第七話 救援
「レンドルさん、少し待っててくれ。あのままじゃ、あの人が殺される……俺も魔法士の端くれだ。みすみす何もせずにいるわけにはいかない」
「私も行きます。こう見えても、グラス様をお守りするために護衛の心得がございます」
レンドルさんは小剣を携えて言う。御者の男性はどうしていいのか分からず、ただ狼狽えるばかりだ――このままではまずい。
「馬車と一緒に、道の脇に隠れていてください! もし可能なら、関所まで戻って助けを呼んでもらえると助かります!」
「っ……お、お客さんっ……!」
無謀と思われることは百も承知だ。しかしこちらに、全く勝算がないわけではない。
これだけ草が広がっている場所なら、俺でも多少は戦うことができる。
羊を守るために戦っている男性に、ゴブリンたちが殺到する――猪を小屋にぶつけ、飛び降りたゴブリンも、今は地上を走っている。
そう――植物精霊使いである俺の言葉に応じてくれる、『背の高い草』の上を。
「大地を覆う緑草よ。我が敵を阻み、妨げよ……『足絡み』!」
足元の草に手をかざし、詠唱する――誰も教えてはくれないので、精霊魔法の基本詠唱句を改変し、実用化できるまで改良を重ねてきた。
元素魔法の破壊力には及ぶべくもない。しかし、全く戦えないわけではない……!
「ギィィッ!」
「ギヒッ! ギ、ギギ……!」
ナタのような武器を構えて飛びかかろうとしたゴブリン――その足を踏み切る瞬間に、足元の草が絡みつく。
倒れてさえしまえば、さらに追い打ちをかけられる。戦闘で立て続けに魔法を使うのは初めてだが、甘いことは言っていられない。
「大地を覆う緑草よ……我が敵を縛り、戒めの……」
「グラス様っ……!」
同時に十数体のゴブリンを足止めする。実戦経験のない俺には、それがどれくらい消耗することなのか、理解できていなかった。
ぐらり、と視界が揺らぐ。『スネア』の拘束が弱く、いち早く脱したゴブリンが、俺に向けて弓を構える――しかし。
「――はぁっ!」
俺の前に割って入ったレンドルさんが、前方に向けて手をかざす――何か魔法を使ったのか、俺に向けて飛来した矢が弾かれ、地面に突き立つ。
「あなたは絶対に傷つけさせない……私は、そのためにここにいる……!」
次々にゴブリンが拘束を逃れる。このままでは牧場の人も、俺達も生き残れない。
模擬戦に参加できなくとも、魔物との戦いに備えて、自主的に戦闘の訓練をしておくべきだった。
――だが、俺の精霊魔法はゴブリンに通じなかったわけではない。多少身体がぐらついたくらいだ、これ以上魔力を消耗しても、数日昏睡するだけで済む。
死にさえしなければ、それでいい。俺を守ろうとしてくれたレンドルさんを、そして自分の大事なものを守ろうとする人を、生き延びさせられるのなら。
「っ……グラス様、いけませんっ! もう十分です、それ以上は……っ!」
詠唱を口にする。敵を遠くから吹き飛ばす魔法が有用とされる、そんなスヴェンの言葉が脳裏をよぎる。
(人を守るためには……癒やすための力だけじゃ、駄目なのか。何も、守れは……)
――そのとき、平原に、高らかな角笛の音が響き渡った。
笛と共に、西の方角から現れたのは――勇壮に馬を駆る、三人の騎士たち。
白金のごとき美しい髪をなびかせる女騎士と、その両隣に追従する槍騎士、弓騎士の三人だった。
「領民を傷つける魔物は一匹足りとも逃がしません。蹂躙なさい、ラクエル、ディーテ」
「「はっ!」」
猛然と馬を走らせ、駆け抜けてきた騎士たちが、起き上がったゴブリンたちをものともせずに蹴散らしていく。それを朦朧として眺めながら、俺は思う――。
『剣姫将軍』と呼ばれる人物があの女騎士であったなら、これほど美しく、憧れるほどの強さを持つ存在だったのかと。