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第五十四話 捕虜

 地下牢に収容されている捕虜のところに、俺はアスティナ殿下、プレシャさんとともにやってきた。随伴するレスリーは、先ほどから気配をかなり薄くしている――必要な時以外は主張をしないように、ということだろうか。


「昨日の戦闘では、ジルコニアの兵を捕らえることはできていませんでした。ディーテから一昨日の夜に敵兵を捕らえたという報告は受けていましたが、失念してしまっていました……グラス、提言してくれてありがとうございます」

「俺は……いえ、私は捕虜の手当てを行わせていただいたので、強く印象に残っていたんです。傷の具合から、今日なら意識を取り戻しているというのも、ある程度予想していました」

「流石です。しかし、私に敬意を示してくれていると分かっていますが、『俺』のままで良いのですよ。その方があなたにとって自然であるのなら」


 殿下はそうおっしゃってくれるが、お言葉に甘えていいのかどうかと迷う。ただでさえ俺は、これほどの貴い身分の相手に対して、礼儀が行き届いていない――それを許してくれる殿下が、どれだけ寛大かということでもあるが。


 殿下は捕虜の存在を失念していたというが、彼女は指揮官として様々な執務を行っているし、昨日は戦闘に出たあとで気を失っている。それでも何もかもを完璧に計算に入れて動けるのなら、本当に人間を超越した存在だということになる。


 その強さ、魔力量、軍略を見れば、人間離れしていると俺も思う。しかし完璧であることを強いられているということではない――常に気を張ると病のもとになるので、可能なら殿下が気を緩められる時間を確保できるといい。しかしそれも、当面の苦境を乗り切ってからの話だ。


 俺は花の球根を取り出して床に置く。無言で俯いていたジルコニア兵が顔を上げたが、興味の色は薄い――何が起ころうとしているか、皆目見当がついていないのだ。


「『妖花の園に咲き乱れる艶花よ……ひとたび現世に姿を現し、その力を示せ』」


 詠唱に応じて、球根が周囲の魔力を吸い上げ、根を張る。


「っ……これは……グラス、私の中から、何かが流れ出していくのを感じます……」

「申し訳ありません、殿下……まだ殿下の身体から溢れる魔力は、完全に止められてはいません。殿下の魔力も分けていただいて、花の精霊アルラウネが召喚され、出現しようとしています」


 球根から茎が伸び、見る間に大きな蕾をつける。その蕾が開くと、中にいた頭に花をつけた少女が、こちらを見て微笑んだ。


「召喚主さま、お呼び出しいただき……」


 挨拶をしようとして、アルラウネが何かに気づいたように殿下を見やる。


「……お母さま……お母様のにおいがします。この方……」

「……私が、あなたの母親に似ているのですか?」

「す、すみません殿下。アルラウネ、殿下は王家の方で、人間だぞ」

「ご、ごめんなさい……でも、ちょっとだけお母様に似ているのです。魔力が、他の人とは違う波長なのです」


 それは俺も感じているが、アルラウネの母というと、植物の精霊ということになる。


 精霊に近い魔力を持つ人間なんて、聞いたことがない――いや、可能性はあるのだが、簡単にそこに当てはめることはできない。


 精霊を宿した人間の子は、精霊の性質を受け継ぐことがある。しかし魔法学院の生徒でも一人もいないというほど稀有で、伝説として扱われるようなことだ。


(しかし、殿下にはその可能性がある。彼女が巫女の血を継いでいたら……)


「で、では、召喚主さま。この人に言うことを聞いてもらえばいいですか?」

「っ……な、何を……俺は喋らない……絶対に、何も……っ」


 強い抵抗の意思――話せばただではすまない、そう分かっているからだろう。しかし、抵抗力を持たない人間ならば、アルラウネの催眠には絶対に抗えない。


 アルラウネの頭の花が輝き、辺りに光る粒子――花粉が舞う。指定した対象が吸い込んだときだけ、中枢神経に作用する成分が、どれだけ頑なな相手でも従順に変える。


 捕虜の瞳から光が薄れる――それを見て、殿下も目を見張っていた。プレシャさんは一度見ているが、それでも驚嘆して言葉を出せないでいる。


「あまり長く催眠状態を維持すると、捕虜の自我に影響が出ます。長くて十分ほどになりますが、その間に情報を聞き出してください」

「わかりました。では……あなたの所属と、名前について聞かせてください」

「……アレハンドロ将軍麾下……ジルコニア第三軍団……隠密工兵部隊……」


 男が一つ一つ、自分の素性を話す。レスリーはそれを書き留め、記録する役割を担った。


 そして、男はジルコニアが運河の向こう側、東西に二つの拠点を築いていることと、そこから軍船を迅速に運河に運ぶための訓練を行っていたことを明かした。


「なぜ、こちらから見えないままそのようなことができたのです」

「……魔法士……ノイン……アレハンドロ将軍が、連れてきた……」

「っ……!!」


 ノイン――その名を聞いた時、俺もレスリーも驚かざるを得なかった。


 俺達と同年代で、選霊の儀を終えてからすぐに宮廷魔法士に引き上げられた生徒。水の魔法士でノインと言えば、その人物を想起せざるを得なかった。

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