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第三十七話 軍医の戦場

 要塞に向かうまでは、ディーテさんが俺たちの馬車を守ってくれた。しかし彼女が弓を使うまでもなく、三人の将が率いる兵たちは、北東からの敵を完全に阻んでくれている。


「アスティナ殿下……やはりあの方が戦場に出られると、全く空気が変わる。ラクエル騎士長も、プレシャも、アスティナ様とともに戦ってこそ、その力を発揮するのですわ」


 アスティナ殿下の指揮で、味方の射手が槍兵に矢を射掛ける――そして崩れたところに、敵の矢をものともせずに駆けられるプレシャさんとラクエルさんが突進し、陣形が崩れたところに彼女たちの部下が襲いかかる。


「これ以上の戦いは無益です! 引きなさい、ジルコニアの兵たちよ!」

「――引けと言われて引き下がれるかっ! あの女がアスティナだ、何としてでも討ち取れっ! 我らがアレハンドロ将軍に、勝利の栄光を捧げるのだっ!」


 敵の騎兵を率いる隊長格が、アスティナ殿下に部下を差し向ける――プレシャさんが一騎を止めるが、もう一騎が殿下に槍を向けた。


「覚悟っ……!」


 ――アスティナ殿下が敵騎とすれ違いざまに剣を振るった、その白刃の煌めきを、戦場に咲く小さな花が見つめていた。


 走り抜けた敵兵が落馬し、花に紅い血の飛沫がかかる。


 アスティナ殿下は馬上で血に濡れた剣を払い、静かに燃える瞳を敵の旗に向けた。


   ◆◇◆


 俺たちが要塞の中に入ると、すかさず跳ね橋が上げられる。先行していたディーテさんの元に、彼女の部下だろう弓を背負った兵士が駆け寄ってきた。


「ディーテ隊長っ……」

「私たちが要塞を離れている間、よく持ちこたえてくれました。手短に報告をお願いしますわ」

「ジルコニア軍が二つの方角から、運河を渡って侵攻してきました。ジルコニアが軍船を建造していることについては察知できておりませんでしたが、アスティナ将軍は敵が河を渡り終える前に侵攻を察知されて、迎撃を指示されました」


 昨夜の敵襲といい、アスティナ殿下は、危険を察知する鋭い感覚を持っている――いや、未来が見えているのではないかとすら思える。


 それでも、敵が軍船を持ち出すことを防ぐことはできなかった。運河を渡り、河に運ばれる前の軍船を叩くというのは、敵地に入り込むということでもある。


 こちらから敵国へ侵入することを、国王陛下が許していないのなら。アスティナ殿下はただ要塞を拠点にして防衛することしかできず、攻めることはできない。


「我ら第一射手隊は城壁からの攻撃を行い、第二射手隊は城壁の外に出て、騎馬と歩兵を援護しております。先ほど、西から接近していた攻城塔が倒壊したことで、西側の戦況は大きくこちらが優勢となりました。しかし、まだ敵兵に撤退命令は出ていません」


 ディーテさんは一瞬だけ、憂いを帯びた目をする。プレシャさんもそう――戦いが一秒でも早く終わってくれればと願っているのだ。


「……グラス先生、私は城壁に上がります。あなた方は、負傷者の受け入れ準備を始めてください」

「分かりました。ディーテさん、くれぐれも気をつけて」


 彼女は頷き、城壁の上に上がる。衛生棟に入ると、すでに負傷して帰還した兵たちが、十三人も治療を待っていた。


「グラス先生っ……!」

「すみません、遅くなってしまって。ケイティ隊長、負傷者の状況は……」

「こちらに状態をまとめてあります。出血がひどく、すぐに処置しなければ危険な兵もいます……申し訳ありません、私達では全く……」

「分かりました、俺に任せてください。大丈夫ですか! 俺の声が聞こえますか!」


 処置室でベッドに寝かされていた兵の中に、矢を受けた者がいる――俺はレンドルさんに助手を頼み、緊急手術を始めた。


(麻酔薬を魔法で補助して限定的に神経に作用させ、迅速に……切れた血管を縫合する要領は、植物の葉脈を繋ぐのと大差ない。必ず上手くいく……必ず……!)


「うっ……く……」


 局部麻酔で手術を済ませなければ、ただでさえ出血が大きい状況では、体力の低下が命取りになる。痛みを完全に消すことができなくても、耐えてもらうしかない。


 数分の時間が、気が遠くなるほど長く感じられる――手術を終えるまで、俺は自分が呼吸をすることさえ忘れてしまいそうになった。


「これでいい……レンドルさん、後の処置を頼む! 前に見た通りに……できるか!?」

「はい、グラス様!」


 手術後の消毒と、傷の保護などの処置をレンドルさんに任せると、すぐに他の衛生兵が俺を呼びにやってくる。


「先生っ、先生っ! こちらの患者さんの意識が……っ!」

「わかりました、すぐに行きます!」


 重傷の患者を一人ずつ治療していく――どれほど酷い怪我でも、俺は心を動かさない。


 怒りも、悲しみも、軍医の務めを果たした後で感じればいい。苦痛に喘ぐ患者を前に、俺は少しでも早く痛みが和らぐように、出来る限りの方策を使って治療を続けた。


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