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第七十六話 新たな従者

 誰かが叫ぶ声がする。レスリーだけではない、みんなの声だ。


 しかしアスティナ殿下だけが何も言わずに見ている。彼女には分かっているのだ、何も心配する必要はないのだと。


 俺に向かって黒い牙を剥いたまま、蛇がぴたりと止まる。俺は蛇に手をかざす――そうするようにと、神樹ユーセリシスが言っている気がした。


 ――我が枝に住まいし宿樹(ミストルティン)よ。穢れし水より、全ての生命の源となる雫をもたらせ。


「……あぁぁぁぁっ……!」


 ノインが苦しみの声を上げる――それは彼女に宿っている冥霊の断末魔に引きずられたものでもあった。


 冥霊を祓う時に生じる、精神と肉体の両方を苛む苦痛。しかし彼女を癒やしたのもまた、神樹の眷属であるヤドリギだった。ノインの足に絡みつき、冥霊が奪ったノインの生命力を吸い上げて見る間に枯らすと、穢れた力を元の生命力に還元し、ノインとアプサラスに返していく。


 衰弱して死の淵にあったアプサラスが、精気を取り戻す――全身に淡い光を帯び、薄衣をまとったその姿は、まさに天女と呼ばれるにふさわしいものだった。


 そして冥霊は、完全に消失する――いや、冥界へと帰っていく。


 解放されたノインが、俺のことを見た。それは彼女と会ってから初めて、純粋に彼女のみの意志でなされたことだった。


「……こんな……こんなことが、本当に……」


 ノインが顔を覆う。本当は、それほど思い詰めていたのだろう。


 死という言葉に引きずられたノインの姿は、悲壮でしかなかった。しかしもう、絶望する必要などない。彼女を縛っていた冥霊は、神樹の力で祓われたのだから。

 

 ヤドリギはノインから離れると、一度実体化を解く。そして、俺の腕に絡みつくようにしてもう一度実体化した。


 恐れることはないと、ユーセリシスが語りかけてくる。ヤドリギに宿る意志もまた、俺に直接呼びかけてくる。


 ――宿樹ミストルテイン、偉大なる母神ユーセリシス様の命にて、これより貴方様を主と認め、お仕えいたします。以後、お見知りおきを。


「ああ、よろしく頼む」 


 ――危うい時には、遠慮なくご用命ください。私には今回お見せした以外の、『本来の役目』があります。


 そう、俺が植物に惹かれてやまないのは、備えている特徴が一つだけではなく、研究すればするほど違う側面を見せてくれるからだ。


 ミストルティンもまた、別の局面でも活躍してくれるだろう。アルラウネもマンドレイクも、神樹の庭園で会った植物も、浮遊鬼蓮も――俺が本来研究したいのは、植物が持つ癒やしの力だ。こうして戦うために力を貸してくれたことには、感謝は尽きないが。


「ノイン、これで君は冥霊から解放された。もう、意に沿わない命令を聞く必要は……」


 言い終える前に、ノインはあろうことか、魔法陣の上で膝をつき、俺に深く頭を下げた。


「これから共闘しようっていうのに、そんなことをする必要はない。頭を上げてくれ」


 それでも彼女はわずかに視線を上げるのみだった。それが意味するものは、彼女が俺という個人に感謝の礼を尽くしているということなのか。


 まだ戦いは終わっていない、むしろ足がかりを得ただけの地点だ。アレハンドロを倒し、ジルコニアと停戦したあとは、俺達に敵する者への対抗措置を取らねばならない。


 軍医が騎士団の行く先を考えるのは、果たすべき領分の外に出ている。あくまでそのことを忘れず、今後も俺にできることをするだけだ。


「私は自分が、死ぬために生きているものと思っていた。アイルローズの兵たちの多くを死なせたとき、戻る場所もなく、ジルコニアに使い潰されて終わるだけだと……けれど、それをあなたが変えてくれた」

「……俺は、騎士団のために必要だからノインの力を借りたいと思っただけだ。つまり、全部自分のための行動だよ。感謝されるようなことは、何もない」

「それでも私は、言わずにはいられない。私がこうして生きているのは、自由になることができたのは、全てあなたの力によるものだと」


 ノインの瞳には、一片の迷いもない。


 それは一時のものではなく、これから長く続く戦いを共にする意思を示す言葉だった。


「グラス・ウィード……いえ、グラス様。私はあなたと、アイルローズ騎士団に忠誠を誓います。救ってもらったこの命を、どうかそのために使わせてください」

「……アスティナ殿下は、あのように仰られていたが。ノインがやむをえず敵の命令に従っていたことは、みんなわかってくれていると思う」


 死んでいった者が蘇ることはない。だが、責めるべきはノインではない。


 追及すべき人間は別にいる。それを、今のノインならば縛られずに言うことができる。


「ノイン……俺達の敵は、君をジルコニアに送り込んだのは、誰なんだ」

「……第二王妃カサンドラ。彼女に近侍する宮廷魔法士がいる。北方前線で魔法士部隊を率いていた男、ヨルグ・フロスト。私は彼によって冥霊を宿されて、ジルコニアに売られた。カサンドラの嫡子である第二王子に仕えるため、王都に上がって間もなく」


 腐敗は想像を超えて根が深く、どこまでも広がっている――いや、俺達が知らなかっただけで、もとからそうだったのだ。


 やはり、第二王妃がアスティナ殿下を排斥するために動いていた。しかしカサンドラだけの力でできることは限られていて、そんな彼女に手を貸した者がいる。


 ヨルグ・フロスト。軍に属する宮廷魔法士の功績は、公に出るものとそうでないものがある。俺は寡聞にして、その男の情報を多くは知らない――だが、宮廷魔法士としての階位だけは知っている。


 第十四階梯――『翡翠の魔女』ミレニア・ウィードよりも、階位が三つも上だ。


「……冥霊の研究をしている時点で、この国の魔法士として禁忌を犯している。そのヨルグという男をどうにかしないと、俺たちは今後もいいようにやられるな」

「あの男を倒すためなら、私はどんなことでも……」

「犠牲を払って勝つことが、賞賛されることもあるだろう。だけど俺の性には合わない。一人で思いつめるのは無しだ、単独での突出もな」

「……はい。グラス様のご命令に従います」


 何か、受け答えが従順過ぎて戸惑う部分もあるが、彼女なりの誠意の示し方ということなら、いちいち訂正するのも無粋に思える。


「じゃあ、最初の命令だ。ノイン、早速軍船を動かしてくれ」

「かしこまりました、(あるじ)様」


 俺をからかっているのか、それとも――契約した精霊に召喚主と言われるのは当然でも、人間相手にそんなことを言われる日が来るとは、想像もしていなかった。


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