助けようとすることが正しいのかは分からない。彼女一人で乗り越えなければいけない相手なのかもしれない。


 それでも俺は、少しでもノインが前に進めるようにと、その肩に手を置いた。


「……グラス様……」


 ノインは自分の手を俺の手に重ねる。『水』と『植物』の魔力が親和する――これほど相性が良いのなら、魔法を使わずともノインの精神の乱れを落ち着かせられる。


「……あなたの答えは聞いていないわ。その状態でも聞こえているなら、私の言葉だけを刻みつけておきなさい……あなたは負けたのよ。アスティナ殿下の率いる、アイルローズ騎士団に」

「――!!」


 アレハンドロが目を見開く――激昂しかけたそのとき、ルーネが睡眠効果のある花粉でアレハンドロを包み込む。


「っ……が……ぁ……」


 催眠花粉の濃度を高めると、アレハンドロはすぐに意識を失う。がくんとうなだれたアレハンドロを見ながら、ノインは胸に手を当てる――それほど勇気が必要だったのだろう。


「……殿下、申し訳ありません。殿下の御前で、恨みを晴らすようなことを……」

「いえ。アレハンドロは、自分の部下の命を犠牲にするような策を使いました……それでも、後悔など微塵もなかった。それでは彼の命令に従って死んでいった者たちが報われません」

「敗北を自覚していない人間というのは、特に諦めが悪いものですわ。念押しの一つもしておいた方が良いでしょう」

「殿下、アレハンドロとベイルについては重要な捕虜として、ジルコニアとの交渉材料となるでしょう。しかしアイルローズ要塞に連れ帰れば、再びヴァイセックが干渉してくると考えられます……このまま、もう一つ駒を進めるべきと考えますが、いかがいたしましょうか」


 ラクエルさんに問われた殿下の瞳が、一瞬だけ、ここではないどこかを見つめるものに変わる――神樹の力による未来視を行ったのだ。


「……ラクエル、あなたにこの砦を預けます。ブリジット、クロエと共に、数日ほどここで待機していてください」

「はっ……承りました。殿下はどうされるのですか?」

「私は一度、アイルローズに手勢を率いて戻ります。私たちがジルコニアに攻め入ることは、中央に予見されている可能性が高い……私たちの要であるアイルローズ要塞を接収されるようなことは、避けなくてはなりません」

「……あの男……ヴァイセックの考えそうなことですわね。殿下、私とプレシャも同行させていただいてもよろしいでしょうか」

「はい。グラス、魔法士の二人の配置については貴方に任せます」

「殿下、この砦の防衛については私にお任せください。周辺の地形については、滞在していた時期にある程度把握しています」


 ノインが自分から申し出てくれる――この砦を攻め落とす時にも活躍した彼女が残るのなら、防衛においても貢献は見込める。


 俺はレスリーと一緒に、殿下に追従してアイルローズ要塞に戻ることになった。ジルコニア方面の憂いが消えるとしても、本来仲間であるレーゼンネイア軍が、反逆罪の濡れ衣を着せてくる可能性がある。


 ここが正念場だ――殿下が統治者となって独立領を作るには、後顧の憂いをなくさなくてはならない。俺は殿下の馬に、レスリーはプレシャさんの馬に乗って、まだ雨露の残る平原を、要塞のある南に向かって駆けた。

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