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第八十一話 癒やしの目的

 俺は一度居室に戻り、ノインとレスリーに今後の指示を出す。二人とも、軍属魔法士というよりは、俺の助手という位置づけになるので、広い要塞の中を分担して回り、兵士たちの健康状態について確認してもらうことにする。


「最初は二人で一緒に行動してもらった方がいいな。ノインも慣れてきたら、改めて分担を決め直そう」

「はい、主様のご命令とあれば」

「……その、主様っていうのは、皆が驚くから。別の呼び方にした方がいいと思います」


 レスリーは年上のノインに対しても、遠慮せずに意見を言う。そんな彼女を見て、ノインは特に気を悪くした様子もなく、楽しげにしていた。


「私の中に、それ以外には彼を呼ぶべき言葉が存在しないのよ」

「っ……そ、それを決めるのは、あなたじゃなくて、グラス兄ですから……」


 レスリーにそう呼ばれる機会がめっきり減ったので、何か感慨を覚えてしまう。男装をして、俺の従者としての振る舞いを徹底していても、やはりレスリーはレスリーなのだ。


「……レスリー、あなたももう少し素直になればいいのに。でも、その純粋さが、私にはとても好ましいけれど」

「私は……純粋なんかじゃ、ないです。ただ、自分のしたいようにしているだけ……」

「そう? それなら、なおのこと好ましく思えるわ」


 まだノインのことをよく知らない俺は、ただ今のやりとりを聞いただけでは、ノインの言葉に込められた真意の全てはわからない。


 ノインは望んで宮廷魔法士となったが、その意志をヨルグ=フロストによって捻じ曲げられてしまった。冥霊を宿されていた間、彼女が心と身体に受けた苦痛は、その言葉の端から伝わるだけでも、想像するに余りある。


「申し訳ありません、主様。レスリー様のご意見も、主様と同じだけ尊重すべきと思っているのですが、私にも譲り難いことがございまして」

「ま、まあ……俺もレスリーと同意見ではあるんだけど。ノインがしたいようにするのが、一番いいかもしれないとも……」

「……グラス兄、ノインさんに甘くない? 学院で、凄く美人で才能もすごいって有名だったから、グラス兄も……」

「私は学院に居たときから、主様には気を留めていました。よく、中庭で植物を見ていらしたのを覚えています」

「ははは……まあ、変人扱いされてたからな。俺を気にかけてくれるのは、レスリーとスヴェンくらいだったよ」


 レスリーを見やると、何か不満そうだった彼女だが、懐かしむように笑ってくれた。


「学院の規定で『はずれ』とされた精霊が、本当にそうなのか……誰も疑問を持たないようにしてきました。しかし、それは間違いだった。主様の魔法が素晴らしいものであると分かれば、学院の体質も変化すると思うのですが」

「それは一朝一夕で変えられることじゃないが、元素精霊以外の使い手の評価については見直されるといいとは思う。学院から見れば『はぐれ』の俺が、できることは限られていると思うけどな」


 シルヴァーナ魔法学院。王国を支える魔法士を輩出してきた、この国における最高学府。


 そこを離れて初めて、俺は自分の魔法に価値があること、戦争に有用な精霊以外でも、人々に必要とされるものだと実感することができた。


 学院にはミレニア義姉さんがいる。俺のことを見放さずにいてくれた彼女なら、きっと今の学院の体質にも疑問を感じているはずだ。それでも精霊を差別しないという方針を打ち出せないのは、この国自体の慣例によるものだろう。


「……グラス兄の精霊魔法は、本当にすごい。だから、あまり広めないで、秘密にしてた方がいい。そうじゃなかったら、敵に狙われるから」

「そうね……私が主様を命に代えてもお守りするとしても、まず狙われないように振る舞うことが大切ではあるわね。主様、そのように考えてよろしいですか?」

「そうしてもらえると助かる。侮られた方がいいっていう場面もあるんだろうからな」

「貴方の精霊の素晴らしさを、限られた人物のみが理解する……ということですね。私もその一人になれるのなら、身に余る光栄に思います」

「……グラス兄は褒められるのに弱いから、そんなに次々言わないで」

「ま、まあ……そこはレスリーの言うとおり、持ち上げすぎないでくれると助かる。俺も人間だから、気の緩みはそういうところから生じるからな」


 やはり、ノインも含めた三人部屋というのは、俺が堕落してしまうかもしれないという点で由々しき問題がある。現状の厳しさを認識してもっと気を引き締めろ、と言われたらそれまでなのだが。


   ◆◇◆


 要塞内で不調を感じている人をレスリーとノインに探してもらい、衛生棟に連れてきてもらって治療する。幸いにも、全ての症例に対して持ち合わせの薬草で薬を用意して対応することができた。


 すでに衛生棟を出て任務に戻った兵士も何人かいる。彼女たちは俺に手紙を書いてくれているが、なかなか目を通す時間が取れない。


「みんな、グラス先生のことが大好きなんですよ。いつも気にかけてくれてくださることが、伝わっているんだと思います。ずっと話すことができなかった人が、グラス先生の回診はまだですか、って聞いてきたりして……」


 衛生棟の詰め所で俺の仕事を手伝ってくれているケイティさんが、そう話しながら瞳からこぼれかけた涙を拭う。


「俺はまだ、ここに来たばかりで……こんなに感謝してもらうと、逆に申し訳ないと思ってしまうんですが。手紙などを貰うと、照れてなかなか開けられません」

「落ち着いてから……と、私が言ってはいけないのかもしれませんが。どうか、読んであげてください。私も、自分の手紙を読まれるみたいに緊張してしまいますが」

「俺もそうなんです。いいことが書いてあったら、それは嬉しいですね」

「……グラス先生は謙虚すぎます。ご自分のされていることが、どれだけ傷ついた兵士たちの癒やしになっているか……」


 そう言ってもらえることを嬉しく思う。しかし、俺がみんなを治療するのは、全ての人が戦線に復帰するわけではないとしても、兵士たちを再び戦場に送り出すためだ。


 戦いではなく、兵士たちを穏やかな暮らしに戻すことができたら。それを理想として抱くだけではなく、実現するために、俺はアスティナ殿下についていくと誓った。


 ――そうすることで、義姉さんとぶつかることになりはしないか。もしそうなったとしたら、どうすれば戦いを避けられるのか。今から、可能性として考えておかなくてはならないと思う。


「……でも、時々とても難しい顔をされて。こんなに優しいお医者様を戦場に連れてきて、酷い状況を見せて、また前任の方のようなことになったら……」

「それは、心配しないでください。俺は俺なので、簡単には変わらないですよ。どんな状況でも折れないって、友人とも言っていましたしね」

「素敵なご友人ですね……あっ。もしかして、レンドルさんのことでしょうか?」

「え、ええと……まあ、レンドルさんもその一人ではあります」


 ケイティさんはまだ、レスリーのことを「レンドルさん」という男性だと思っている。レスリーの家のことを考えると、本当の素性を知っている人物は限られた方がいい――となると、ケイティさんにはまだ明かせない。


「私も魔法を学ぶために、魔法学院に行っていたら、グラス先生と……なんて、夢のような例え話をしていたらだめですね。私、宿直を代わってきます」

「あまり無理はしないでください。疲労が取れるように、飲み薬を出しておきますね。お茶に入れて飲むと、身体が温まりますよ」

「ありがとうございます……グラス先生は、本当に優しいです」


 最近どうも褒め殺しみたいになってきているので、何とか人間関係のバランスを元に戻したい――というのは、逆に驕った考えなのだろうか。


 俺は満面の笑顔のケイティさんに手を振られ、衛生棟を後にする。そろそろ夕食の時間だが、まず先に、プレシャさんの元を訪ねるとしよう。


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