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第六十九話 潜入

 俺たちは林の中を慎重に北側に迂回していき、砦の裏が見通せる地点までやってきた。見張りは各方面に一つずつ建てられた櫓から、交代で周囲に目を配っているようだが、レスリーの魔法が持続している限り、こちらに気がつく気配はなかった。


 俺たちが発見したジルコニアの拠点は、始め造船所と周辺の警備を行う兵舎が作られ、侵入者を防ぐために周辺を囲む柵や櫓が建てられて、現在に至ると考えられる。


 北側には木が伐採された痕跡が残っている――この砦を作るために切られたのが二年ほど前。その頃から、軍船を建造して国境を渡るための企てが動いていたと考えられる。


「グラス、ここから切ってきた木材が砦の建設に使用されているのであれば、何か情報を得ることはできないでしょうか」


 樹木は切られて加工されてしまっても、切り株と呼応する。殿下の言うとおり、切り株に触れてみると、砦のどの辺りに使用されているかを感じ取ることができた。


(なんてことだ……神樹は、やはり全ての植物を統べている。ジルコニアの植物まで、神樹との契約者である俺たちに協力してくれている……!)


 伐採された樹木の切り株たちが提供してくれた記憶を、俺は頭の中で整理し、再構成していく。そして俺は、切り株の一つを台にして、持ってきた羊皮紙に砦の図面を描き始めた。


「グラス先生、それって……この砦の地図?」

「はい。殿下のおっしゃるとおり、ここで切られた木の記憶を辿ることができました」


 森に差し込む月明かりを頼りに、俺は簡略化した図を仕上げ、まず覗きこんでいたプレシャさんに見てもらった。


「えっ……ほ、ほんとに? 指揮官の寝室って、そんなことまでわかるの?」

「木は切られても生きているんです。この切り株たちと対話をして、砦の成り立ちについて教えてもらいました」

「そのようなことまでできるのか……グラスはどれほど堅固な要塞でも、木材が使われていれば構造を丸裸にできるということではないか」

「建てられてから二年くらいなら大丈夫です。年数が経つと木材の精気も薄れるので、呼びかけに答えてもらうことは難しいと思いますが」


 プレシャさんとラクエルさんは、図面を見て侵入する経路を考えている。砦の北側の柵には、兵たちが出入りするための小さな扉が設けられている。一見すると外側からでは開かないが、外から開けるための仕掛けがあり、それさえ知っていれば容易に開けられるようだった。


 指揮官の宿舎だけが分けて建てられていることも、俺たちの作戦に大きく寄与してくれそうだ。


 そして、もう一つ――おそらく、この砦の兵の多くが使っているだろう、広い一階建ての兵舎。魔法を使えば、幾つかの方法でここにいる敵兵を無力化することができる。


「レスリー、空気の流れを操るのは『風』の精霊の司る範疇なんだよな」

「……周囲の空気に働きかけて、動いてもらうことはできる。風の精霊ほど速くはないし、広い範囲にも使えない」

「そうか……そういう制限があるんだな」


 おそらく俺が今やろうとしていることについては、風の精霊使いと協力した方が相性はいいだろう。


 アルラウネの花粉で、要塞全体を妖花の支配下に置く。風上から花粉を流せば済むことなのだが、確実に建物の中まで花粉を入り込ませることはできないし、一部の敵にだけ催眠がかかった状態になっても、他の兵に警戒されれば意味がなくなる。


「……グラス兄、ひとつ思いついたことがある」

「ん……?」

「風の向きは変えられないけど、『空気の玉』を作ることはできる。それに、アルラウネの花粉を閉じ込めれば……」

「そ、そんなことできるの?」


 驚くプレシャさんに、レスリーはこくりと頷いてみせる。


 レスリーと協力することで、アルラウネの花粉を狙った相手を眠らせられる飛び道具とする――『催眠空気玉』、その威力は、要塞北側の櫓にいる兵士に使用することで試されることになった。


 球根からアルラウネを召喚し、花粉をレスリーが空気の玉に封入する。彼女は『動いてもらうことはできる』といったが、小さな空気の玉なら自在に操れるようで、真っ直ぐ櫓の上にいる兵士に向かって飛んでいく――そして。


「……召喚主さま、効いたのですっ、私の花粉が敵の人に届いたのですっ」


 声を抑えつつも、ルーネは興奮気味に訴えてくる。櫓の上にいた兵士は、そんなことをしては見張りの役目を果たせないだろうに、眠り込むように動かなくなってしまった。


 催眠の花粉は、眠らせるだけなら命令せずとも機能することがわかった。使い方によっては敵兵の動きをコントロールして、目的地に侵入するまでの障害を排除することもできるだろう。


「魔法とは、工夫次第で凄い威力を発揮するのだな……」

「ルーネ、あなたの花粉の力を借りれば、いたずらな殺生をせずにすみそうです」

「ふぁぁ……しょ、召喚主様、お姫さまがほめてくれたのです、嬉しいのです……っ」

「良かったな、ルーネ。ここからはあまり大きい声は出さないようにな、気付かれるとまずいことになる」


 ルーネは口を閉じて両手で押さえる。子連れで潜入任務とは少し緊張感に欠けるが、レスリーとアルラウネの組み合わせが有効だと分かった今は、いつも厳格なラクエルさんも咎めたりはしなかった。


「では、指揮官室を目指します。慎重にことを運びましょう」


 レスリーが気配を消す魔法の効果を強める。自分たち以外には、『そこにいても認識できない存在』となった俺たちは、ついに砦の裏側から内部へと入り込んだ。

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