第六十四話 成長する花
現状では、西方領のほとんどの地域が神樹の影響下に置かれているというのが分かった。
植物の種子は風や生き物を介して運ばれて、際限なく広がっていく。力を取り戻した神樹は各地に根を張った眷属を通して情報を得て、必要であれば遠隔地のことを俺に教えてくれる。
ハルトナー氏の症状から、俺は『ベニマダラダニ』の毒による感染症だと判断した。解毒するために必要な成分は、西方領特有の植物であり、道端の雑草に混ざって生えているので見落とされがちな『レンセンアザミ』から抽出できる。
――しかし解毒薬を作れても、やはりハルトナー氏に対して有効な治療を施せなかった医師に治療を委ねるのは、クーフィカは不安なようだった。
(やはり俺が行くべきか……昨日の戦いで出た負傷者も、傷の具合を診る必要がある。移動時間を考えると、指示書を出すことしか……)
「召喚主さま、召喚主さま」
「ん……? ルーネ、どうした? 大事な話をしてるから、今は……」
「こっちも大事なのです、召喚主さまのお力になりたいのです」
「……こちらは大丈夫です、お待ちしておりますから。お話を聞いてさしあげてください」
思い詰めた表情でいたクーフィカだが、幼い子供の前ではそんな顔を見せられないと思ったのか、俺の服の裾をつかんでいるルーネに微笑みかけてくれた。
俺はルーネに頼まれて、馬車まで戻る。マンドレイクのレイも二人で、俺に話したいことがあるようだ。
「心配をかけてすまない、難しい顔をしてたか」
「召喚主さまは、心配な患者さんが多いので悩んでるのです。それなら、私が召喚主さまの代わりをつとめるのです!」
「……私たちは、毒のことにくわしい。身体の中で、毒を作ってるから」
「俺の代わりって……ラインフェルト家の屋敷に行ってくれるってことか? でもルーネもレイも、そんなに小さいと医者みたいなことはさせてもらえないぞ」
ルーネとレイは顔を見合わせる。そして、なぜだか楽しそうに笑いあった。
「……待てよ。アルラウネも、レイも、俺と契約してるわけだから……二人に治療の指示を出すことはできるか。患部に触れてもらえば、予測した毒と違った場合でも判別できるし、対応も指示できる」
「そうなのです、召喚主さまと私たちは、どれだけ離れてもつながってるのです。精霊界に戻っても繋がっているくらいなので、この物質界ではどこに行っても切れないのです」
「子供の姿は、最低限の具象化をしているからそうなっているだけ。精霊に、年齢はない。召喚主さまより大人にもなれる」
今までなら、遠隔地でルーネたちを具象化させ、その姿を保ちつづけるなんてことは、俺の魔力容量では不可能だった。
しかし、今は違う――現地の植物たちから魔力を借りることもできるし、各地にいる神樹の眷属を介して、二人に必要な魔力を与えることができる。殿下の魔力は無尽蔵ではないが、放っておくと身体に蓄積されすぎてしまうので、適度に使わなければならない。
今現在も、俺は殿下の意志で魔力の供与を受け続けている。消費する分より多く入ってくるのだが、そのおかげで微々たる速さだが、俺の魔力容量自体も増えてきている――これなら、ルーネとレイの具象化の程度についても自由がききそうだ。
「……これが成功すると、町の診療所と連携すれば、領内の民全員を俺が診られるようになるな」
「そうなのです、町のお医者さんのところに、球根を植えてもらうのです。仲間のお花があれば、いつでもそこで具象化できるのです。具象化を解いていったん精霊界に戻ったら、またどこでも召喚主さまに呼び出してもらえるのです」
俺は瞬時に万里の距離を移動することはできないが、精霊ならば可能となる。ルーネが役目を終えたら、いつでも帰還させられるということだ。
「なるほどな……でも、レイはルーネと一緒に行くのは難しいな。根を分けることはできると思うけど、地面から抜くと大変なことになるからな」
「……それはしかたない。今回は、留守番をする。でも、いつか召喚主さまのお役に立つために、私も大きくなりたい」
レイはルーネを羨ましそうに見る。どちらかといえば、レイの力を借りるときの方が緊迫した状況になるだろう――彼女の力は、ルーネよりも瞬間的に敵を制圧し、動きを抑制する方向に長けている。場合によっては敵を全滅させられる、マンドレイクが持っているのはそういう力だ。
「では……魔力を今より多く使わせてほしいのです。今までは、召喚主さまの魔力がなくならないように、少なめにしてたのです」
「加減してくれてたってことか……分かった。ルーネ、好きなだけ魔力を使っていい。自分が理想とする姿に具象化してみてくれ」
「はいっ……では、詠唱をしてほしいのです」
「分かった。『妖花の園に咲き乱れる艶花よ。我を力の源として、さらに大きく、鮮やかに咲き誇れ……!』」
俺の詠唱に応じて、ルーネに流れ込む魔力が増大する――初めは少し喪失感を覚えたが、すぐに魔力が補われる。これでも殿下の魔力量では負担にならない。彼女から常に流れ出していた魔力は、こんな量ではなかったからだ。
そして水のように魔力を吸い上げたルーネは、馬車の客室の中で、見る間に成長していく――十歳ほどの見た目から、十五歳。そしてもう少し成長したところで、変化は止まった。
「わぁ……手足が長いのです。精霊なので服も一緒に大きくなったのです!」
幼いアルラウネも愛らしかったが、成長するとその美貌が、まさに花開いたように際立つ。横で見ているレイも目を見張っていた。
「すごい……大きくなった。ルーネがお姉ちゃんになった……」
「お花が大きいと目立つので、髪飾りに見えるようにしておくのです。召喚主さま、これで私、頼りにしていただけますか?」
「あ、ああ……そうだな。想像以上で、正直言葉が出てこないが……」
◆◇◆
ルーネを俺の代わりに使いに出すことになり、彼女に解毒薬を持たせる。ラインフェルト家の一行は俺たちが見えなくなるまで見送っていた――ルーネを自分の馬に同乗させたクーフィカは、最後に俺たちに一礼して兄たちを追っていった。
「アルラウネは精霊なので、あなたの元に呼び寄せることができるのですね。今まで精霊のことを知ろうとしてきませんでしたから、驚かされることばかりです」
「もしよろしければ、改めてお話させていただきます。殿下には、精霊のことを詳しく知っていただいた方が良いかと思いますので」
「そうですね。神樹と通じた今は、精霊というものがどれほど深遠な存在で、人々と深いかかわりを持っているのかが分かります。その力を借りるのですから、少しでも理解を深めておくべきでしょう」
そして俺たちが要塞に帰還する頃には、ルーネはラインフェルト家に到着し、ハルトナー氏の容態を直接見る許可を得て治療にあたった。
――ベニマダラダニによる感染症で抵抗力が弱まったところに、真菌の感染を起こしている。遠隔地でもルーネは俺の指示によく従い、ハルトナー氏を蝕んでいた毒による炎症はやがて静まる兆候を見せ始め、俺は要塞の衛生棟で患者を診て回りながら、胸中で安堵していた。
しかし要塞の中が平穏を取り戻せていたのは、夕刻までのことだった。
アイルローズ要塞に拘留されている捕虜たちの返還を指示するために、中央司令部からの使いが、命令書を持って訪れたのだ。




