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第三十四話 戦火

 神樹を蘇らせるために、アスティナ殿下にご助力を賜らなくてはならない。


 まだ昨日の今日で、アスティナ殿下からの評価は大して変わっていないだろう。プレシャさんも俺が尋問に立ち会ったこと、魔法で情報を引き出したことは伝えたというが――その時の反応はどうだったのだろう。


「殿下はいつも、お考えがとても深いところにあるっていうか……あまり思っていることを表に出されないから、あたしには想像するしかないんだけど。王室の人間がジルコニアに関わってるって聞いても、怒っても悲しそうでもなかった。グラス先生のことは、『彼の貢献については後日改めて、直接話をします』って言ってたよ」


 今になって、ものすごく重要な話を聞かされる――俺に対して殿下はさほど期待をしていないと思っていたが、最初より評価は上がっていると思っていいのだろうか。


「殿下はただ魔法士を敬遠して自分の騎士団にお入れにならなかったのではなく、戦闘魔法士しかいない宮廷魔法士の中から、自分の直属を選ばなかったという見方がありますの。その点では、グラス先生の魔法については、強い忌避感は無いと思いますわ」


 窓の外に顔を出し、並走してくれているプレシャさん、ディーテさんと話す。


 将軍として騎士団を率いているアスティナ殿下が、戦争の行方を左右する力を持つという戦闘魔法士を忌避する――それは、なぜなのか。


 考えられることは、今までに会った戦闘魔法士に対して、良い印象を持っていないということ。


 もしくは、王家に直接通じている――自分を疎む第二王妃の息がかかっているだろう戦闘魔法士には、簡単に頼るわけにはいかないということか。


「……アスティナ殿下は、ミレニア学院長とは旧知の関係にあります。王都にいたころ、宮廷魔法士である学院長とはお話をされているのです。戦闘魔法士全てを嫌っているというわけではないと思うのですが……」


 隣に座っているレンドルさんが、そう教えてくれる。義姉さんは殿下とどれくらいの間柄かを言ってくれなかったが、言えば俺に甘えが出ると思い、黙っていたのだろうか――王家に対して忠心の深い義姉さんが、簡単に殿下のことを話さなかったということか。


 推測するしかないことばかりだが、いずれにせよ、ラクエルさんを介して殿下に拝謁する機会を得なくてはいけない。


 要塞の指揮官であるアスティナ殿下に即日会える可能性は低い。それでも、一日も早く、殿下に神樹のことを伝えなければ――。


「あれは……」

「っ……要塞から、煙が上がっている……まさか、敵襲ということですの……?」


(何てことだ……昨日の今日で、また攻めてきたっていうのか……!)


 朝方には、要塞近辺の空は少し雲がかかる程度で晴れ渡っていた――しかし今は黒煙が立ち上り、金属が打ち合う音、何かの兵器が放たれる音、そして争う声が聞こえてくる。


「プレシャ……っ、待ちなさい! 一度城内に入って、上官の指示を仰がなくては!」

「そんなこと言ってられない……っ、もう、みんな戦ってる……!」

「待っ……あの子は、本当に猪突猛進なんですから……っ」


 戦いが激しいのは、国境に面した要塞の西側城壁だった。プレシャさんはディーテさんの静止を振り切り、単騎で戦場に向けて駆けていく。


 それは、俺たちに近づく前に敵の騎兵を防ぐためでもあった。南に迂回して、東の門に回ろうとする騎兵の小隊が、近づいてくるプレシャさんを見つけ、槍を構えて向かってくる。


 俺たちの馬車は速度を緩める――このまま視界の開けた道を進めば、敵兵に見つかってしまう可能性がある。


「闇に乗じて河を渡っても撃退されるなら、別の場所から渡河し、物量で押す……私たち騎士団も、完全に河を監視できているわけではない。南西か、北東か……もしくは、同時か。大砲や投石機がいるなら、少しでも早く破壊しなくては……っ」


 鳥の視点から見下ろすことでもできなければ、敵部隊の構成など、ここから把握することはできない。


 ――しかし、俺なら。この平原は、要塞周辺の一帯――ここからは視認できない場所まで、一面の草で埋め尽くされている。


「我が名はプレシャ・ホルテンシア! ジルコニアの騎士たちよ、我こそはというものはかかってこい……っ、はぁぁぁっ!」


 プレシャさんが名乗りを上げる――ホルテンシア、それは王国騎士の中でも、誉れ高き家柄の名だ。


 その名はジルコニア軍にも届いていた――槍を振りかざして駆けるプレシャさんに臆することなく、三体の騎兵がプレシャさんに殺到する。


 そのうち一騎が先行し、斧槍を振り上げながら駆けてくる。その殺気は、プレシャさんを貫き、俺たちの元まで届くほどのものだった。


「ジルコニア騎士団第八遊撃隊、ダリウス・オコネル! その首貰い受ける!」


 プレシャさんと敵騎が交錯する――俺には、プレシャさんの槍がどのように動いたのか、その動きを全く視界におさめることができなかった。


 敵の騎士は、馬上で斧槍を構えて動きを止めたまま、そのまま駆け続け――突然落馬し、馬はいななきを上げながら、その場から逃げていく。


「……あれが、我が軍きっての槍使い、プレシャですわ。その戦いぶり、しっかりと見届けてくださいませ」


 ディーテさんは弓を構えることもせず、馬上で槍を閃かせ、残りの騎兵たちを斬っていくプレシャさんを見ていた。


「はぁぁっ……!」


 ニ騎目は槍の穂先を切り落とされて叩き落され、三騎目は完全に腰が引けており、馬と共に駆けたプレシャさんの槍を胸に受け、ひとたまりもなく落馬する。


 槍を風車のように回し、プレシャさんはさらに西からやってくる敵騎兵を、たった一騎で大喝し、その動きを止める。


「死にたいものは来い! 我が要塞の前にその首並べてくれようぞ!」


 これが、若き攻撃隊長――プレシャ・ホルテンシア。


「おのれ、好きなことを……っ、誰でもいい、あの女の首を獲れっ!」

「し、しかし……我が隊きっての猛者が、すでに三人も……」

「このままおめおめと引き下がれるかっ……! 俺に斬られたくなければ行けっ!」

「っ……うぁぁぁぁぁっ……!」


 戦場では、蛮勇が身を滅ぼす。プレシャさんの実力を知って、数体で挑んだ敵騎兵は、プレシャさんと一度交錯するたびにその数を減らしていく。


「か、怪物……っ、怪物め……女の皮を被った、化け物……!」

「……いいね、化け物。あたしはあんたたちにとって、そういう存在でなくちゃならない。もっと恐れられたら、いつか誰もあたしの前に立たなくなる」

「――人間が、化け物に、負けられるかぁぁぁっ……がっ……!」


 それは、最後の意地だったのだろう。逃げようとしていた敵の隊長が、プレシャさんに突如として突撃をかける――だが、激昂して単調になった動きを見切れないわけもなく、プレシャさんは一瞬で勝負をつけてしまった。


 倒した敵騎は、八騎。返り血をいくらも浴びることなく、プレシャさんは無傷で馬上にいる。


「…………」


 しかし、プレシャさんはこちらに戻って来ようとしない――それが何故なのか分からないまま、俺は駆け出していた。


「っ……グラス先生、何を……っ」


 馬上にいたプレシャさんは俯き、槍を持った腕がだらりと下がっている。


 前にまで回り込んで、その顔を見上げる。プレシャさんは驚いたように目を見開いた――これほど強い人が、俺がここまで近づくまで、気が付かなかったのだ。


「……グラス、先生……」

「……プレシャさんは、化け物なんかじゃない。俺たちを助けてくれて、ありがとうございました」


 何百人と斬ってきた武人に、戦場で礼を言う。それを滑稽だと、彼女は笑うことをしなかった――ただ表情を和らげ、その瞳に力が戻る。


「ありがと……グラス先生。でも、まだ終わってない。みんなを助けに行かなきゃ」


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