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第五十二話 反撃

 アスティナ殿下は肌をほとんど出さない服装をしている。彼女の身体から魔力が溢れる症状は、霊導印を完成させることである程度改善したが、やはり根本的に彼女の魔力量が常識はずれであるからか、完全に抑えられてはいない。


 すると、霊導印が殿下の魔力に反応して、誰でも見える状態に浮かび上がってしまう可能性がある。軍議に出席している将官に動揺を与えてはいけないので、現時点では印を見せないことに越したことはない。


 神樹のもとに、殿下が赴くことができる機会はいつになるのか――できるだけ早い方がいいが、それもこれから示される方針次第だ。


「昨日の敵襲により、我が騎士団は六十二名の死者を出しました。一昨日の夜、ジルコニアの工作部隊が運河を渡って攻撃を仕掛けてしましたが、ディーテの部隊が撃退しています。そのとき、敵は大砲を一門だけ運んできました」

「敵軍は城壁の破壊を試み、我が軍の動揺を誘おうとしたのだと私は考えます……それが成らずとも攻めてきたのは、敵も焦れているということなのでしょうか」


 ラクエルさんが発言すると、アスティナ殿下は側近に命じて、円卓に地図を広げさせた。


「ジルコニアの作戦は、自分たちが城壁に手をこまねいていると私たちに思わせることにあったのでしょう。しかし実際は、要塞を東西から攻めて包囲し、陥落させることを狙いとしていた。あえて大砲を運ぶために中型の舟を使うことで、軍船の存在を見抜かせないようにしたのです」

「殿下、発言してもよろしいでしょうか。私たちも運河の監視をしていますが、軍船など影も形もありませんでしたわ。ジルコニア側は、どうやって秘匿していたのでしょう」


 ディーテさんが挙手をして、許可を得て発言する。俺もそのことについては疑問だった――運河の上流沿いに敵の拠点があり、そこから流れに乗って水上を移動してきたのならば、常に運河を監視しているアイルローズ要塞から見えるはずだからだ。


「……私は、敵に魔法士がいると確認しました。そのために、最前線に出たということもあります」

「っ……ジルコニアに、魔法士が……これまで、一度もそんな情報は……っ」

「魔法士を擁していないかわりに、ジルコニアは我が国より軍事兵器の開発で先を行っている。それを彼らも長所と考え、兵器を作戦に組み入れて我が軍を攻撃しようとする……私もそう考えてきました」


 そこまで言って、殿下は俺を見た。何かの意見を求められているのかと思い、答える心構えをする。


「しかし、少し前から違和感があったのです。運河の向こうで、不穏な気配がする……それが、私達の目を眩ませるために、魔法士が魔法を使っていたからだとしたら……」

「……可能性はあると思います。普通なら、それほど大規模な幻影を見せるような魔法は、維持することが難しい。しかし、運河沿いでは水精霊が活性化しています。水精霊使いであれば、霧などを媒介にしてまやかしを見せることができます」

「霧……それが事実だとしたら、私たちはずっと、河向こうの敵が動いていないと思いこんで、安心していたっていうんですの……?」

「殿下は東からの敵軍と交戦している際に、魔法士の存在を確信された……敵将アレハンドロの傍に、魔法士が随伴していたということでしょうか」


 俺からは距離が遠く、感じ取れなかった――しかしアスティナ殿下の感覚は要塞周辺まで及ぶ。近づくほど魔法士の気配を感じ取りやすくなるとしたら、前線に出た彼女が言うのならば、ほぼ間違いはないと思える。


「アレハンドロ……ジルコニアの『白い鴉』。彼が中央から出てきたということは、おそらく国王から軍事の全権を渡されているはずですわ。その彼が自ら前線に出てきたわりには、撤退は早かったように思えますが……」

「……それはおそらく、私の持つ感覚について、アレハンドロに従っている魔法士が教えたからではないかと思います。私が倒れた原因はグラスが特定してくれましたが、それを考えると、敵軍が私を疲弊させることを考えてもおかしくはありません」


 アイルローズ要塞の指揮官にして、先を見通す目を持ち、剣を振るえば一度の戦いで百人を斬る猛将。ジルコニアが最も脅威と感じるのは、間違いなく殿下だろう。


 そして敵に魔法士がいるのなら、アイルローズ要塞周辺一帯まで広がるアスティナ殿下の魔力に気がついてもおかしくはない。


(……グラス様。もし、その魔法士が……)


 隣りにいるレスリーが小さな声で言う。そう言われて、俺も気がつく。


 今まで存在の感じられなかった魔法士が、敵軍にいる。王室の人間が、ジルコニアに通じている――それは、最悪の可能性を示唆している。


「……グラス、レンドル。あなたたちに立ち会ってもらったのは、この要塞にいる魔法士が、あなたたち二人だけだからです」

「はい……俺たちも、戦場に出る覚悟はできています。しかし、元素精霊を使う戦闘魔法士が敵にいるとしたら……おそらく、戦闘訓練を受けている」


 シルヴァーナ魔法学院の出身者、あるいはレーゼンネイアの魔法士だと断定はできない――だが、俺の推測通りに敵が『水』を利用したなら、地水火風の元素精霊の一つを操るということになる。


「それでも私は、この戦いに勝たなくてはなりません。このままではいずれ、アイルローズは中央から切り離され、孤立するでしょう。王国の内部に私たちを良く思わない者がいるのですから」

「っ……ア、アスティナ殿下、それは……」

「そ、そのようなことをおっしゃられては、王国への反逆になってしまう……第三王女といえどもっ、許されることでは……っ」


 攻撃隊長二人が声を上げる。二人目の射手長は、言葉もなく、青ざめた顔で震えていた。


 恐れるのは無理もない。国のために戦い続けていた、その国に全幅の信頼を置くことができなくなったと、殿下が明かしたのだから。


「これまで命を落としていった者たちに報いるためにも、私たちはこのまま力を削ぎ落とされ、ジルコニアに押しつぶされるわけにはいきません。そうなれば領民は犠牲を強いられ、私たちが守ろうとしたもの全てが奪われてしまう」

「……私たちは、何も変わりませぬ。アスティナ殿下の志が、民を守ることであるのならば、従わせていただくのみ。もしそれを疑う者がいれば、戦うことを強いたりはせぬ」


 動揺していた隊長たちが、ラクエルさんの発言にはっとさせられたように目を見開く。


 アスティナ殿下は広げられた地図の、ある二点を示す。運河の向こう側、おそらく敵の拠点があると思われる位置。


「……このアイルローズ要塞を、そして領民を守るため。私たちはジルコニアを攻めます。まだ我が軍の兵力、そして士気が残っているうちに」


 守り続けるだけでは、全てを失う。ジルコニアの『白い鴉』は、執念深くこの要塞を狙っている――その謀略に対して後手に回り続けるわけにはいかない。


 戦場で、魔法士と相まみえることなど無いと思っていた。だが、もう『はずれ』の精霊だからと、始めから諦めてはいられない。

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