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第四十話 半月

 殿下の着せられていた、白い薄衣の前を開くと、まるで陶器のように滑らかな肌が姿を現す。


 鎧を身につけているときは分からなかったが、鎖骨から胸に至るまでの急激な隆起は、幾多の戦場を切り抜けてきたとは思えないほどのものだった。


 白い肌に残る赤い痕は、戦場に出る時に胸をきつく締め付けていることが伺えた。それは他の兵士たちも同じなのだが、殿下までもがそうしていると知ると、俺は女性だけに戦争をさせてしまっているこの要塞の形が、本当に正しいのかと思えてくる。


「……おまえの考えていることは分かる。しかし男と女で身体の形が異なることなど、当たり前のことなのだ。殿下も、私達も、男も女もなく戦っている。そのことを苦しいと思ってはいないし、それだけの戦果を上げてきたつもりだ」


 ラクエルさんもまた、類まれな豪傑だ――男性でも、彼女ほど強くなれる者はそうはいないだろう。男性でも体格に相当恵まれなければ、重騎士として装甲の厚い鎧を身に着け、馬上槍を振るうなどということはできない。


 俺は意識を切り替え、毛布を腹部までめくると、さらに薄布を開く。殿下の呼吸の間隔は長く、とても静かで、近くでなければ呼吸音も全く聞こえないほどだ。しかし、呼吸が弱いということではない。


 手首を確認すると、脈が通常の人よりゆっくりしているが、問題のない範囲だ。だが、体温が少し高くなっている――この症状には、見覚えがある。


「グラス……その道具は一体……?」

「これは、心臓の音などを聞くためのものです。初めて見るかと思いますが、直接耳を当てるよりも、よく聞き取れますので……決して、変なものではありません」


 俺が長老の枝を切り出して作った道具――それは、木の筒に振動が伝導して伝わることを利用して、患者の心音や呼吸音などを聞くための、聴診器というものだ。


 先が大きく広がっている方を患者の身体に当て、小さく広がっているほうを自分の耳に当てる――この道具が考案されたことで、患者の精神的負担を減らし、目で見たり触ったりするだけではなく、診断で得られる情報を増やすことができた。


 心臓のある位置、肺のあたりなどに聴診器を当てる。やはり、問題はない――殿下の身体は、現状では健康そのもので、昏睡している原因は別にある。


「ラクエルさん、殿下に持病などはありますか?」


 俺はあえて、『騎士長』とは言わなかった。形式にこだわりすぎては、単刀直入な意見を引き出せなくなる――ラクエルさんも、俺のことを咎める様子はなかった。


「いや……何もない。ただ、これまでも時折、大きな戦いの後に体調を崩されることはあった。しかしそれは、戦場に出れば誰にでもあることだ……」

「そうですか……では、殿下の身体から、今魔力の発光が生じていますが、それは見えますか?」

「っ……魔力? 殿下は、確かに魔力を持っておられるが……光などは、全く……」

「ラクエルさんと同じように、プレシャさん、アスティナ殿下も『魔戦士』だと俺は考えています。そのことについて、自覚はされていなかったということですか」


 ラクエルさんは言葉に詰まる。彼女は自分に魔法士になる才能があったことを知らず、精霊と契約する機会を得られなかったことで、自然に魔戦士となっていたのだろう。


「……私は……魔力を戦いに使っていると、宮廷魔法士に指摘されたことはあった。しかしその時は、詳しいことは聞かずじまいだった。『魔戦士』……そうか、それでプレシャと私は、他の兵とくらべて特別だったのだな。ディーテからも、私たちと同じような性質を感じることはあった」

「ディーテさんも魔力を持っていますが、ラクエルさんとプレシャさんほどの魔力量ではありません。しかし、アスティナ殿下はお二人とは比べ物にならない、それこそ魔法士でもかなわないほどの容量を持っています」


 ラクエルさんの瞳が揺れる。ずっと仕えてきた主君について、とても重要なことを知らずにいた――そのことに対する後悔をにじませ、彼女は唇を噛んだ。


「私は……忠誠を誓うと、殿下のための槍となると言っておきながら……殿下のことを、何一つ知らずにいたのだな」

「それは仕方がありません。魔法学院では、魔法のことは外部に出さないよう秘匿しています。宮廷魔法士がラクエルさんに魔力があると言ったのも、同じ部隊の所属でもなければ規則に違反する可能性がありますから」


 しかし、このまま殿下の症状が見過ごされていたら、殿下の身に何が起こっていたか分からない――昏睡でも危険なのだから、早急に原因を解明し、治療しなくてはならない。


 俺はラクエルさんの手を借り、さらに殿下の衣服を脱がせていく。


 彼女の身体からあふれる魔力が急速に減少したこと、そして現在発熱していること。その原因を探そうとして、俺は、彼女の半身に目を凝らした。


 ――薄れて、見えなくなりかけているが。確かに、見覚えがある――彼女の半身に描き込まれている、図形のようなもの。


(これは……間違いない。霊導印……なぜ、殿下の身体にこれが書かれているんだ……それも、半分欠けている)


 アスティナ殿下は過去に、『選霊の儀』か、それに類するものを受けていた。


 そのことを示すように、彼女の丹田の部分には、半月の形をした印と、それに追随して描き込まれた霊導印の名残りが、まだ衣服と毛布に覆われている部分に向けて続いていた。


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