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第四十二話 もう一人の患者

 他人に魔力を送るには、魔力結晶を介するなどの過程が必要になる。


 チャクラの部分に塗布した軟膏の効果を活性化させるために、俺の魔力を用いるということはできるのだが――そうすると、多少なりと俺の魔力が殿下の身体に入るということになる。


 宮廷魔法士の掟として、自分が仕える人物の魔力が枯渇したときに、補ってはいけないというものはないので、禁忌というわけではない。


 しかし、負傷者の治療をしている間にもかなり魔力を消耗したのに、俺はなぜまだ施術ができているのだろうか。そう考えて、ユーセリシスがくれた雫のことを思い出す。


 わずかな量でも喉を潤してくれたあの雫が、俺自身の元から持っている魔力以上に回復させてくれたようだ。超回復が魔力にも適用されるとは聞いたことがないが、今の俺の魔力容量は、自分で把握している以上に上がっているという気がする。


(魔力容量の上限を上げれば、魔法士としても戦闘の助けになれる……いや、そのために神樹の雫を欲しがるのは違うな。ユーセリシスは、残り少ない貴重な力を分けてくれたんだ……)


「グラス、施術は終わったのか?」

「はい、何とか……すみません、触れてはいけない部分以外だけ行わせていただきました。それでも、十分に魔力の回復はできますので」

「魔力……なぜ、殿下は魔力を消耗されているのだ? 私やプレシャが戦いで魔力を使っているように、殿下も使われているからということか」

「それもありますが、直接の要因は、殿下が受けた精霊と契約する儀式が、中断されていたことにあります。この状態では、殿下はただ普通に過ごされているだけでも、常に周囲に魔力を漏洩させている状態になります」


 そんな状態でも、殿下は戦場で自ら剣を持って戦い抜いてきた。


 それは、類まれな魔力容量を持つ彼女だからこそできたことだ。激しい消耗を補うだけの魔力を新たに体内で生み出し続けている――魔法士としての才能は、もし順当に契約していたなら、宮廷魔法士の序列一位にも匹敵したかもしれない。


「……その中断した儀式を最後まで行えば、殿下の御身から障りが消えるというのなら。私からも、殿下に進言する」

「本来なら、王家に仕える侍従に過ぎない私たちが、申し上げられることではございません。ですが、殿下がお元気になられるのであれば……どうか、お医者様のお力をお貸しください」


 三人が俺に頭を下げる。先ほどから何も言わない、二人いる侍女の片方は、どうやらとても口数が少ないようだ――ほぼ、もう片方の大人しそうな少女が話している。


「あっ……も、申し訳ありません。カリンはゆえあって、初対面の方とはほとんど話せず……私、ソアラが代わりに話させていただきますので……」

「ああいや、大丈夫です、そんなに恐縮されなくても。俺は気にしてないですから」


 肩にかかる長さで髪を切り揃えた、物静かな少女――ソアラというもう一人の少女といい、俺よりも若く見える。


 要塞には似つかわしくない姿の二人。他にも食堂係などは兵士たちとは違う装いをしているが、この二人は特に、殿下が第三王女という貴い身分であることを示すように、町ではまず見ない、貴族の屋敷で働く使用人のような服装をしている。


「殿下が目覚められるまで、俺は隣の部屋で待機しています。殿下が目覚められたとき、あなたがたが傍にいる方が安心するでしょう。何かあったら知らせてもらえますか」

「はい、かしこまりました。私どもは、交代で殿下のお傍についております」

「……私も、グラスと共に待つ」

「いえ、ラクエルさんは休んでください。俺は、あなたにも治療が必要だと思っているんです。それも、できるだけ早く」


 ソアラはラクエルさんにそんなに悪いところがあるのか、と驚いた顔をする――カリンもラクエルさんを何も言わずに見やる。


 ラクエルさんは否定せず、ただ左肩に手を当てる――それは無意識なのだろうが、限界以上に酷使した利き腕をかばう仕草だった。


「……ジルコニアの攻撃が続いているうちは、治療などしている場合ではない。これまでも、私は自分のやり方でやってきた。次に同じことができずに死ぬというなら、それが私の、武人としての……」

「少しの時間でもいい、それだけで劇的に変わります。どうか、考えてみてください」


 彼女が俺を認め始めているのは、話していれば分かる。しかしそれと、ここに来たばかりの軍医を頼ることは、同じ枠には入れられない。


 しかし、無理をして戦うしかないと彼女が思っているのなら、俺も簡単には引き下がれない。


 医術というものの力は、彼女が思っているほど弱いものではないのだから。


「……治療ができるとしても、優先度を上げることはできない。しかし、グラス……おまえと私の両方で、空いた時間が合うときがあれば……そのときは、頼みたい」


 彼女の動きに違和感を感じてから、ずっと気がかりだった――しかし、これでようやく治療に進むことができる。


 しかし彼女の言い方では、『機会があれば』と体よく先送りにされているようなものだ。そんなことは、軍医としての俺の立場が許さない。


 だから俺は、ラクエルさんの機嫌を悪くするかもしれないと覚悟しながら、それでも前に進んだ。


「空いてる時間なら、今がまさにそうです。まず、診察をさせてください」

「っ……そ、それは……」

「これは……一本取られてしまいましたね、ラクエル騎士長」


 ソアラが言うと、カリンもまた頷く――寡黙ではあるが、彼女たちは何というか、とても仲が良いようだ。


 追い詰められたラクエルさんは、俺をきっと睨みつける。しかし諦めたように、ぶん、と黒髪のおさげを振り回すようにきびすを返し、部屋を出ていこうとする。


「……隣の部屋にいる。何よりも優先すべきは殿下のお目覚めを待つことだ。そ、それは、忘れるな……っ」


 何とか強い言葉で俺を牽制しようとしたのだろうが、声が震えてしまっている。俺は彼女をリラックスさせることから始めなければと思いつつ、隣の部屋に向かった。


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