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第三十二話 名前

 王国に勝利をもたらした神樹が疎んじられ、この庭園が放棄されるまでには、様々な人間の思惑が関与していると考えられる。


 しかし、元素精霊と契約した魔法士が全て、自分たちの契約した精霊以外を評価しないという流れを作ったわけではないはずだ。


 現在、軍に大きな貢献をしている戦闘魔法士――神樹の精霊を王家から切り離すことで今の権勢を手に入れた人々。彼らの中に、精霊に対する価値観を歪めたものがいる。


 それを告発したからといって、『はずれ』の精霊と契約した俺たちが直ちに復権するということはない。告発すること自体が、国への反逆を意味する――宮廷魔法士は、この国の軍事と政治の両面に深く食い込んでいるのだから。


「……あなたが神として崇められていたころは、王家の人々もここに来ることがあったんですか?」

「作物の実りを祝う豊穣の祭りにおいては、王の血を引く巫女が訪れ、民と共に、私に歌や踊りを捧げてくれた」

「王の血を引く、巫女……その人物がいた頃は、あなたは信仰を集めることができていた。そういうことなんですね」


 ただ大きな樹だというだけでは、人々の信仰は集まらない。王家が主導して、この大樹を崇め奉る祭りを行ったからこそ、信仰は集まり、彼女は神として力を行使することができたのだろう。


「……巫女は、王の血を引く乙女から選ばれる。神託を人々に伝え、時にその身に神を降ろすこともあった。私は巫女と契約することで、神としての秘術を行使することができた。それを、人々は『奇跡』と呼んでいた」

「奇跡……それじゃ、その巫女は、現人神のような扱いをされていたんじゃ……」

「……私と最後に契約した巫女は、『聖女』と呼ばれていた。しかし、その契約は一方的に破棄された。そして、私と眷属たちは捨てられた」


 捨てられた――神と呼ばれていた存在が、自分の境遇をそう認識していた。


 俺は神というものについて、もっと超然とした存在だと思っていた。人に恵みを与えることも、罰を与えることも、全て神の意志の赴くままに行うものだと、勝手な想像をしていた。


 精霊が、神性を得て神と呼ばれるのなら。俺たち魔法士は神との距離が近く、深い関わりを持つことができるということになる。


「私の命は、すでに尽きかけている。一度神と呼ばれたものは、信仰を失えば存在の意義を失ってしまう。消失に抗おうとすれば、この世を蝕む。私が生きながらえることで、大地は際限なく枯れていく」


 残った命が早く尽きれば、枯れた大地の侵蝕は止まる。


 そのために俺たちを遠ざけていたのだとしたら――神樹の精は、まだ人を憎みきって、全てを滅ぼしたいと思っていたわけではない。


 彼女を治療するためには、人々の信仰を取り戻す必要がある。できるだけ早く――しかし、時間はどうしても必要になる。


 その時間を、どうやって持たせるか。俺や周りの人たち、騎士団員――初めはそれだけの人に信じてもらうだけでも、彼女は少しでも力を取り戻してくれるだろうか。


「……王家の巫女。俺が仕えている第三王女は、『剣姫将軍』と呼ばれていて、巫女というのは少し違います。けれど、王の血を引いている」

「……レーゼンネイアの血を引く者が、ここに……?」


 レーゼンネイア――この国を統べる王家の名。その名を口にするとき、彼女の瞳に、初めて感情の色が宿った。


 神樹と巫女は、密接な関係にあった。アスティナ殿下に進言して、聞き入れて貰えるのかは分からない――だが、それしか方法がない。


「この場に来ていただけるよう、王女殿下にお願いをします。そして、少しでもあなたを信じる人、元のように元気になって欲しいと思う人が増えるように呼びかけます。今できることは、気休めにもならない応急処置にすぎない……それで耐えてくれというのは、酷い話だと俺も思います」

「……王家の娘は、私のもとには来ない。王家が、私を放棄したのだから」

「アスティナ殿下は、この場所のことをまだ知らされていないかもしれない。知っていてここに来なかったんだとしても、それは確かめてみなければ分かりません」


 俺にできることは、ただ信じてくれと言い続けることだけ――ラクエルさんは、場合によっては俺が殿下に進言することにも、難色を示すかもしれない。


 それでも、頼むしかない。神樹を救うことができれば、何もかもが変わる。騎士団も、この辺りに住む人々の人生も。


「……なぜ……」

「え……?」

「……なぜ、私をそこまでして救おうとする。誰にも必要とされなくなった私に価値があると、なぜ信じられる……?」


 それは――今、俺がいる場所が、この森が、俺の精霊魔法士としての始まりであり、目指すべき場所だったからだ。


 ここは神樹が見せている、かつての神域の幻。我に返れば、元の通りの枯れた巨木が、俺の眼前にあるのだろう。


「俺は……この場所に、ずっと呼ばれている気がしていたから。生きているうちに、たどり着ければいいと思っていた。でも、もう見つけてしまったから」

「……植物の精霊と通じる者。それは、私と通じるということでもある。私の声が、もし届いていたのなら、謝らなければならない」

「謝ることなんてありません。俺は昔から植物が好きだった。これから貴方を癒すことができるのなら、それは何より嬉しいことなんです」

「……私は、それほどに言ってもらうような存在ではない。しかし……」


 少女の手に溜まった、巨樹の葉を滑りおちた雫を、彼女は俺に差し出してくれる。


 いいのかと考えはしたが、勧めてくれているのならばと、口をつける――すると。


「っ……これは……」

「……今は、これだけしか作り出せない。神樹の雫は、大地から得た力と、信仰……そして、私の眷属たちが繁栄することによって、作り出すことができるようになる。人間よ、あなたの想いに感謝する。私を癒したいと思う心、それもすなわち信仰となる」


 ――癒したいなどと、おこがましい考えだと感じるほどに。


 彼女の手のひらに少し溜まっただけの透明な雫は、俺にみなぎるほどの活力を与えてくれた。


「……俺はやっぱり、あなたに元気を取り戻して欲しい。そうすれば、多くの人が病から助けられるようになるから」

「万能ではないし、今の私は、存在するだけで人に害をなしてしまう。枯れた土を元に戻すこともできない……けれど、眷属を止めることはできる。この森で生まれたものたちを、今は眠らせる」

「ありがとうございます。この辺りで畑をやっている人たちも、安心できると思います」

「……これまで眷属が人間を襲ってきたことを考えれば、信仰を得られるとは思えない。そのときは、私を……」

「死なせて欲しいとは、言わないでください。でも……もし、そうするしかなかったら。その時は、あなたの望むようにします」


 そんな結末で終わらせるわけにはいかない――だが、俺の希望を押し付けるだけでは、彼女を苦しめることになる。


 上手くいくといい、そう願いながら、人の心がそう簡単に変えられないことも、よく分かっている。


 けれど、俺一人が信じるだけでも、確かに彼女の力になった。その事実をこの身体を持って味わったのだから、迷うことはない。


「……一つ……今、聞かせてもらってもいいですか」

「……私の名は『ユーセリシス』。それくらいのことには答えられる」


 王に神託を授けていた神樹の、力の片鱗を見せられる。俺の質問を、彼女は先読みしてみせたのだ。


 陽だまりの森が、白い光に覆われていく――もう、ここを離れなくてはならない。


 しかし、必ずここに戻ってくる。幻ではなく、現実に、在りし日の姿を取り戻して見せる――神樹も、彼女が眷属と共に生きるこの森も。


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