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第五十六話 王女の魔力

 プレシャさんが馬車の御者をして、俺とレスリーを要塞南方の平原へと運んでくれる。殿下は近衛騎士二人とともに、俺達を先導してくれていた。


 まだ、以前に会った農場の主のもとまでは、灰色の土は届いていなかった。しかし今度こそ危険だと判断したのか、一家が家を離れる準備を始めている。


「あなたがたは……ま、まさか、アイルローズ要塞の、将軍様……!?」

「遅くなって申し訳ありません。私たちが、枯れた土地の侵蝕を防ぎます。皆さんは一度避難していてください」

「し、しかし……以前も、そちらの方があの森に向かわれて、枯れた土地の拡大は止まりましたが。今度は、魔物の数もはるかに多く、とても止められるとは……」

「それでも、止めなくてはなりません。民を守ることが、騎士団の務めなのですから」


 殿下の決意を感じたのか、農場の主はそれ以上止めることはしなかった。苦渋をにじませながら、家族たちと避難中に必要になる荷物を荷馬車に乗せ、灰色の土地から逃げるように、俺達が来た方角へと走り去った。


「殿下……あたしは、グラス先生とディーテさんと協力して、あの魔物を一度倒してます。ここはあたしに任せて……」

「あの数の魔物が殺到すれば、あなたといえども対応しきれないでしょう。私のことは気にすることはありません、ともに道を切り開きますよ」

「は、はいっ……申し訳ありません、考えなしなことを申し上げましたっ……!」


 土中の地下茎から発芽し、地表に姿を現すイラクサの変異種――それが、廃棄庭園へ進むものを全て拒絶するかのように、無数に灰色の土地から姿を表し、天を衝くほどの高さにまで伸びて、蛇のようにうねっている。


 二人が一騎当千の猛将であっても、無数にトゲのある葉を避け、根を刺さなければ止められない魔物を仕留めながら進むなど不可能だ――前回は一体だが、今回は数があまりにも多すぎる。


(植物に干渉する……いや、この状態では無理だ。とても、対話できる状態じゃない)


「召喚主さま……あの森から、とっても悲しい声がするのです」

「っ……グ、グラス兄。この子、どこから出てきて……っ」


 アルラウネは居心地がいいとでも思ったのか、自ら望んで球根に戻り、レスリーに預かられていたのだが――こともあろうに、ジャケットの襟元から頭を出している。


「苦しい、寂しいって言ってるのです。私たちお花は、お水をあげるだけじゃ枯れてしまうのです……ご主人様のこと、精一杯呼んで、助けてほしいって……」

「……そうか。ここで立ち止まってる場合じゃないな……ユーセリシスが俺たちのことを呼んでいるのなら。その声が俺には聞こえるはずだ」


 荒れ狂う草の魔物の禍々しい姿――しかしそれも、人々に忘れられた神樹の行き場のない無念によるものだ。


 俺は馬車を降り、魔物に阻まれて姿の見えない森に向けて、声の限りに叫んだ。


「神樹ユーセリシス、俺の声が聞こえるか! 王女アスティナ殿下を、そこに連れて行く! もう少しで、必ず辿り着く……だから、待っていてくれ!」


 しかし呼びかけも虚しく、新たに幾つもの魔物が現れ、灰色の荒野を魔物が埋め尽くしていく。


 魔物を排除して進むしかないのか。そこで足止めをされれば、さらに灰色の土地が広がり、あの農家まで飲み込んでしまう。


「召喚主さま……っ、森から、風が……『病みの気』じゃない、きれいな空気が流れてくるのですっ!」


 アルラウネは瘴気を『病みの気』と呼ぶ。そうだ――今起きている現象は、神樹が病に冒されているから起こっていることなのだ。


 植物は土壌や空気を浄化し、長い時間をかけてあるべき自然の姿に戻すことができる。


 ――神樹は、まだ清らかな空気を作る力をわずかに残している。なぜ、それを俺たちのもとに届けてくれたのかは、魔物たちの反応を見れば明らかだった。 


(清浄な空気を、魔物たちが避けている……あれほどに荒れ狂っても、自分たちが神樹の眷属であることを思い出しているんだ)


 ユーセリシスは、俺たちに何かの手がかりをくれている。それに気がついたのは、俺とレスリーの両方同時だった。


「空気……そう、『空気』だ!」

「……グラス先生、私もそれを考えていました。私の魔法なら、神樹から届けられた清らかな空気を、自分たちの周囲を包むように定着させることができます」

「え、えっと、あたし、頭良くないからわかんないんだけど……あの魔物たちをよける魔法を、あんたが使えるってこと?」


 レスリーはこくりと頷く。それを見ていたアスティナ殿下は、愛馬をずっと追従してきていた近衛騎士に任せ、彼らに安全な距離を取って待機するように命じた。


「私も独立して馬に乗っているより、やりやすいでしょう。レンドル、お願いします」

「かしこまりました……『神樹よりもたらされし清浄なる空気よ。我らを包みこみ、邪悪なるものを退ける盾となれ』……!」


 流れるような詠唱を完成させると、神樹の生み出した空気が増幅されて質量を増し、大きな球状となって馬車を包み込んだ。


「大丈夫か? この状態を維持するのは、かなり魔力を消耗するんじゃ……」

「いえ……いつもより、消耗が少なくなっています。殿下のお力によるものかと……」


 普通なら、他人の魔力を利用することはできない。魔力を『純魔力』に変換し、魔力結晶に溜めて、初めて誰でも利用できる形になる。


 しかしアスティナ殿下の魔力は、その常識を覆している。俺がアルラウネを召喚したときも、レスリーが魔法を使ったときも――殿下の魔力を、意識しなくても借りることができているのだ。


「……グラスがこの子を呼び出したときと違って、それほど力が流れ出している感覚はないのですが。私には、魔法士を支援する力があるということでしょうか」

「はい、おそらくは……ですが、本当に希少なことです。他人の魔力を直接利用することができない、それは全ての魔法士にとっての制約ですから」

「そう……ですか。では、なぜ私の魔力は特殊なのでしょう……母ならば、何か知っているかもしれませんが……」


 殿下にとっても急に判明したことで、困惑していることが伝わってくる。


 しかし殿下のおかげで、レスリーは魔力切れを起こす心配がなく、空気の魔法を制御することに集中できていた。


「グラス先生、魔物があたしたちを避けてる! これなら、神樹のところまでたどり着けるよ!」

「はい、お願いします、プレシャさん!」

「私たちは大丈夫です! 気にせずに全速力で進みなさい! アルラウネ、しっかりつかまっているのですよ」

「は、はいっ……す、すごい揺れなのです……っ」

「っ……レンドルさん、しっかり捕まってろよ……っ」

「あなたもです、グラス。この手を離してはなりません、私が許可するまで」

「で、殿下……っ」


 荒れ地を駆ける馬車の車輪は、容赦なく跳ねるように上下する。その中でも殿下は俺の手を握ったまま、もう片方の手でしっかりと自分の身体を支えている。アルラウネは殿下に必死にしがみついている――小さな身体で、感心するほどの粘り強さだ。


 魔法に集中しているレスリーが席から投げ出されないように気を配りながら、ひたすら耐える。ただ、少しでも早く神樹のもとへ――その一心で。


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