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第六十一話 緑の海

 マンドレイクとの意志の疎通は取れたので、精霊界に一度送還することもできるのだが、

庭園の植物たちに新たな仲間として挨拶をしたいというので、連れていくことにした。


「どう見ても小さい子供ふたりなんだけど……頭に花と葉っぱを乗せてなければ、精霊って言ってもみんな気づかないんじゃない?」


 プレシャさんはアルラウネと手をつないで歩いている。マンドレイクはこともあろうに、殿下に抱えられていた――『武将の方が力があるので、当然のことです』と殿下は言うが、俺としては恐縮してしまう。


「……それと、『レスリー』のことだけど。あたしはまだ黙ってた方がいい?」

「ゆくゆくは明かしたいとは思ってるんですが。レスリーには事情があって、できれば別人として要塞にいさせてもらいたいんです」


 ずっと演技を続けるのが難しいというのは、今回のことで良くわかった。神樹のことに意識が向いていたとはいえ、後からやってきたプレシャさんの前で、『レスリー』と呼んでしまった――そしてレスリーも、声を変えることを忘れてしまっていた。


「……皆さんを騙すようなことをして、申し訳ありません」

「ううん、あたしはそこまで気にしてないけど。グラス先生のことが心配でついてきたんでしょ? 戦地に送り出すわけだからね、それはわかるよ。あたしも、騎士になるって決めたときは、親友達から止められたしね」


 プレシャさんはその頃のことを思い出すように、どこか遠くを見るような目をする。騎士団の要である、剛勇無双の攻撃隊長――しかし彼女もまた、俺たちと同年代であることに変わりはない。寂しいと思うことも、憂いた顔をすることもある。


「でも、度胸はあるよね。グラス先生と一緒の部屋で……あっ……も、もしかして、この子たちの前で言えないことしてたりしないよね?」

「……? 私たちの前で、言えないことって何なのですか?」

「ルーネはまだ子供なので、分かってないのです」

「レイだって子供なのです、葉っぱは立派ですけど、まだ立派な根を張ってなかったのです」

「私はもう十分成熟しています。本気を出したらこんな姿ではないですから」


 アルラウネは根っから子供っぽいが、マンドレイクは見た目よりも大人びている。淡々とした話しぶりもあって、そう見えるのだろうか。 


 そして――アルラウネは『ルーネ』、マンドレイクは『レイ』というのが、通称だと思っていいのだろうか。


「ルーネとレイか。俺のことは略しようがないから、グラスと呼んでくれ」

「「はい、召喚主さま」」


 想定の範囲内の返事が帰ってくる。みんな笑って、場の空気が和む――急いではいるのだが、小さな二人がいると、みんなの心が安らいでいるというか、癒されているというのがわかる。


 特にプレシャさんは、何だかんだといってかなりの子供好きのようだ。アルラウネの小さな手をしっかり握って、歩幅を合わせて歩いてあげている。


「呼び方はまあ、自由でいいか……それでふたりとも、庭園の植物はどうだ? 俺にはまだ、あまり声が聞こえてこないが……」

「召喚主さまたちに、お礼を言ってるのです。ユーセリシス様を助けてくれてありがとうって」

「……それと、もう攻撃はしないと、向こうにいる花たちが言っています。やっつけられてしまいましたが、種が残っているので、また咲くことができます。できれば、柵の中に植え直して欲しいそうです」


 そう――元は景観を考えて植えられていただろう植物が、ところ構わず繁茂してしまっている。今はまだ本格的に手を入れることはできないが、植物の精霊たちに働きかけ、最も生育しやすく、景観も良くなるように、俺の思い浮かべた復元された庭園の姿を伝えることはできる。


「『植物の精たちに、我が心象を伝える。汝らのあるべき姿を思い出せ』」


 ――詠唱の途中で、既に今までとは違うと感じていた。


 今までは、殿下が無意識に溢れさせた魔力を使わせてもらっているだけだった。しかし、今は違う――殿下が自分の意志で、俺に対して魔力を供与してくれているのが分かる。


「……凄い……『巫女』と『魔法士』が揃うと、こんなことができるの……?」


 レスリーが感嘆するのもわかる。無秩序に生い茂っていた草が、道にはみ出して咲いていた花が、一度枯れ落ち、土に帰って、別の場所から再び芽吹く。


「これも、グラス先生が……?」

「召喚主さまは、元から木々や草花にとても好かれていたのです。でも、ひとりの魔法の力でできることには限界があるのです……今は、違います。お姫さまの力を使うと、見渡すかぎりの草花が応えてくれるのです」

「いや……俺もここまでできるとは思わなかった。植物は……生命の力は、本当に……」


 綺麗事だという思いがあったから、ずっと誰かに言ったりはしてこなかった。植物も生きていて、全ての生命は等価で、分け隔てなく素晴らしいものなのだとは。


「……一度は枯れた大地も、今は生命の息吹を取り戻しています。グラス……お願いします。今のあなたなら、きっと……」

「はい。今回だけは、植物たちにも頑張ってもらうことになりますが……季節の巡りに合わせて、本来のあるべき姿に戻れるように、この庭園を、土地を診ていきます」


 庭園の風景を、昔の姿に戻す――いや、昔よりも美しいものにする。


 そして、庭園の中だけではない。朽ち果てた門の石柱を出ると、そこには、元の土の色に戻ったものの、もともと農地だった荒れ地が広がっている。


 俺は地面に両手をつく――そして、皆が見守っていてくれる中で、かつて見渡す限りに広がっていたはずの作物たちに、先ほどと同じように呼びかけた。


「……グラス、神樹と庭園の植物たちもまた、精気を分けてくれています。このすべてを、あなたに……」


 後ろを見やると、アスティナ殿下はレイを地面に下ろし、両手を組み合わせて祈る。


 ――その瞬間、彼女の言葉通りに、庭園の植物たちの感謝とともに、途方もない力が流れ込んでくる。


「『この平野に広がる、穀物たちよ。今一度豊穣の地より芽吹き、金色の海原となれ……!』」


 この付近で農業を営む人々を絶望させただろう、灰色の土は消えた。


 枯れた作物は、本来は元に戻らず、時間をかけて復興しなくてはならない――しかし、今だけは。来るはずだった実りの季節を、今このときに蘇らせる。


 ――精気は大地に染み渡り、広がり――緑の芽が顔を出し、波のように広がり、まるで時を早めたかのように、風景が変化していく。


「……グラス先生……先生って、本当は……」


 すぐに収穫できるというわけではない。しかし、農地の人が失った作物は死んではいなかった――枯れ果てても、まだ生きていたのだ。


 遠くから、声が聞こえてくる――それは、喜びの声。逃げようとしていた農家の人々が、なりふりかまわずに走ってくる。いずれ収穫の時を迎える、麦の海を目指して。


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